サラと冒険者
盗賊団の討伐から二週間程が経った。滞っていた物流も盗賊団の脅威から解放され、冒険者ギルドは行商人さんたちの護衛をしてこの街にやって来た冒険者で溢れかえっていた。
「ひさしぶりだなぁ、サラちゃんが居なくて買い取りカウンターがむさくてなぁ……」
「すみませんでした。討伐の間はお姉ちゃんと避難していたんです」
「なるほど、確かサラちゃんはロビンさんの妹さんだったか? そりゃ狙われてもおかしくねえな」
久しぶりに仕事場に戻った私は、顔なじみの冒険者たちにどこに行っていたのかと聞かれたりしたが、討伐の間は姉さんと避難をしていたというと、兄さんの妹だからなぁと言われて勝手に納得された。説明が省けて助かる。
勇者が討伐に参加するということで、盗賊団の討伐の間は私と姉さんはドワーフ鉱国の王都へ避難という名の観光をすることになった。みなさんが忙しいところで離脱をするため心苦しかったのが、念願の闇市に連れて行ってもらえた。
国の都には必ず影があるように、この国にも案の定闇市があった。
あると思ったんだよね、闇市!
私のお給料はそんなにないので、今まで貯め込んでいた秘蔵の掘り出し物を正規のルートで売り払った。余裕があったらオークションに出そうと思ったが、商業ギルドの会員でも信用がある人しか出品できないので無理だった。
ここなら信頼ができるとアイリッシュさんに教えてもらった買い取り店の主は、私を見た瞬間に見下すポーズをとったが、私の売るアイテムを見たら掌を返すようにへこへこし始め見ていて面白かった。そりゃあ、私は小娘でお嬢様のようなドレスは着ていないから高価なアイテムを持っているようには見えないだろうが、あからさまに見下す態度をとるのもどうなのだろうとおもった。
まぁ、お宝の価値を知らないような小娘が持ってきたものだからいいカモが来たと思ったのだろうが、残念ながら私はその価値も本来つくであろう値段も知っており、交渉は始終こちらが有利に進んだ。勇者が盗賊団の討伐でこの国に来ているんだよと教えたら、予定の買い取り金額よりもだいぶ高値で買ってくれたので一応は良しとした。
勇者に売りつけるために頭の中のそろばんを弾いているあの店主さんには悪いけど、たぶん勇者はギルドマスターに無理難題を押し付けられて逃げ帰るだろうから、王都までは来ないんじゃないかなぁ……。
闇市は兄さんの言った通り、ならず者の巣窟だった。
道行く人の3割はスリで、ぶつかったと思ったら何かを盗られるのは確実だったが、ぶつかってきた人たちは姉さんが鬱憤を晴らすかのように綺麗に伸していった。
それから姉さんが闇市の行きつけの店だと言って連れてきてくれたのが、『恋のお守りから暗殺まで 何でも揃うフェアリー術具!』という術具とは名ばかりの呪具を売っている怪しいお店だった。姉さんは誰か呪いたければここで買うと良いよ!と言ってくれたけど、私にそんな度胸はない(汗)
自分の見えないところで効果が発動するのを心待ちにするよりも、自分の心の中でメタメタにするのを想像するくらいがちょうど良いと思った。
王都での出来事を兄さんたちに話したら、姉さんの話のあたりで苦笑いされてしまった。たぶんそうなることは予想していたのだろう。
討伐が終わってしばらくしたころに私たちは帰宅した。兄さんと姉さんは数日の休暇を取った後で、いつものように旅に出て行った。
精霊が居ない土地や魔素のバランスが悪い場所ではその土地に住んでいる生き物が魔物に変化してしまうため、そんな土地を監視するのがSランク冒険者の役割なのである。小さい村には冒険者ギルドはないし、冒険者を常駐させておくわけにもいかないから、高位ランクの冒険者は依頼の有無には関わらず各地を回って魔物を倒すさなくちゃいけないらしい。
どうして一緒に暮らせないのかなぁとか考えたこともあったが、その話は兄さんたちにその話を聞いて納得した。
でも、少しだけ寂しいのには変わらないんだけどね……。
滞っていた物流が復活したことで各地から行商人さんが普段の倍以上に集まってきており、祭りのような状態になっている。それと商人が連れてきた護衛の人族や獣人たちや、少ないながらも竜人、小人族の冒険者がギルドにやってきてギルドも大賑わいだ。
うちの冒険者ギルドはドワーフの国にあるだけあって、普段は半数がドワーフ族で占められており、これほど多くの種族を一度に見たのは初めてかもしれないなぁと思いながら、私はギルドの受付カウンターを眺めていた。
「ほらほら、休み明けでぼんやりするのは分かるけど、気持ちの切り替えはしないと駄目だよ?」
「すみません」
そんなことを考えながら、ぼんやりとしていたらキースさんに叱られてしまった。仕事中なんだから気持ちの切り替えは大事である。
行商人さんの護衛で完了報告に来る人がほとんどだから、買い取りカウンターに来る人の方が稀だ。キースさんがやっている盗品の鑑定もそろそろ終わりなので、私も少しだけ暇なのだ。
「サラちゃん、悪いけど受付カウンターの助っ人お願い!!」
「はーい!」
気を取り直して仕事に戻ったけれど、珍しくセリアさんから依頼受付のカウンター業務の助っ人依頼が入った。
買い取りカウンターの仕事が主の私だが、一応受付カウンターの仕事もできる。こちらは買い取りカウンターよりもマニュアルに沿って仕事をするだけだから、それほど難しいことはない。冒険者さんが持ってきた依頼の書類を受け取り、本人のランクを確認して確認の判子を押すだけの簡単なお仕事である。
ただし、愛想笑いが必須になるので、顔の筋肉が疲れるのが難点だ。シルヴィさんやセリアさんをはじめとした受付カウンターの人は正直すごい。
がやがやと騒がしい一団がやってきた。行商人さんが依頼完了の手続きをしている後ろで、人族の冒険者パーティが5人居てギルドの中をもの珍しそうに眺めている。
ドワーフ鉱国は閉鎖的なエルフの国とは違って、他種族を受け入れる土壌がある。各地の種族の良い所をより合わせた建築構造だったり内装だったりするため、商品が一流なのに何となく一貫性がなくて、初めて来た人は不思議な感覚に陥ることが多いらしい。
そんな冒険者さんを眺めながらマニュアル通りに受付業務を進めていると、私の方を見ながら何かこそこそと話をしている人たちを見つけた。
何をしているのだろうと思って見ていたら、掲示板の依頼を一枚剥いでこちらに持ってきた。なんだ、依頼の相談だったのか……。
「お嬢ちゃん、これを頼む」
「わかりました。冒険者ギルドの証の提示をお願いします」
なんだかチャラい雰囲気の冒険者さんだなぁと思ったが、顔には出さずに持ってきた依頼の札を確認して冒険者の証明書を提示してもらった。
「依頼の内容は、鉱山のヴェノムマンバの討伐で間違いありませんか?」
「ああ」
「依頼を受理致しました。気を付けて行ってらっしゃいませ」
チャラい雰囲気の割にBランクの実力者だったようで、人は見た目に寄らないんだなぁと思った。依頼の内容に間違いがないかを確認してもらって依頼の受理をしたと判子を押した。
普段ならこのまま依頼に向かったり準備をするため依頼が受理された冒険者さんはさっさと帰るのですが、このチャラい冒険者さんは何故か私の顔をじーっと観察するように見つめてからパーティメンバーの元に戻っていった。不思議に思いつつも、私はこの時は変な人だなぁと思っただった。




