150円の温度を愛なんて呼んだ。
8月15日。
腕時計が示すのは、深夜2時42分。
夜中のカラオケボックス。
ひどく、
のどが渇く。
片思いの末、つい先日付き合ったばかりのハル君が
私の膝にしがみついて目を閉じていて、
気分の高揚というか、
息がうまくできない。
テレビの画面には、流行のアーティストたちがせわしなく映し出されて、
音量は結構大きいはずなのに、
不思議と、ハル君の規則的な呼吸の音ばかりが耳についた。
いきなり落ちるように眠る人なので、
寝ているのか寝ていないのか、いまいちわからない。
エアコンの温度設定は28度。
吹き付ける風は少しぬるいけど、やはり涼しくて、お互いを冷やそうとしているのに、
こんなにも顔が熱いのは、自分でも意外。
私、まだけっこうかわいいところあるじゃん。なんて
自分で思ったりしちゃえるくらいに。
彼に触れている肌のすべてが熱を帯びていて、汗ばまないでくれと、ただひたすら思う。
彼には、きれいなところしか見せたくない。
なんかもうなにもかもどうしようもなくて
いい意味でやるせない感覚に襲われて、鼓動はいつもより二割増し。
彼に触れたくて、手を伸ばして、引っ込めて、もう6回目。
今が永遠に、続けばいいと思った。
このカラオケボックスのこの部屋が私の世界のすべてで、
この世界に二人しかいないような、そんな気がした。
恋って、こういうことを言うんだ。
こんな気持ちになったのは過大評価でも何でもなく
生まれて初めて。
部屋のなにもかもが大きく感じる、
テレビ、二人分のグラス、マイク、壁に備えられた電話、リモコン、鞄。
きっと鞄の中では私の携帯がずっと光っているんだろうけど、
母は私を探しているんだろうけど、
それすらも今はどうでもよかった。
二人きりが良くて、心地よくて、このままが良かった。
こうなった経緯といえば、
告白が成功して、付き合って、めでたくハル君にも私を好きになってもらえて、
それじゃあ遊ぼうかってなって。
弟とお祭りに行っていたハル君に誘われ、駅前で待ち合わせをした。
ハル君が道に迷ったらしくってお祭りは終わってしまったけれど
二人とも自然に公園で話をした。
どれくらい話しただろうか、急に雨が降ってきて、
自転車の後ろに乗せてもらい、年齢確認をされないお店を探した。
ジャンクフード店、ファミレス、バー。
ことごとくだめで、いっそラブホにでも行こうかってなって、
じゃあ、ここがダメだったらそうしようと言い、入れたのがこのカラオケ。
雨が降る中で見る、ネオンはなんだか泣いてるみたい。
帰るという選択はお互いになくて、
携帯には母からの連絡が殺到していたけれど、見て見ぬふりをして鞄に仕舞い込んだ。それからどれくらい時間がたっただろうか。
今に至る。始めは衣類を乾かすために暖房だったが、
かなり乾き、やっぱり暑いねって笑い合った。
ナイトパックで結構な値段になっているだろうから、
あぁ今日が給料日でよかっただなんて、思う。
私が全部払おうとしたら、ハル君はきっとバイトをしていないのに許可してくれないで、半分こにするんだろう。
それだったら今のうちに払ってしまおうか。
いや、やめた、もう少し、もう少しだけこの状況に浸っていたい。
「ハル、君。」
ふいに名前を呼ぶと、寝たかと思っていた彼がぱちりと目を開く。
心臓がナチュラルに飛び跳ねて目の前が一気に狭くなるような感覚。
自分の鼓動の音で、もう何も聞こえない。
なに?って聞かれたけれど、
いいえなにもありません
いや、そんなこと言えるわけないじゃん。
なんとか話題を作ろうとして自分の鞄をあさって、ポーチに目がつく。
なかには最近どハマりしているミルクケーキという、練乳と砂糖をまぜたみたいな味の、必要以上に甘くて固い、小さな長方形のお菓子がたくさん入っていて、
理由づけみたいにそれを彼にあげた。
愛だよなんて言って取り繕うように、気取るように笑ったら、
「そっか、愛なら、こうしないとね。」
と薄く笑って。
ハル君は起き上がって、私に彼が咥えているのとは逆のほうを咥えさせて、
それで
ポッキーゲームみたいにして
それで
それで。
ひどく時間が長く感じられる。
息が、止まる。
時が、止まる。
表現でも比喩でも何でもなく、本当に
何もかもが止まる。
この日から私はずっと抜け出せず
ずっと止まったまま。
情景描写だったり、心理描写が苦手だということに気が付いたので
ちょっとした練習がてら混ぜ込んでみました。
もっと綺麗に書きたくて、私の中でのこのシーンはもっと繊細なので
語彙力を養って、書き直したいと考えています。