サラと少年
ちょっとだけ青春的なお話はいかがでしょうか?
冒険者ギルドで働く以上、魔物の種類や生息地、買い取り部位は最低限勉強しようねと言われ、現在私は低ランクの冒険者さんに交じってキースさんに講義を受けている。
私は生まれながらにアイテムが持つ情報を見ることができたから、そこまでアイテムの産地とか魔物の生息地なんかは重要視していなかったのだが、アイリッシュさんを交えたアルケニーの糸束騒動で知識のなさが発覚してしまいこのような事態になっている。
「サラちゃんが居ないと冒険者のおっさんたちが寂しがるけどいいの?」
「じゃあ、冒険者のおじさんたちに教えてもらいます!」
「ちょっと待て、それは色々と危ないだろう!?」
こんな感じでキースさんは追々覚えればいいよと言ってきたけれど、そんなの仕事をしていくうえであまりに不真面目だと思った私は、教えてくれる人は誰でもいいからベテランのおじさん方に教えてもらおうとしたのだ。まぁ、慌てた副ギルドマスターのベルガさんに止められてしまったけれど。
のほほんとしながらキースさんは、『その年齢にしては良く知っている方だと思うよ?』と言ってくれたけれど、そんなの気休めは必要ない。慰めてくれるのは良いけど、これは私のプライドが許さないから駆け出しの冒険者さんたちに交じって勉強をすることにしたのだった。
この講義を受けている冒険者さんはカイジさんに言わせると殻が付いたままのひよっこだそうだ。新人さんたちは成人したばかりの人が多く、私と差ほど年齢が違わないのでまるで妹のように接してくれる。
そんな冒険者さんたちに『一緒に頑張ろうね』と言うと、眠そうに講義を受けていたのが見違えるようになったので、もっと励ましてあげようかとちょっと思案中。
そんな私を見たベルガさんが、将来男を手玉に取りそうだとつぶやいていたのを私は聞き逃さなかった。
私は女の意見に耳を傾けるのは良いけど盲目になってしまうような男は好きではないし、自分の意見をきっちり言わずに察してほしいという空気を醸し出している出している奴は速攻でヘタレ認定している。勇者とベルガさんはそういうタイプだ。
仮にも上司で面と向かって言ったら怒られそうだけど、後でセリアさんにちくってやろうと思った。
「今日も講義に出るの?」
「お仕事も頑張るのでお願いします」
「わかったよ、ただし残業は1時間までだよ? 帰りはシルヴィかカイジに送ってもらうのが条件だ。ついでに言えば、カイジ達が送っていけない日はダメだよ?」
「はい!」
ざっと教えて貰ったけれど、思っていた以上に知らないことが多かったので、今日も初心者講習に参加したいとキースさんにお願いしてみた。
駆け出しの冒険者さんとはいえ、すぐに依頼を受けたい人が多いようで講習を進んで受ける人も珍しいらしい。私が講習を受けたいと言うとキースさんは驚いていたようだが、知らないことを教えてもらうのは楽しいと思う。出された条件も残業一時間までと、いつもの通りの条件で特に問題はなかった。
とりあえずキースさんのお許しが出たので、今日も冒険者ギルドの初心者講座を受けることに、今日の先生はベン爺かなぁ?
ベン爺の講習はアイテムの剥ぎ取りの仕方や良い薬草の見分け方などが主になってくるため、この講習を受講する人は職人さんの副業として冒険者を選ぶ人がほとんどだ。そのため、この講習に限っては平均年齢が少しだけ上がる。鍛冶屋ギルドや魔導ギルドで見たことのある人がちらほら見える。
各々が好きな席に座るとベン爺の講習が始まった。
「なあ、これってどうやって見分けるのかわかるか?」
「え、えーと、この薬草は茎の形を見ると良いらしいです。ほら、切り口が五角形になっているでしょ?」
「なるほど、ありがとう!」
講習の内容は習うより慣れろと言わんばかりの大雑把な内容なので、あとは休憩時間に貸し出しをしている図鑑で自習をすればいいとか考えていたところで、後ろから声をかけられた。
虎獣人と思われる男の子で、私と同年代位だろうか。周りの年齢層が高めだから私に声をかけたのだろうかと考えつつも、薬草の見分け方を教えてあげた。これくらいなら鑑定眼を使わなくてもわかる。
「あ、ちょっと待って!」
「私ですか?」
講習も終わって仕事に戻ろうかと思っていた時に、さっきの男の子から声をかけられた。
「うん、さっきはありがとう。俺、植物のこと詳しくなくて助かったんだ」
「それはどういたしまして」
面と向かってお礼を言われると、なんだか照れる。同い年くらいの友人なんて居たこともなかったから、こういう時になんて言えばいいのか少し悩む。
「あの、それと……。俺、ギルっていうんだ!」
「ギルさんですか、私はサラです」
「俺はドミニクさんの弟子をしていて、君を前に見かけたことがあって、その……」
「なんでしょう?」
獣人族の人は耳が良い方が多くて、金物の音が苦手な人が多いので、ギルさんみたいに鍛冶師を目指すのは珍しい。単なる自己紹介かなぁとぼーっと考える。しかし、ギルさんは妙に口ごもっているのは何故だろう。
「好きだ! 付き合ってください!!!」
「お断りします!!!」
突然告白されたけど、条件反射的にお断りした。突然好きだとか言ってくる男を私は基本的に信用しない。こいつもそんな奴だったのかと一気に軽蔑対象に成り下がった。
「えっ!?」
「私はよく知らない人に付き合ってくださいと言われて付き合うようなバカ女じゃないです! 失礼します!!」
周りの人たちがざわついているが、そんなのは私には関係ない。
なんだかものすごく腹が立ち、一気に文句を叩きつけて私は作業場に走って戻ってきてしまった。心配そうに声をかけてきてくれたセリアさんの声も、この時ばかりは私の耳には入らなかった。
その後の仕事もなんだか手につかない状態で、キースさんには残業しないでさっさと帰りなさいと言われてしまった。うう、職員失格だ……。
今日の私を家に送ってくれるのは、カイジさんの順番だったのでカイジさんの仕事が終わるのを休憩室でしょんぼりしながら待つことにした。
「待たせたな。さて帰るか」
「はい……」
自分の気持ちが何故沈んでいるのか良く分からなかった。カイジさんも気遣ってくれているのか、ゆっくりと家路についた。
「そうだ、サラ。今日のことでひとつだけ言っておきたいことがあってな」
「なんですか?」
家の前に着いたときに、カイジさんは重い口を開きました。
「ドミニクのところの坊主と揉めただろう? あいつも悪気があったわけじゃないから、許してやってくれないか?」
「……やです」
嫌だと即答。
なんでカイジさんがあんな奴の肩を持っているのかわからない。
「あのな、俺は単なる同情だけで言っているわけじゃねえんだぞ? 獣人の種族的特徴から考えた理論的な話だ」
「……」
「まずな、獣人は本能で番を選ぶんだ。俺の場合はシルヴィだった。こいつだと思ったら理性が吹っ飛んじまうんだ」
「吹っ飛ぶんですか?」
本能で番を選ぶとか、それが獣人族という種族的特徴である。それを理論的というのはなんか違う気がした。理性が吹っ飛んじゃったら理論どころじゃないじゃないと思う。
「あの坊主なんてマシな方だぞ? 俺なんか初対面のシルヴィに告白して半殺しにされたからな?! まず話をするきっかけを作って、お互いの自己紹介なんか出来ねえよ。俺はよく我慢できたなぁと感心するね」
「そ、そうなんですか?」
「本当だぞ? なんなら他種族の番持ちの既婚獣人を紹介してやろうか。大体どいつもこいつもそんなもんだ」
「へぇ」
カイジさんとシルヴィさんのなれそめを初めて聞いたか。そうかカイジさんは本能に敗れたのか……。
普段は外見以上に落ち着いているカイジさんが本能で動いてしまうのなら、あの虎獣人のギルさんが理性的というのも事実なのだろう。でも、私にはそんな事情は関係ない。
「サラの事情も知っているから俺はあの坊主と会えとか無理強いはしないが、ただ坊主の方の事情も分かってやれってだけの話だ」
「……わかった」
「まぁ、あの坊主は色んな方面で半殺しになるだろうから、しばらく会えないだろうがな……」
とりあえず、カイジさんが取り持ってくれたので、ギルさんへの好意は最底辺から底辺くらいまで回復した。ただ、事情を考慮しただけなので、会う気は更々ないけれど。
カイジさんが最後に何かをつぶやいたが、私には聞き取れなかった。特に重要なことでもなさそうだったから、私は送ってくれたお礼を言って家に入ったのだった。