嵐の前の……
現在、私はお使いで鍛冶屋ギルドに来ている。何故かそこにはギルが居て、ギルは私を見た瞬間に会えて嬉しいと目をキラキラしながら顔をほころばせた。
そんなに私に会えたのが嬉しいか! やっぱり君は虎じゃなくて、犬なんじゃないのかな? ちょっと呆れた。
「それで、嬢ちゃん。今日はどうした?」
「あ、うちのギルドマスターから手紙を預かってきました。それと、伝言で鍛冶屋ギルドに協力を仰ぎたいとのことでした」
「どれ、見せとくれ」
鍛冶屋ギルドのギルドマスターは、相当お年を召した白いひげのドワーフだった。恐ろしく筋骨隆々としているから、おそらくまだまだ現役なのだろう。
うちのギルドマスターからの手紙を渡すと、鍛冶屋ギルドの人も要件の見当はついていたようで、手紙を軽く流し読みすると大きく頷いた。そしてサラサラと何かを書いて封筒に入れ、きちんとした書類であることを示す封蝋をして鍛冶屋ギルドの紋章である金敷と槌の印を押した。
「封竜の旦那にはこれを、それと了解したとだけ伝えてくれ」
「わかりました。ありがとうございました」
「嬢ちゃんも大変だなぁ……。しばらくは騒がしくなるだろうから頑張れや」
封竜の旦那というのは、うちのギルドマスターの現役時代の二つ名だ。何せ竜と殴りあったという逸話が残っており、うちの兄夫婦以上に普通じゃない人らしい。私は飲んだくれの姿しか見ていないけれど。
年寄の余計なおせっかいと言っては悪いが、白髭の鍛冶屋ギルドのギルドマスターはギルに私の護衛をするようにと言いつけて、執務室に戻って行ってしまった。
なんでここにギルが居るんだ。今日は普通にドミニクさんのところで修業の日じゃなかったのかとか、言いたいことはいっぱいあったが我慢することに。
隣で鼻歌を歌いそうな上機嫌のギルに、若干ながらイラつくのはなぜだろう。
冒険者ギルドについたのは時間は、私が鍛冶屋ギルドに行った時間よりもだいぶかかった。
なぜならギルが私の手を掴んだまま、今日はこっちの道を通ろうとか、あそこに猫が居るとか割とどうでもいい遠回りをした結果である。私の職務怠慢ではないと言いたい。
「ただ今戻りましたー」
「おお、おかえり。ギル坊もすまなかったな」
「いいえ! サラと一緒に居られるならどこでも行きますよ! 俺!」
「ははは、考えとくわ!」
冒険者ギルドは、護衛の依頼をお願いするためにやってきている行商人さんでごった返していた。ギルドの職員が使う通路からお使いから戻ったことを報告すると、珍しいことにギルドマスターが顔を出した。
おそらく鍛冶屋ギルドの白髭のギルドマスターの手紙を待っていたのだろう。手紙を持ってこっちに来いと言い、何故かギルも一緒にギルドマスターの執務室に通された。
「それで、サラ。手紙はどうだった?」
「これです。それと、了解したと伝えてくれとのことでした」
「わかった。それで、ギル坊はどうしたんだ?」
「うちのギルドマスターに言われてサラの帰り道の護衛をしたんですけど、何人か後をつけてる奴が居ました。こちらの担当者の人に捕まったみたいですけど」
「え、うそ!?」
「俺は、耳は良いから後ろを付けてくる奴の足音なんかはすぐ気が付くよ!」
ギルも私を守れと言われていたらしく、私が尾行に気付いてしまったら相手が強硬策に出かねないと考えたようで、遠回りをしていたのだった。尾行なんて気が付かなかったし単なる送り迎えと思っていたから本当に衝撃的だった。全然気が付かなかったので驚きの声を上げると、耳が良いからなとドヤ顔をされた。
前言撤回、やっぱりちょっとイラッとする。
「まぁ、俺が鍛冶屋の爺に手紙で書いたからな。あっちも、ギル坊を送るって返事もある」
「じゃあ、お使いって……」
「単なる囮作戦だ。こっちの動きを嗅ぎまわっている奴が居るからな、そいつをあぶりだしたかったんだな!」
やっぱりだぁあああ!
この親父いつかやると思ってたけど、私まで囮に使うとは思わなかった!
これが知られたら姉さんの怒りの矛先は何処に行くだろうか、ギルドマスター? それともギル?
「でも、サラを危険な目に合わせるのは勘弁してください。俺そんなに強くないんですから」
「いやぁ、ドミニクの話じゃ結構筋が良いそうじゃねぇか。多分ロビンあたりに師事すりゃぁ一端の剣士になれるぞ?」
「俺、本業は鍛冶師なんすけど……」
そしてそんなことはもう終わったことだろうと言わんばかりに、ギルドマスターはギルに冒険者ギルドに転向しないかと誘いをかけている。
本当に、空気読まないなこの親父……。
確かに兄さんに教えてもらえるのなら強くなれそうな気がするけど、絶対に容赦はしないと思うのでおそらく生命の危機になるんじゃないだろうか……。
「まぁ、未来ある少年少女をからかうのはこのくらいにしてだな! そろそろ本題に入ろうか?」
「は、はぁ……」
「この親父、まともに相手すると疲れるから気にしない方がいいよ?」
「ん、わかった」
「おーい、そこでボソボソ言ってるの聞こえてるからな?」
このいい加減親父は私だけでなくギルも普段のゆるいペースに巻き込んできた。どう反応していいのかギルが困惑気味なので、仕方なく助け船を出してあげた。
こそこそとギルにうちのギルドマスターがいい加減親父であることを教えていたら、ギルドマスターに笑いながら突っ込まれてしまった。まぁ、こんなゆる~いギルドマスターは冒険者ギルドでは日常茶飯事だ。
「さっき王都の冒険者ギルドから連絡があってな、勇者が来ることが決定した」
「あー、じゃあ私はその間お休みですか?」
「キースにも了解を取ってある。安心して休んで良いぞ? ついでにロビンが今回の作戦に参加することが決まった。ミケーレはお前と一緒に一時的に王都に避難だな」
「え? サラはお休みなんですか?」
「そうだ。お前が信用できるという前提で話すが、盗賊団の頭ザシャは素行こそ悪かったが、そこらのチンピラ冒険者には受けが良くて慕う奴が結構いてな。今回の討伐に関しては奴に情報を流している可能性が高いことが分かってる。今日捕まえた尾行もそいつらだろう。ちょっと調べればロビンに妹が居ると分かるからな人質になる可能性もあるからそのための対策だ」
私と勇者の事情を知らないギルは話の内容についていけていないけど、そこはまるっと無視しておいた。だって話したくないもん。
それから、ギルドマスターは他のことも考えて避難させようとしていたみたいで少しだけ驚いた。理由を聞いたら納得した、確かに私は兄さんと姉さんの弱みだ。
姉さんに関しても、今回の討伐に勇者が参加するならこの街に居るのは拙いもんね、冒険者ギルドの判断は妥当ところだなと思った。
討伐自体も兄さんが居ればどうにかなりそうだし、多分大丈夫!
「そんなわけで、サラはしばらく休暇だ。勇者が来るまで数日ある。それまでにロビンたちが到着するはずだから、それまでに旅支度は済ませておけよ? 後は、その間の冒険者ギルドと鍛冶屋ギルドの連絡係をギル坊に頼もうと思ってな」
「え、俺!?」
「お前さん、いつもサラを迎えに来てるだろう? 都合がいいからお前にやらせるって爺からの手紙にあったぞ? まぁ、後でドミニクの野郎が話すだろうが」
ギルが討伐隊のサポート役にしっかりと組み込まれていた、これって私のせいだろう。
ギルの冒険者ランクは確かDランク。本来なら今回のような討伐隊の参加はCランク以上が対象であるため本来なら待機組に入るランクなのだ。それなのに、いつも私を送り迎えしていて不自然に見られないからという理由で、討伐隊のサポートに組み込まれてしまったのだ。
「……帰ったら、親方に聞いてみます」
「お前さんならできる。分からんことがあったら周りを頼れ」
ギル自身も突然の指名だったので戸惑っているようで、私がギルドマスターに意見を言おうとしたら何も言うなという視線が送られてきて、私は口をつぐんだ。
ギルドマスターはギルを激励するように肩を叩き執務室を出ていった。ギルは何かを決意したように、ギルドマスターが叩いた肩を触れた。
そんなギルを見て、私はどうにも心から応援はできそうになかった。
今回のことも私に関わったせいで、危険な討伐の頭数に数えられてしまい本当に私は疫病神なんじゃないのかなと思った。知人程度のひねくれている私なんかより、もっと素直で素敵な人を探せばいいんじゃないかなぁ。
そんな考えまで飛び出てくる自分の思考に嫌気がさしたが何も言わず、ギルが鍛冶屋ギルドに戻っていくのを私は見送ったのだった。