サラとギル
冒険者ギルドの買い取りカウンターで働いていると、時々見たこともないような不思議な素材が持ち込まれたりする。そのほとんどがレア級と呼ばれる魔物から採れた素材なのだが、今回はそれには当てはまらない微妙な物が持ち込まれた。
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名称:スライムの宝玉
状態:SSSランク
効果:不明
ただのスライムから極めて稀に吐き出される宝玉。
やみくもにスライムを倒しても入手できない、まさに幸運の品。持ち主を選ぶ一品。
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「なんですか、これ……」
「なんか、スライム殴ってたら出た」
「スライムって、子供が蹴っても倒せる超低級の魔物ですよね!? こんなものが出るなんて聞いたこともないんですけど!?」
「いや、俺だってこんなの知らないよ……」
問題になっている素材を持ち込んだのは、私のことが好きだと言って憚らないギルだった。ギルは私に会いたいがために、2か月無休で仕事と冒険者の依頼を繰り返して過労で倒れたバカだ。
ギルの申告だと出所はスライムなのに、先輩鑑定士のキースさんが全力で鑑定しても名前だけしか読み取れない程のランク。そのくせ効果は不明という謎アイテムだった。
「それで、どうするんですか?」
「どうすればいいと思う?」
「うーん……。王都のオークションに出せば、その道の好事家が言い値で買いそうな品物なんだけど……」
「持ち主を選ぶってありますから、ある意味呪いの品というか……」
「ある意味呪いって……。持ち主が俺なんだけど大丈夫なのか!?」
「さぁ?」
三人して出た結論はとりあえず保留ということで、ギルにはそのまま持ち帰ってもらった。帰るときに迎えに行くからなと大きな声で言われましたが、聞かなかったふりをする。今日は残業もないし、一人で帰っていい日だから大丈夫。
キースさんはというと、さっきのアイテムが気になるということで分厚いアイテム図鑑を広げて何か載っていないか調べ始めた。
うう、私もそっちが気になるんだけど、カウンターの仕事があるから行けない。
結局キースさんの方は、図鑑にも名前の一文が載る程度のものすごくレアアイテムということだけしか分からなかった。鑑定スキルで読み取った情報をもとに作った図鑑だから、それも仕方ないと思う。説明文も鑑定スキル持ちの私の鑑定眼で視なければ分からなかったくらいだった。キースさんは他の資料をあさってみるかなぁとか言っていて、私はものすごく手伝いたかったけど、今日のところはギルが来る前に帰らねば!
と思っていたら、冒険者ギルドの裏口にものすごくいい笑顔のギルが居た。こいつ虎獣人なのに、犬獣人っぽいところがあるなぁと時々思う。
「待ってた!」
「……」
とにかく文句を言いたくても毒気が抜かれすぎて、何時から待っていたのか聞く気にもならなかった。
「これ、何か分かった?」
「私が視た情報以外は特にないかな? キースさんが図鑑とにらめっこしてる」
ギルも気になっていたみたいで、スライムの宝玉のことを聞いてきた。
見た目だけは黄緑色のすごくきれいな宝石なのに、レア度の割に用途も効果も分からない謎アイテムだ。私もキースさんも分からない物だから、ギルが気になるのも分かる気がする。
「鑑定眼って万能そうに見えるけど、実はそうでもなかったりする?」
「ただ情報が視えるだけの能力だもの。私は結構力が強いから読み取れる情報も多いから仕事でも結構役に立っているけど、そうじゃなければ食べ物の傷み具合とか初対面の人の名前が分かるとかくらいしか役に立たないよ? それを生かす知識がなければ駄目なんだよ」
身もふたもないようなセリフだけど、ギルの場合は本気で何故?と思っているのが伝わってくるから不思議だ。
私は商家の育ちだから鑑定眼はある意味万能だと思っていたけれど、普通に考えると鑑定眼だけじゃ何もできない。鑑定眼に頼りきってしまって仕事の知識の取得が疎かになっていた自分が悔やま。
「そうなんだ?」
「それでも、この食材は傷みが早そうだからやめておこうとか、この人は偽名使っているから信用できなそうとか色々と使い道はあるけど、能力を生かすも殺すも本人次第なんですよ。姉さんの受け売りだけど」
「いや、それに自分で気が付いたサラは凄いと思うよ?」
「え?」
「だって、俺と初めて会ったとき冒険者の講習を受けていたよね? それって、鑑定眼を持っていても自分に仕事に関わる知識がないと駄目だって気が付いたからでしょ?」
ギルには違うの?と首を傾げられてしまったが、私のふがいない点を言っただけなのに、逆に褒められるとは思わなかった。
気が付けば耳までものすごく熱くなっている。もっとデリカシーのない人かと思っていたから、そんな風に言われると背中がむずがゆくなってくる!
肝心のギルはというと、半歩後ろを歩いている私の様子には気が付いていないようで少しほっとした。
取り留めもない話をしながら、家の近くまでやってきたのでギルが立ち止まった。どうやら兄さんたちが帰ってきているようだった。
前に送ってもらったときに兄さんに遭遇したことがあり、その時は見ているのも気の毒なくらい兄さんに殺気を浴びせられていた。気絶しなかったのが不思議だったとギルは後で言っていたけど……。
「じゃあ、今日はここまでな」
「あ、何時も送ってくれて、ありがとう……」
「へっ!?」
なんだその気の抜けた返事は、腹立つな!
「お、お世話になってるんだから、私だってお礼くらい言うわよ……」
「いや、だって、今までそんなこと言われなかったから、びっくりした」
「そんなこと言うなら、お礼がてら家に寄ってく? 姉さんが殺人紅茶入れてくれると思うけど」
「いや、そこは遠慮しとく……」
「冗談よ」
ギルに向かってじゃあねと手を振ると、その何十倍ものオーバーアクションで振って返された。なんか、やっぱり犬っぽいな。
あと、何となくですが私はギルのことは嫌いではないなと思った。
ただ一目ぼれしたから好き好き言っているだけかと思っていたから、ただの軟派野郎かと思ったんだけど、真面目に仕事を習っているし、冒険者ギルドにはマメに通ってくるし、理由は気に食わないけど。
実母の元に居たころは、近所の子たちには娼婦の子供として見られて遠巻きにされていたし、実父の商家に居る子は丁稚奉公に来た子たちだったから、ライバル扱いされて気軽に話すことなんてできなかったし、奴隷になってからは同年代との交流なんか皆無だったしなぁ。それどころか勇者のハーレムという色目を使われてうんざりしてた。今のまわりにいる人たちはみんないい人だけど、子供同士の付き合いなんてしたこともないからわかんなかった。
ギルは何をするにも真っ直ぐで、なんというか気持ちがガンガンと伝わってくる。若干、真っ直ぐ過ぎて空回ってる感が半端ないけど。
ただ、そういうのを見ていると普通の子供ってこういうのかなぁとか思ったりする。
私自身、周りの空気を読んで行動するなんて子供っぽくないなとか、どうして素直に気持ちが言えないんだろうとか自己嫌悪になってしまうから、少しだけギルがうらやましいなぁとも思ったりもする。
でも、ギルはそういうのも含めて見ているみたいで、そんな私を見てくれているギルだったら、少しくらい素直になってもいいかも知れないと思ったりした。
今日は少しだけ素直になれた気がした。