少年の災難2
俺はしばらくの間、呆然としていたみたいでようやく周囲に気を向けられるようになったころ、俺の置かれている状況を理解した。
目の前に居るのは、受付カウンターのシルヴィさんと、ヒョロっとした細めの男の人と、冒険者ギルドの副ギルドマスター。冒険者ギルドの重鎮がなんで俺なんかと一緒に居るのか、わけが分からなかった。
「さて、君の名前は?」
「ギルベルト・フリーダーです……」
尋問を受けるようでものすごく怖い。冒険者ギルドの人たちは顔は良いけど荒っぽい人が多いって聞くから、俺は怖くなって尻尾を抱えるように小さくなってしまった。
「書類によると、ドミニクさんとこの弟子か。なんでここに居るか分かるかい?」
「え、えと……。さっき、ギルドで騒ぎを起こしちゃったからです」
副ギルドマスターの横にいた細めの男の人が俺にやさしく声をかけてきた。心臓がバクバクしているけど質問には答えなきゃいけなくて、俺はさっきの彼女とのやり取りを思い出しながら答えた。
「そうだね。まぁ、余計な混乱を避けるために連れて来たんだけど。見たところ君は獣人の血が入っているようだけど?
「ハーフです。親父が獣人で、おふくろが人族」
「そうかー。じゃあ、初対面で告白するなとか言われなかったかな?」
「あっ!」
そこまで細めの男の人に言われて俺は間違いに気が付いた。途中まではわかってたのに、おふくろに絶対に注意しろって言われてたのに……。
その時になって、ようやく俺は彼女に酷いことしたってことに思い至った。どうやって謝ればいいんだろう、もう会ってくれないかも知れないと思ったら、じんわりと目頭が熱くなってきた。
「お母さんが人族なら確実にいう忠告よね。でも、サラに言い寄ったのがこの子で良かったかもしれないわね」
「そうかなぁ」
「だって、番を持った獣人なら浮気は絶対にしないもの。その点はだけは評価できるわ。まぁ、旦那もそうだけど告白に関しては皆ダメダメだけどね」
俺を気遣うようにシルヴィさんが頭を撫でてくれた。でも、幾ら美人でも彼女の方がよかったという気分になってしまう。
「なんだ、カイジもダメダメだったのかー」
「そうよ? まぁ、どこかの誰かさんみたいに告白すらできないヘタレとは違ったけどね」
「あ、あの。どうして俺はここに連れてこられたんですか?」
和やかな雰囲気で会話をされていて、やっぱりなんで俺はここに居るんだろう、思い切って声を出してみた。
ようやく俺の存在を思い出したみたいで、みんなしてごめんねと言われたところで熊獣人のおじさんが顔を出した。
「ああ、ごめんね。ギルベルト君の方の本題に入ろうか。サラは君の番だってことで合っているかい?」
「……はい」
「あ、俺たちは君とサラが付き合うのを反対しているわけじゃないからね? その点は勘違いしないでくれ。まぁ、泣かせたらみんなでお仕置きくらいはするかもしれないけど」
ニコッと微笑んだ細い男の人が怖かった。和やかな雰囲気の中に殺気が混じっていて本気だと伝わってきた。
「あとは、こっちの事情になるけど。あの子はちょっと男性関係でトラウマがあってねー」
「え」
「僕からじゃ詳しい話は言えないから、仲良くなってから本人に聞いてくれ」
何かものすごい話をさらっと投下された気がしたけど、俺には頷く以外の選択肢はない。
「それから、サラの保護者のだけど、剣聖と剣姫だから。確実に半殺しになるだろうから気を付けてね?」
「ちょ、うぇ!?」
さっきの話以上に俺の生死にかかわりそうな重大な話も投下された。あまりに驚きすぎて変なことを口走ってしまったけれど、これは仕方がないと思った。
あ、親方が微妙にニヤニヤしてたのって、このことがあったから親方が難儀な子って言ったのか!? くそ、俺が知るのを待ってたなあのクソ親父!!
「あの子、剣聖の義理の妹なんだよ。夫婦そろって目に入れても痛くないほど可愛がっているから、ちょっかい出したことが分かったら殺されるかも知れないから真剣に向き合わないと駄目だよ?」
「あとは、そうねぇ……。泣かせたら殺すわよ」
瞳孔がきゅっと縦に割れていて怖いですシルヴィさん! 殺気のせたドスの効いた声を出さなくても、俺はあの子を泣かせたくはないんですよ!!
「泣かせません!! その前に、どうやって仲直りすればいいのか見当が付きません……」
「ああ、それな。一応俺がフォローしておいたから、少しは安心しろ?」
ヘタレなことを言っている自信はあるけれど、本当にどうやって話をして良いのか見当もつかなかったのでそういったら、さっき部屋に入ってきた熊獣人のおじさんが気を利かせてくれたらしく、フォローをしてくれたと話してくれた。
あ、多分この人とシルヴィさんが夫婦なのか……。見た感じうちの両親とそっくりな雰囲気だ。
ってことは、このおじさんもうちの親父と同じようなことをしたのか。フォローしておいたって、多分そういうことなんだろうなぁ。
「まぁ、俺の体験を交えて獣人の特徴だって言っておいたから、分かってくれるとは思うが、気長に構えるんだな?」
「はい! いろいろありがとうございました!! 兄貴!」
「あ、あにき?!」
俺の中で熊獣人のおじさんは兄貴と呼ぶにふさわしい人だと確定した。
思わず口に出してしまったら、周りの人たちに笑われたけどそこまで笑うことないじゃないか……。
苦笑いをした兄貴は、何かあったら相談をしろと言ってくれたので、俺は強い味方ができたようで、なんだかうれしかった。
いろいろな所から釘を刺されたけれど、俺は絶対に彼女を諦めることができないから、どうやって彼女と話をするかを考えることにした。
家に帰っておふくろに報告したら、案の定頭を抱えてしまった。でも、もう済んでしまったことだから仕方ない。
幸いにも兄貴がアドバイザーになってくれたので、さっそく相談をしたところ冒険者ギルドで働いている彼女は買い取りカウンターの受付を主な仕事にしていると教えてくれたんだ。
「こんにちは! 買い取りお願いします!」
「いらっしゃいません、早くアイテム出して帰ってください」
「いやいや、サラちゃんお客さんなんだから、帰れはないでしょう」
親方の仕事の手伝いが終わって、剣術の訓練はずっと続けている。親方が言うには俺はどうやら戦闘の才能があるらしく、面白いように吸収していくなと感心された。休みの日は休息も必要なんだけど、彼女に会いたくて冒険者ギルドで依頼を受けている。
でも、いつ行ってもこんな感じの塩対応だから、時々ものすごく凹む。
たまーに、キースさんという細い男の人から注意が入る。まぁ、これもいつものことだ。
「あのさ、何度も言っているけど、俺は本気だからな」
「……そうですか」
俺が真剣な表情で付き合ってほしいと言うと、彼女は唇をギュッとかみしめた苦々しい表情になってしまうので少しだけ罪悪感があるけれど、俺の気持ちを言わなければ確実に流されてしまうと思ったから、俺はこうして続けている。
「ギル君も頑張るねぇ、今日でお休みなしが2か月くらいじゃないか?」
「え?」
「サラは知ってると思うけど、こいつの本職は鍛冶師だから、ドミニクさんのところで仕事をした後で剣の訓練して、休みの日にこうして冒険者ギルドに来ているんだよ?」
体力だけは純血の獣人並にあるからそれほど苦ではないんだけど、キースさんは俺のことを感心したように言った。彼女はそのことを初めて知ったようで、ものすごく驚いた顔をして俺の顔を凝視していた。
「ば、馬鹿じゃないですか!? お休みの日まで潰してなんでこんなことをしてるんですか!!!」
「いや、だってサラに会いたいし」
彼女に会えば疲れも吹っ飛ぶのも事実だし、俺が本心でそう言ったら怒られてしまった。何故だ、さっきまでは迷惑そうな顔をしていたのに……。
「きちんと休まない人は、私はもう会いたくありません!!!」
「だってよ?」
キースさんがくすくす笑っているが、俺はなぜ怒られたのか全く分からない。
「え、ちょっと待って!? どういう事?」
「だって、ギル君、顔色めちゃくちゃ悪いよ? サラ、今日は帰っていいからこいつを家に送ってってやりなさい。途中で倒れそうだからね」
「……わかりました」
そこまで顔色が悪いだろうか? 怠いかもしれないけれど気分が悪いとかはないから、具合は悪くないと思うんだけどなぁ。
キースさんの機転で、サラが俺の家まで送ってくれることになった。一緒に過ごすことができると思ったら、一気に天にも昇りそうな気分になってきた。
ムスッとした顔をしているけれど、俺の手を握って引っ張ってくれるサラを見ていると、そこまで嫌われていないんじゃないかと勘違いしそうになる。
「あ、あのさ……」
「……なんですか?」
「俺、サラのこと好きだからな。初対面で告白すんなって言われてたけど、言わずにはいられなかったんだ」
「知ってますよ。そのくらい」
なんだか少しだけ良い雰囲気になったところで、家に着いてしまった。俺は名残惜しいけどサラと繋いだ手を放した。慣れ親しんだ空気を吸って、ようやく自分の体調が悪いことに気が付いた。
「今日はありがとう。本当は俺がサラを送っていきたかったんだけど、ちょっと駄目みたいだ」
「本当に馬鹿ですね。今度来るときはゆっくり休んでから来てください。それと、私は職場の人が送ってくれるから送り迎えは不要ですよ?」
「いや、今度から俺が行く!」
「えぇー」
「そうすれば、サラだって周りの人の仕事を邪魔しなくて済むじゃないか。まえ、カイジ兄貴のシフトを変えてもらったりしているの心苦しそうにしてただろう?」
「……」
いつもは兄貴かシルヴィさんがサラを家まで送っていくらしいのだが、二人ともギルドの責任者だからサラは自分を優先してくれるのを少し悩んでいたのを偶々見かけたことがあった。そのことを思い出して俺が家まで送っていくというと、サラは案の定不満の声を上げた。
「俺が勝手にやるだけだ、気にすんな」
「いや、普通に気にしますよ、それ」
「いいの! 決めたの!」
サラからはいいとも悪いとも言われなかったので、俺は勝手にサラの送り迎えをすることに決めた。くすくすと笑うサラを見て、もっと笑ってくれたらうれしいと思いながら、遠ざかっていく彼女の姿が見えなくなるまで眺めていた。
後になって、俺とサラが手をつないでいたのを見た人が、サラの保護者に話したことが原因で俺は半殺しの目に合うことになるけれど、それはまた別の話。