サラと花嫁のヴェール4
それから1時間程はずっとそんな調子で二人はお酒を片手に、私はいじり倒しに遭った。
え、冒険者風のチャラ男?
ワタシ、ソンナヒトミタオボエナイデスヨ(遠い目
「お、珍しいな今日は三人組で夕飯か、そういやセリアは今日夜勤じゃなかったか? それにサラももう帰る時間だろう?」
「あ、ギルマスだ! 今日はベルガに代わってもらったんで休みですぅ! 女子会してるんだから、あっち行ってください!」
「そうです女子会なんです! 邪魔しないでください。混ざるんだったらうちの旦那だけよっ!」
半ばやけくそになりながら二人の質問に答えていたところで、ようやく救いの手が差し伸べられた。
セリアさんはかなり酔っぱらっていて職場の上司を追い払うジェスチャーしているし、シルヴィさんは言ってることが支離滅裂になってるし……。
「ぎ、ギルドマスター……。助けてくださいー(泣)」
「おお! わかったわかった! ばっちゃん、俺のとっておき持ってきてくれぃ!」
「はいよ!」
よくぞ! このタイミングで来てくれた! 我らがギルドマスター!
いつも飲んだくれててギルドでの目撃が少ない我らがギルドマスター! 現状を打破するには貴方が必要だ!
ここぞとばかりに助けを求めたら、ギルドマスターはわかったわかったと言っておばちゃんに酒を頼んだ。
違うそうじゃない! これ以上お酒なんて頼んだら逆効果でしょー!!!
「二人とも、俺のとっておき飲みたくねぇか?」
「ギルマスのとっておき!? のむのむ!!」
「あ、これって年代もので手に入らない奴じゃない、アタシも飲みたい!」
「ほれ、高い奴だから気を付けて飲めよ?」
そういって、小さいコップに琥珀色の液体をなみなみと注いだ。
うぅ、ここに座っていても香ってくるくらいアルコール度数が強そうなんだけど、大丈夫かな二人とも……。
不安は案の定的中し、コップ一杯飲み干した二人は見事撃沈した。
ギルドマスターにどうして飲ませたのかと聞いたのだが、
「酔っ払いには何を言っても無駄だから潰すに限る」
とのことだった。
なんか、間違ってはいないんだろうけど、微妙に釈然としないのはなんでだろう……。
それから、ギルドマスターは駆け出し冒険者と思われるお兄さんにいくつか事付けをして、銅貨を数枚握らせた。お兄さんはというとキラキラとした目でギルドマスターの話を聞き、話が終わると同時に勢いよくお店を飛び出していった。
何を言ったのかと聞いたら、シルヴィさんとセリアさんの引き取り先に連絡をしたとのことだった。
その後、シルヴィさんはカイジさんに担いで行かれて、セリアさんは真っ赤な顔をしたベルガさんと一緒に帰っていった。
私はというと、ギルドマスターに少しだけ残って晩酌に付き合えと言われ、不承不承ながらも少しだけ残ることにした。二人のお酒に付き合っていたせいで、あまりご飯も食べられなかったからちょうどよかったのもある。
「あれでも、お前を気遣ってくれたんだから気にするんじゃねえぞ?」
「はい、それは分かっているので大丈夫です」
二人とも酔っぱらっていても場の雰囲気を崩すようなことはしなかったし、実際に気を使ってくれていたのは確かだったので私は素直に頷いた。
ギルドマスターはちびちびと琥珀色のお酒を飲んでるけれど、こうやって見るとハードボイルドという言葉がものすごく似合う人だなと改めて感じた。
それが普段から飲んだくれている親父だろうとも!
「さて、そろそろお前さんの保護者が来るころだ」
「え?」
「さっきロビンから連絡があってな、今日帰ってくるとさ」
「ほんと?!」
「最近、お前さん上の空だったって伝えたら、ミケも一緒に帰るっていうからよ。もうギルドには着いているはずだから、さっき若いのに呼んで来いって言ったんだ」
なるほど、さっきの冒険者のお兄さんへの伝言はそういうことだったのか……。どおりで目がきらっきらしてたわけだ、みんなの憧れSランクの冒険者に声をかける機会なんて滅多にない。
「そっか……。一か月ぶりくらいかなぁ」
「まぁ、なんだ? 何か悩みがあるなら、あいつらを頼ってやれや?」
「うん。そうします」
これは多分、周りの大人に頼りなさいってことなんだろう。
今まで周りの人間が屑過ぎて自分の力で何とかして周りを頼ったことがなくて分からなかったけど、今の私の周りにはたくさん心配してくれる人が居るんだと思った。
なんだかギルドマスターの言葉がストンと胸の中に入ってきたので、私は素直に頷いた。それに満足したのか、ギルドマスターはでっかい手でぐりぐりと頭を撫でてくれて、私はなんだかものすごく安心したのだった。
気が抜けたようで少しだけうとうとしていたようだった。気が付いたら誰かの背中におぶさっていた。明るい茶色の髪と覚えのある香水の匂いで兄さんの背中だと気が付いた。
「お兄ちゃん?」
「んー、なんだ?」
「……お姉ちゃんは?」
「サラが迎えを待ってるって聞いたから、今にも飛び出していきそうだったけど、部屋を暖めておいてくれってお願いしたんだ」
「そうなんだ?」
ごめんね? おうちでお迎えしなくて……。
ぼんやりとしていたから、少し子供っぽいしゃべり方になってしまった。
「サラも仕事頑張ってるな、キースが褒めてたぞ?」
「うん。キースさんは私が居ないと大変なの」
「まだ、子供なんだから無理しなくてもいいんだぞ?」
「無理してないよ? できることやってるだけだもん」
「今日だって上の空だったって聞いたぞ?」
「うん、ちょっと困ってたことがあったの」
「そうなのか」
「うん、そうなの」
黒猫亭から家までそれほど長い距離じゃないのに、私の話を聞くためにロビン兄さんがゆっくりと歩いて話を聞いてくれるのがとてもうれしかった。
「お兄ちゃんにちょっとお願いごとがあるの」
「ん、なんだ?」
「お姉ちゃんとお兄ちゃんの、結婚式。私のせいで出来なかったでしょ? だから、せめてヴェールだけでも作ろうと思ったの」
「そうか」
「でもね、材料が足りなくてね、わたしじゃできないの……」
じんわりと涙がにじんできた。
ロビン兄さんは、私の話を聞いてくれた。
本当は解ってたんだ、この話を私一人で決めるべきじゃないって。
本来は結婚式のヴェールもウェディングドレスも当事者である二人が選んで用意する者だもの。私のはただの自己満足。
「本当に、サラは気が利くやさしい子だな!」
「え?」
「俺は女じゃないから、結婚式に対する思い入れとかはあまりないけど、ミケーレにとっては重要なことだと思ったのだろう? だからサラはヴェールだけでも用意してあげたいって」
「うん」
「ありがとうな、サラ」
最後は涙声になってしまったけど、ロビン兄さんにお礼を言われたことで私はものすごく救われた。
そして私が気にするといけないからと、結婚式を先送りにしていた事情を教えてくれた。
「結婚式は落ち着いてから挙げるつもりだったんだ。でもな、なんだかんだで勇者の動きやミケの実家の動きが怪しくてな、神殿で挙げようにもどこから情報が洩れそうで横槍が入りそうだったからな」
「そうだったんだ」
「だから、サラが気にすることはないんだぞ? 俺らはまだ書類だけとは言っても結婚しているし。サラは俺らの家族なんだから」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
「だから、俺らには遠慮なく頼っていいんだぞ? お願いしたいことがあるなら言ってみろ。手先が細かいことは無理だが、それ以外ならどうとでもなるぞ?」
「ふふ、お兄ちゃんはその中に料理も加えないと駄目だと思うよ?」
「あぁ、料理なぁ……。あれは仕方ないぞ? まぁ、焼けば大抵食えるから問題ない!」
「そんなもんかなぁ……。でも、おいしい方がいいよ?」
「まぁな。今度ミケにも料理を教えてやってくれ」
「わかった」
ほのぼのとした会話をしつつ、私たちはミケ姉さんが待っている家に帰った。
それと、ロビン兄さんもミケ姉さんのヴェールを作る計画に参加してくれた。残りのアルケニーの糸束の件は、事情は伏せておいてロビン兄さんが狩りに行ってくれることになりました。
難しい依頼じゃないのかと聞いたのですが、苦戦はしたことがないと言われました。どれだけ強いんだろうこの人たちは……。
ロビン兄さんがお休みの間に、二人でアイリッシュさんのお店に行ってきた。
アイリッシュさんには材料持ち込みが出来次第製作をお願いすることにして、ヴェールのデザインに関してはロビン兄さんが決めた。
真っ白で綺麗なレースのマリアヴェールはスレンダーなミケ姉さんに一番似合うデザインだと思った。
製作費用にもロビン兄さんとひと悶着あったけど、肉体労働で兄さんが狩ってくるのだから発案者の私が製作費用を出すべきだと一歩も譲らなかったから、ロビン兄さんもそこは妥協したようだった。
蛇足ではあるけれど、そのやり取りを見ていたアイリッシュさんから、孫の嫁に欲しいわと言われたのは何かの間違いだったと思いたい……。