動揺と謀略と
元奴隷だったことをこの場で言われて、一瞬血の気が引いた。
勇者の奴隷だった二年間は、魔王の手掛かりを探すために冒険者ギルドには幾度となく出入りしていたから奴隷だった私を知っている冒険者が居るのもわかる。このギルドで働き始めてからそういう視線を向けてくる人が居なかったので忘れがちだったが。
「いやぁ、勇者のパーティに居るはずの奴隷がこんな街に居るんだもん、俺驚いちゃったよ」
「だよなぁ、態々奴隷制度がない国を選んで逃げているところを考えてもなぁ」
「勇者がお触れを出して探すくらいだし、どうせ逃亡奴隷だろ?」
私の前で周りに聞こえないようにしゃべるこいつらに、正直反吐が出そうになった。
法律と勇者を利用した反則技で解放奴隷になったとはいえ、奴らが言っていることは事実ではないし私の弱みにはなりえない。
奴隷の解放に関しては法律で定められているし、借金もなくなったから奴隷ですらない。
「それに、ちゃっかりSランクの保護下に入ってるし、媚びでも売ったか?」
「っ!?」
「売ったのは別のものかも知れないぜ?」
「なるほど、こんなにかわいいんだから、剣聖も所詮男だったってことだな」
黙ったままの私に有利に話が運べると思ったのだろうが、私はそれほど弱くはない。
ただ、私の家族に対する暴言だけは許せなかった。
反射的にそいつの顔を睨みつけると、言い返せないだろうとニタニタといやらしい笑みを向けられた。
「まぁ、俺たちが言いたいこと、……分かるよね?」
「ここで、大声で言いふらしても俺たちは事実をしゃべっているだけだからね~」
ここでこいつらに従ったら間違いなく食い物にされるのは分かっている。
動揺していた気持ちを立て直し、どうやってキースさんや他の人に助けを呼ぼうかと改めて考えているときだった。
「サラ、仕事が止まっているみたいだけど何かあったかい?」
「……キースさん。この鉱石の鑑定をお願いしたくて、今呼びに行こうとしていたんです」
「そうなの? お手数をおかけしてすみません、部下に代わって僕が鑑定致しますね」
「あ、ああ」
「サラは、会議室でシルヴィが呼んでいたから、ちょっと行ってきてくれないかな?」
「はい」
思いがけずキースさんが来たことで奴らは一瞬うろたえたキースさんが部下の不始末をつけに来ましたとお詫びをした。
何か言おうとするのだが、キースさんは何も言わずに心配しなくてもいいと言わんばかりの微笑みで、私を逃がしてくれたのだった。
キースさんがシルヴィさんのところに行けと言っていたので会議室に向かうと、部屋に入った途端にシルヴィさんに両肩をガシッと掴まれた。
「サラ、大丈夫だった!?」
「キースさんを呼んでくれたの、シルヴィさんだったんですね。ありがとうございます、すごく助かりました!」
私が奴らに絡まれているのに気づいたシルヴィさんが、キースさんを呼んでくれたのだと気が付いた。
ただ、真剣な表情で心配をしてくれるのは嬉しいんだけど、大型鈍器をぶん回す素敵握力で掴まれるのは地味に痛い。
ちょっと痛そうにしてみるとシルヴィさんは自分の握力に気が付いたのか、苦笑いしながらさっきよりも力を緩めてくれた。
「本当に平気なの?」
「元奴隷だったことを言われました。あと、口に出しては言いませんでしたが、買い取り金額に便宜を図るようなことも」
「……サクッと殺るか」
「その意見には大いに賛成できますが、私がケリをつけたいです」
シルヴィさんが目を爛々と光らせてサクッと奴らに天誅を下そうとしたが、私はそれを止めた。
「え、サラが!?」
「はい、家族をコケにされたので」
シルヴィさんを止めたのが意外だったのか、私が自分でケリをつけたいというと驚いた顔をされた。
――― 私のことはどうでもいい。奴隷だったのは事実だもの。
――― 私の家族のことを馬鹿にするような奴は絶対に許せない。
「具体的にはどうするの?」
「私が持っている人脈をフルに使います」
「できることがあったら何でも言ってね?」
「はい、お願いします」
一枚噛みたいと言っているシルヴィさんには手が必要な場合はお願いすると言っておいた。遠慮なく使わせてもらいますシルヴィ姐さん!
後で珍しく私が怒っているのを見たとシルヴィさんは言ったが、滅多に顔に出さないけれども、そんなことはしょっちゅうあると言っておきたい。
シルヴィさんには、早速奴らの素行調査を依頼した。
微かに血の臭いしたこと、鉱山ダンジョンに潜る専用の装備があるように見えないのに買い取りカウンターに持ち込まれた鉱石等々……。
ひとつひとつを考えれば納得ができるかも知れないけど、私を脅迫している点で奴らは何をしてもおかしくないと思ったからだ。
元冒険者であるシルヴィさんに先ほどの話をしたら同じく変だと言われ、ギルドマスターに報告をしたうえで素行調査を実施することになった。
「サラ、ギルドマスターが呼んでるわ」
「すぐ行きます!」
ギルドマスターは冒険者がこの街の犯罪にかかわっている可能性があると報告を受けたことで、奴らが怪しいと指摘した私を呼び出したようだった。
「揉め事があったみたいだな」
「とある冒険者に脅迫されただけです」
ギルドマスターの執務室に入って早々に、先ほどのことを聞かれた。私がなんでもないような雰囲気で話すものだから、珍しくギルドマスターが目を白黒させている。
そして、詳しい話を聞かせろと言われたのでシルヴィさんに伝えた説明すると、あごひげを撫でつけながらしばらく考え込み私に警護を付けると言われた。連中が危ない輩だったら確実に私が狙われるから仕方がありません。幾らギルが送り迎えをしてくれているとはいっても、各上相手では圧倒的に不利すぎた。
「まあいい、お前さんのことだから冒険者の規定でギルドに不利益をもたらした者は処罰の対象になるってことは知ってるんだろう?」
「はい。それと冒険者ギルドに席を持つ者が冒険者若しくは一般市民を害した場合は、程度によりますが最低でも冒険者としての身分の剥奪ですよね? 若しくは、殺害していた場合は、死刑ってのもありましたよね?」
「あー、確かそうだなー、俺は良く覚えてないが……」
いや、ギルドマスターなのだから、それくらいは覚えておいてほしい。
この条文は冒険者になる際に必ず聞かされるものだ。かくいう私も身分証を作った際に聞かされたし。
「何かやっていることは確かだろうが、身分の剥奪位の処分だとお前さんに逆恨みが来るんじゃないか?」
「そのあたりは大丈夫だと思います。私が考えたように動けば、奴らが先に社会から抹殺されますから。それが終わったら、その後で兄さんに報告しますし?」
「ほぉー、俺にも一枚噛ませろや。楽しそうだ」
私がやることに興味を示したギルドマスターは、楽しそうに笑いながら協力すると言ってくれた。
私には兄さんや姉さんみたいな戦う力はない。
私が持っている力は、鑑定眼と記憶力。後は今に至るまでに築き上げた人脈のみである。
人脈に関しては本職の商人には劣るが、サウスソルトの各ギルドの長や幹部の方々やこの街を拠点にしている冒険者たち、他には商店街の人や酒場のお客さん、街で声をかけてくれる近所の人たちが居る。皆さんとは良好な関係を築いてきたと思っている。
ギルドマスターに私がやろうとしていることを話していると初めのうちは感心したように頷いていたが、視線が次第に緊張をはらんだものになってきた。
「それは承諾できん! お前が傷つくだろう!?」
「ギルドマスターのおっしゃる通り、下手したら私も被害を受けますね」
「それなら、大人に任せておくのが一番いいだろうが!」
「いやですねぇ、あんな奴らと刺違えるつもりはありませんよ?」
「お前は夢を捨てることになるだろうが!!」
話を進めるうちに激昂してきたギルドマスターに、私は冷静に言い返した。
ギルドマスターは私を心配して怒っているのだろうが、あいつらは既に私の噂を広めだしていることだろう。買い取りカウンターで私に対して微妙な顔をしていた冒険者さんや、ギルの態度で予想が付いた。
覚悟を決めてにっこりとほほ笑むと私に引く気がないと悟ったのか、ギルドマスターは深いため息を付いた。承諾したものと都合よく解釈し私はギルドマスターにお礼を言って部屋を出た。
私の将来のことを考えてくれるのは嬉しい。
でも私の夢はある意味もう叶っている。
それを守るためなら、どんなこともできるんだ。
たとえそれが自己満足だとしても……。




