勇者の来訪2(キース視点)
討伐の対象が魔物ではなく盗賊であるため、秘密裏に戦力が集められることになった。もちろん、受付カウンターで依頼のシルヴィが選抜したメンバーである。ドワーフの戦士たちは常駐しているため、ギルドマスターが酒場で飲み会だか打ち合わせだかわからない話し合いをして、既に詳細に関してはすり合わせ済みである。
浴びるように酒を飲んでいたのによく理解できるものだと感心したら、そんなことができなければドワーフじゃねえとまで言われてしまった。どういう理屈だと真面目に思った。
懸念事項であったロビンとミケに関しては、ミケがサラの護衛についてしばらくドワーフ国の都に買い物をしに行ってくると言っていた。少しばかり長めの休暇になるが、サラには楽しんで来いと言って送り出した。多分、この討伐が終わったらサラに迷惑をかけることになるだろうからな。
ロビンに関しては、愛しの嫁と妹と別れて行動することになってしまったため、不満げにしていたが勇者が来るぞと言った瞬間に目がすわった。標的が盗賊団なのに勇者にすげ変わってしまった気がするのは俺の気のせいだと思いたい。
慌ただしく作業に追われる中で、ひときわ緊張感に欠いた声がかけられ、イラッとしながら振り向くと、やたら見た目が良い男が受付カウンターにやってきた。
「すみません、こちらのギルドマスターはいらっしゃいますでしょうか?」
「どちら様? マスターは今酒場に行っていて居ないけど」
貴族の坊ちゃんかと思ったが、使い込んでいる装備を付けているところを見ると冒険者のようだった。ちょうど受付担当のセリアが晩飯を食いに行っている時だったため、面倒だったが仕方なく俺が対応した。
「あれ? 話が伝わってないのかな……」
「何ぶつぶつ言ってるの?」
「あ、すみません。王国から今回の討伐依頼を受けました、リョウ=ワカミヤと言います」
「ああ、勇者? 悪いけど、いまギルドマスターいないからそこで待ってて」
ぶっちゃけた話、こいつが勇者か。そういう感想しか浮かばなかった。
そういわれてみれば、男の後ろにはパーティメンバーと思われる女性が数名いた。金髪で白い服を着ているのがおそらく聖女で、不機嫌な顔を隠そうとしないのがエルフで、あと猫獣人とビキニアーマーを来た竜人の女だ。
サラが言っていた通りのハーレムパーティだなと思ったが、俺が持った感想はそれだけだ。
別室ではロビンを交えた作戦会議が行われているため、ギルド職員の安全上通すわけにはいかない。そこの椅子に座って待っていろというと、勇者を含めたパーティメンバー全員が顔を顰めた。こいつらもっと良い待遇を期待していたのだろうか、うちのギルドに限っては無理だろうな。
「あ、おかえりセリア。シルヴィに用事があるから受付を変わってもらっていいかな?」
「留守番ありがとね、キースも買い取りの方に戻っていいよ~」
「いいや、ちょっと買い取りは休みの札を出してあるんだ。さっきも言ったけどシルヴィを呼んでこないといけないんだ」
「りょーかい」
「あ。それとあいつら客だけどセリアは担当しない方がいいよ?」
珍しくにっこり笑って、外食から戻ってきたセリアを呼びとめた。普段と違う笑みに何かを察したのか彼女は俺に近づいてきた。念のため、耳元であいつらには近づかない方がいいと忠告をした。
「どうして? 結構なイケメンよ?」
「あいつら勇者だよ」
「え、それ本当!?」
「そうみたい。勇者が来たら呼んでくれってシルヴィとカイジに言われていたから、ちょっと呼んでくる」
勇者であると伝えたところで、セリアが驚きで目を見開いた。それと同時に勇者に向けて怪しげな笑みを浮かべた。
俺たちの様子を眺めていた勇者が、セリアの(暗黒)笑顔で頬を赤く染めている。
呆れた、本当に女に弱いんだなこいつ。
「ねえ、キース?」
「なにかな?」
受付カウンターを離れて会議室のシルヴィを呼びに行こうとしたら、にっこりとほほ笑んだセリアに呼び止められた。反射的に俺も笑みを浮かべる。
あ、これはあんまりいい感じの話じゃないな……。
「買い取りアイテムの中に毒草って混じってなかったかしら?」
「残念。我らの妹分がきっちり仕訳けをして、ベン爺のところに持って行った後だ」
「わかったぁ、私ちょっとお爺ちゃんのところに行ってくるね♪ あ、シルヴィたちはその後で私が呼んでくるから大丈夫よ」
セリアはシルヴィと並ぶ美女ではあるが、なんといっても男運が悪い。
恋人や婚約者がハーレムを形成した挙句、捨てられたという話を何度か酒を浴びるほど飲みながら愚痴っていたこともあり、ハーレム勇者許すまじ!という意気込みが特に強い。
それを見越してハーレム勇者が来ているよと教えた俺も俺だけど。
男日照りとか言っているけど、ヘタレたベルガを嗾ければなんかくっつきそうな雰囲気でもあるんだよなぁ。ベルガの奴、サラの逆鱗に触れてヘタレが強調されてセリアに伝わったりしているから先は物凄く長そうだけど。
セリアは心底楽しそうな様子で(目が笑っていないけど)、ベン爺のところへスキップしながら出て行った。
なんか勇者が唖然としているぞ、っていうか後ろの女たちが笑っていないのに気づいているのかね?
しばらくして会議を終わらせたギルドマスターたちが戻ってきた。ベルガに会議の内容を聞いたら、戦力分散の対策としてロビンと勇者の持ち場をとおく離したことと、コンビを組んでいるミケが何故居ないのかの説明だけにとどまったようだ。
サラの件に関しては、あまり情報をばらまきたくないために、そこには触れなかったようだ。
勇者たちはというと、ギルドマスターと一緒に会議室で今回の説明を受けている。その際、シルヴィが冒険者時代に愛用していた鈍器を念入りに磨き上げていたのを、俺は見なかったふりをした。
一方、セリアはというと、お茶出しをするためにルンルン気分で給湯室に入っていったのを見かけた。カチンとガラスが鳴るような音が聞こえて視線を向けた時に、何かヤバそうな茶色い小瓶を複数持っていたようなだが、おそらく気のせいだろう。
翌日、早朝から討伐の為に関係ギルドが動いた。
幸いにも、討伐の日程すら討伐対象であるザシャや幹部の連中には情報が漏れていなかったようで、奴らはロビンの剣に沈んだ。盗賊化した難民らにはある程度の温情がかけられたが、この盗賊団に殺された行商人やら鉱夫らがかなりの人数に上ることが判明し犯罪奴隷として王国に引き取らせることに決まった。なぜ被害を受けたドワーフ国で引き取らないかというと、ドワーフ国では奴隷を所持しているだけで犯罪だからだ。
勇者はというと、盗賊団の幹部を一人だけ捕えたのみで大した活躍は見られなかった。正直、今回の討伐に参加した者たちは勇者の実力はこんなものなのかと興ざめしたようだった。
俺には、愛しの妻と妹を引き離されて大嫌いな奴と共闘しなければいかず苛立ちが大きかった分、ロビンの活躍が目立ったように思えたけれど。
後は、ロビンと対峙した勇者は見ものだった。
バカ丸出しというか、どうしてこんな奴のハーレムしているんだろう、後ろの女性陣はと不思議に思ったくらいだ。
「……生きていたんですね」
「妻を置いて死ぬわけないだろう」
「妻って、ミケーレさんを置いて別の人と結婚したんですか!? 最低だなアンタ!」
なんでロビンの奥さんがミケと別人だって勘違いしてんだコイツ。良く確かめもしないのに何故か激昂する勇者をみて、俺も含めた関係者全員があきれ返ってしまった。
むしろロビンとミケが国を出た原因、お前だろう?
「……。なぁ、キースこいつ馬鹿だろう」
「ええ、まぁなんというか、話を聞かない人ですよねー。知らないみたいだから、教えとくけど、ロビンとミケは結婚しているぞ?」
「なっ!?」
「アホか、俺がミケーレを手放すわけがない」
「ですよねー、現役騎士時代もラブラブだったのになぁ」
「結婚したって聞いた時に、まだしてなかったのかって思ったくらいだもんなぁ?」
俺とベルガはなんというかロビンと騎士団の見習い時代の同期だ。俺が怪我を理由に騎士団を退団したときに、女の尻を追っかけて辞めたバカがベルガだったりする。だから、騎士団見習いの頃からミケと相思相愛だった二人を見ているから、俺とベルガは二人が結婚したと聞いたときは、やっと結婚したのかと思ったくらいだった。
そのあとの勇者はロビンに対してボソボソと捨て台詞のようなものを呟き、ハーレムを引き連れてギルドを出て行こうとしたところで、うちのギルドマスターに首根っこを掴まれて執務室に連れて行かれてしまった。
しばらくして勇者が幽鬼のようになりながら出てきたと思ったら、後から出てきたギルドマスターが嬉しそうにニタニタ笑っていた。たぶん犯罪奴隷を全部連れ帰れとか無理難題を言ったか、若しくはそれに近いことを言って討伐の後始末を勇者に押し付けたのだろう。これに関してはギルドマスターにしてはすごく良い仕事をしたと思う。
国家の問題が絡んだ強制依頼の後始末って大変なんだよ。俺以外もそう思っていたから、ちょうど使者の役目もあった勇者がここに居たのはある意味僥倖だったんだよね。
さて、俺はサラが帰ってくるまでに鑑定を終わらせないとだな。
盗賊団の盗品は、冒険者の報酬でもあるけれど遺族にとっては遺品だったりするから早めに戻してあげないといけない。
騎士団に居た時よりも、冒険者をしていた時よりも俺はこういった仕事が性に合っているんだろうなと思う日だった。
小話を一つ。
後でセリアに何の小瓶だったのか、こっそり聞いてみた。
「え、精力減退剤だけど?」
「なぜ?」
「初めは下剤と迷ったけど、たぶん聖女が治しちゃうから意味ないなと思って」
なんか、ものすごくいい笑顔で言われた。
「平気よ? 薬であって毒じゃないもの。いろいろと使い物にならなくなった申し訳ないとは思うけども」
「……」
まぁ、そのいろいろ使い物にならなくなるのが何かっていうのは深く掘り下げない方がよさそうだ。
「ついでに雑巾の汁も入れといた♪」
俺、女って怖いと思った。