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サラとアイリッシュ

 目の前に精神的にズタボロになったおっさんが一人。

 それを傍観する私と、目の前のボロを見てせいせいしたと言わんばかりのシルヴィさん。

 アイリッシュさんは手を抜くということを知らない人だと痛感した今日この頃。

 そんなハーゲンさんですが、アイリッシュさんの指示でこの部屋を追い出された。入れ替わるようにアイリッシュさんの秘書と思われる獣人のお姉さんが入ってきて、香りのよいお茶を淹れてくれた。この香りは多分エルフ国の香草茶だろうなぁ。言っては悪いけど、ドワーフのアイリッシュさんが飲んでいるのは物凄い違和感があった。



「さて、うちの部下が迷惑をかけてすまなかったね。こいつも、出世欲ばかりが前に出て仲間の足を引っ張ることばかりしていてね、そろそろ処分を下す予定だったんだよ」


「それなら、もう少し早く処分を下していただければよかったのに」


「本当にそうですよ! うちのギルドに居た時からいけ好かなかった奴だったけど、今は本当に最悪ですよ」


「まぁ、そっちのカイジやキースからも報告が上がってきているからね。冒険者ギルドの他にも迷惑をかけていたみたいだから、処分は重いだろうさ」



 三人でお茶を飲みながら一息ついた頃、アイリッシュさんが部下の不始末のお詫びということで頭を下げられた。例の冒険者に対する自衛ということでアイリッシュさんを巻き込む予定だったから丁度良かった。

 ハーゲンさんはお客さんに対してしてはいけない態度で度々冒険者ギルドでは鑑定ミスやら色々とトラブルを起こしており、他にも多数の苦情があったのだろう。

 驚いたことにハーゲンさんは商業ギルドではなく冒険者ギルドに勤めていたらしい、シルヴィさんの愚痴で初めて知った。

 当時鑑定士として入ったばかりだった後輩のキースさんに自分の分の鑑定業務を丸投げしたことが原因で、キースさんが魔力欠乏症で死にそうになったと聞かされた。その時にハーゲンさんが職場内で別の仕事をしていたのなら助けを求めずに一人で抱え込んだキースさんの自己管理不足だと言えたのだが、彼はキースさんに仕事を押し付けて空いた時間に遊びまわっていて、なおかつ無謀な作業終了期限を設けていたことが判明して厳重注意からの謹慎処分。元々嫉妬深い人で優秀な後輩だったキースさんの足を引っ張ったり手柄を横取りしたりと色々とやらかした挙句、職場での居心地が悪くなったようで商業ギルドへ鞍替えをしたらしい。

 キースさんもああ見えていい性格をしているから、きっちり仕返しをした結果なのだと予想している。


 そんなハーゲンさんのことを上司であるアイリッシュさんが知らぬはずもなく、そろそろ処分を下す予定だったらしい。ただ、どの程度の量刑での処分にするか判断しかねているところで、今回の件が悪質であると判断されたため近々馘首されるだろうとのことだった。

 鑑定スキル持ちなので商家で働くなら優遇されるだろうが、商業ギルドの職員で解雇された人物だと知れればまともな商家は雇ってくれないことも予想が付いた。気の毒だとは思うけれど身から出た錆だと思う。



「さて、書類を見る限り、アンタがこの冒険者をブラックリストに載せようとしていたことは分かったが、その手続きでいいのかい?」


「あ、はい……。っていうか、そっちは後でもいいんですけど。アイリッシュさんは私が奴隷だったこと何も言わないんですね」



 ブラックリストの件はアイリッシュさんが持ち帰って検討するということで決まった。なんでも余罪を調べるとのことで、シルヴィさんに冒険者ギルドで依頼の履歴を教えてほしいとお願いをしていた。



「ハーゲンにも言ったが、子供が債務奴隷になる場合は大抵親が売り飛ばしたと相場が決まっておるわ! それにも拘わらず、わずか2年で金貨100枚の債務を完済した者に商人失格というのは可笑しいだろうて」


「あぁ、それもそうか。いくら勇者はお小遣いをくれたとしてもそんなに大金を渡すわけがないわよね。自分たちの金銭管理をしてくれている人を手放そうとは思わないもの。ねぇサラ」


「……」


「え、ちょっと? サラ? まさか、勇者はそんな大金を寄越してたの?!」


「ええ、まぁ……」



 金貨100枚の債務奴隷となると、生涯奴隷生活を覚悟するような金額である。

 勇者がくれる奴隷に持たせるには馬鹿みたいに高額なお小遣いを貯金したり、それを元手にアイテムの転売をして金貨100枚としばらく余裕を持って暮らせる分のお金を貯めるには2年かかった。

 アイリッシュさんとシルヴィさんは、勇者は奴隷にお小遣いを渡していたとしても大金ではないだろうとお互いに頷き合っていたが、違うそうじゃない! 基本単位が金貨だったのだ。



「だって、金銭感覚と常識がおかしいんですよ、あの変態! 最初のうちは奴隷にそんなお金を持たせるのも駄目だろうって言ったんですけど、金銭管理をしてくれるんだから遠慮するなとか、周りの人にお小遣いをあげているのに私ばかりが貰えないのは不公平とか言ってきて……。最終的には奴隷が大金持っていたら危険だってわかったらしくて危険手当分のお小遣いを渡したって一筆書いてくれるようになったので、これは逃げてくださいと態度で示してるんじゃないかと……」


「普通はそう思うわよね……」


「なんというか、そりゃ真正の馬鹿だろう? ……今代の勇者は大丈夫なのかねぇ」



 勇者の実情を話したことで、目の前のお二人は微妙な表情を浮かべた。

 最初の頃こそ質素な生活をしていたけれど、強くなって冒険者ランクが上がり稼げるようになった途端に聖女の散財が増えた。そこから段々と金銭感覚が麻痺していき、女の嫉妬は怖いと理解した勇者がヒスった女には何かプレゼントをすれば機嫌が直ると学習してしまった結果、奴隷の私にもお小遣いとして金貨をぽいぽい渡すようになった。

 そのおかげで債務が完済できたから私は大分助かったが、商人のアイリッシュさんとしては呆れるしかないという評価だろう。




 それからハーゲンさんの話をした時から気になっていたことを、アイリッシュさんに聞いてみた。



「それから、アイリッシュさんに少し聞きたいことがあるんですが……」


「ん、なんだい?」


「商業ギルドの規約ってどこの国も同じなんですか?」



 シルヴィさんには個人的なことになるので席を外してもらった。シルヴィさんは最後まで付き合うと言って私から離れなかったのだが、商人ギルドの個人の口座のことだと言ったらしぶしぶであるが席を外してくれた。



「ああ、同じだよ。たとえば、この国みたいに奴隷制度がない国には奴隷制度に関する文面は必要がないけれども、国を跨いで商売する者もいるからね。何が必要になるか分からないから、何処の国も同じにしてあるんだよ」


「アイリッシュさん、債務奴隷になった場合は資格の凍結なんですよね?」


「そうだねぇ。基本的に債務奴隷になるということは商人としては恥だからね、経歴として残しておきたくないことが多いから、一度削除してから登録しなおすことが多いけれども」


「私、勝手に登録を抹消された上に、商業ギルドに預けていたお金も没収されたんですが」


「なに!?」


「今日に至るまで商業ギルドの規則が各国共通だって知らなくて、王国では債務奴隷になったから抹消されたんだろうなと思っていたんですけど……。アイリッシュさんは違うって言うし。それに個人の口座を他人が許可なく引き出すのは禁じられているし、どう考えても没収されたとしか考えられないんです」



 今なら規約の重要性が身についているのでそんな失態は犯さないと断言できるのだが、商業ギルドに登録したのは私が父親に引き取られた時だから、規約の重要性まで理解していなかったのだ。



「ただ、そうなると王国の商業ギルド全体でやっていることなのか、私が登録していたギルドだけの問題なのかイマイチ判断が付かないんです。アイリッシュさんが言う通り、債務奴隷だった人は自分の持ち金を全部支払ってから債務奴隷になるだろうから口座にはお金は残っていないだろうし、記録を抹消しても問題ないですよね?」



 思い出しただけでもムカついた。勇者から逃げた時に商業ギルドの口座からお金を引き出そうとしたら口座もないし、お金もなかったあの時のことを! 口座と商業ギルドの登録は全く別物のはずなのに!!

 保護者も居なかったから商業ギルドで再登録も出来なくて途方に暮れたのだ。一応勇者のお小遣いは残っていたため逃亡生活では不自由しなかったのだが、今から考えるとムカついてしょうがない! どこに行った! 私の金貨30枚!!!



「これが慣例としてされていたのなら、商業ギルドの横暴ですよ。私のお金がどっか行っちゃったんですから!! 金貨が30枚もあったはずなんですよ!? どういう事なんですか!!」


「いや、金貨の話は兎も角としてお前さんが言いたいことは良く解った。その件も含めてアタシの方で調べよう。なぁに、王国のギルドには嫌というほど貸しがある。ここらで少し返してもらわねば向こうも気分が悪いだろうよ」



 アイリッシュさんは不敵な笑みを浮かべながら調査を引き受けてくれた。

 成り行きではあるが商業ギルドの幹部直々に依頼をしてしまい少しばかり気まずくもあったが、アイリッシュさんは私の頭をくしゃくしゃと撫でながら、商業ギルドに問題があるのだから気にしなくてもいいと言ってくれた。



「商売をする限り、金の面倒事は山のようにある。それこそ、アタシだって借金くらいはしたことはある。アタシらドワーフは奴隷なんぞ好かんよ……。金の有無で人の下に見るなんぞ、人族の横暴というものだ。債務奴隷だから、元奴隷だからと見下すのは本当に小さい奴の言うことだ」


「……」



 私の帰り間際にアイリッシュさんがつぶやいた言葉が耳から離れなかった。もしかしたらアイリッシュさんも同じだったのかなと思ったが、私は何も言わずに頭を下げてシルヴィさんとギルの元に戻ったのだった。


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