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夢風景

作者: 現夢中

 私はとある企業の営業を担当している、しがないサラリーマンだ。

企業間の営業ではなく、民間向けの営業だ。

 "数うちゃ当たる"をスローガンに、1日に何人何十人もの人間を相手に同じ商品を売り込み続ける。

 それでも成果が出ないのは、私の営業力がないことの現れなのか。

それとも「明日の肌の荒れ具合を予報する装置」の商品価値がないからなのか。

 まぁいずれにせよ、私はノルマを達成できずに駅前の喫茶店でお酒を飲んでいる。


「ご注文は?」


 無愛想な店主の、生気のこもっていない声に「明瞭酒で」と注文を出す。

するとカウンターの向こうから小さな急須が持ち出される。

店主はそれを持ち上げると、ビーダマが一つだけ乗る程度のおちょこにちょびっとだけ注いだ。


「お待たせしました」


 目の前に出された小さなおちょこを、私はグイッ……というか、ピチャっと飲み干す。

唾液を少し飲み込んだくらいの感覚である。

 しかし明瞭酒はこれでいいのだ、素晴らしいのはどんな酒豪でも『これだけ飲めばほろ酔いになる』のだ。


「あとはイチゴケーキでも」


「かしこまりました」


 ほろ酔い気分で幸せな私は、注文を待ちながらふと外を見てみる。

 技術革命が起き、科学が魔法へと昇華した世界でも人間の生活はさほどかわらなかった。

松明で夜を明かしていた頃の人間が、電気の明かりで夜を明かすようになるのはものすごい進歩だと思う。

 だが人間というのは、進歩の限度があるのだ。正確にいうと、『進歩したなと感じる限度』。

結局のところ、生活が便利になりすぎてそれ以上便利になったとしても、何も変わってないように思うというだけの話なのだ。


「イチゴのショートケーキでございます」


 このケーキはすぐに私の手元に来たが、なんと出来立てなのだという。

材料を投げ込みボタンを押すと、あたかも職人が作ったかのようなショートケーキがポンとでてくるそうだ。

 だが、ケーキがすぐに私の手元にくるなんてことは今に始まったことではない。

ようは、"出来立て"か"作り置き"かという話なだけで、私の生活にはなんの支障もないし気にも止まらない。

これが、『進歩したなと感じる限度』なのだろう。


「ま、やっぱり出来立てのほうがおいしくていいけどね」


 ついつい独り言が出てしまうくらいには、どうやらおいしいらしい。

 ふと腕時計を見る。

時計の針は14時00分をお知らせしていた。

 会社への帰宅時間は16時、つまりあと2時間は暇を潰さなければならないらしい。


「少し散歩でもするか」


 軽くケーキをほおばった私は、残りの2時間を散歩して潰すことに決めた。

営業のノルマについては……上司に酒でも持っていくことにしよう。



----------------------------------


 現代の電車と呼ばれるものは、なんと水上も走る。

正式名称、水陸両用電気車……らしいが私たちには関係がない。

 切符を購入し、駅のホームをくぐる。

 どうやらこの『切符を購入する』という行動事態は風化せずに残っているようだ。

なぜなのかはわからないが、まぁ古い考えを重んじる人間も、まだ日本に残っているということなのだろう。


『この電車はツキノリナシとオワリノリナシを往復する電車でございます。各駅停車でお送りいたします』


 すっかりと知らない駅名になってしまった各地は、そもそも地名からして大幅に変更されている。

東京こそそのままだが、大阪等は『堺ノ街』兵庫は『神ノ港』などなど……県という言葉が廃止され、よりユニークな名前に変更された。

 東京を変更しなかったのは、日本の首都ということもあるからだろう。


「わーママ!水の上だよ!」


 子供がそう言うと、電車のアナウンスが流れる。


『ただいまより、水上でございます』


 同じ車両にのっている子供たちは、こぞって座席シートに膝を付き

窓の外に釘付けになった。

 いままで線路の上を走っていた電車は、線路の上から車輪を外し、送電線として使っている線にガッチリと捕まり

水上を移動しはじめたのである。

 さながらロープウェイのような移動方式をとり、美しい湖の上を走り出した。


「まぁ、美しい景色ではあるよなぁ」


 水上に映し出される子供たちの顔と黒色の電車は、まるで水中を走っているかのような幻想を私に抱かせる。

幻想といえば子供の頃、鏡や湖に映る自分を見て私はこう思っていた。

『自分はこの鏡の向こうの自分を、真似ているだけの人生なのかもしれない』

 それが先程の幻想となんら変わりのない夢物語なのはわかっている、私も大人になったのだから。

しかし大人になったからこそ、余計に『真似ているだけの人生』という言葉が重くのしかかってきたのだ。


「おい、お前はほんとうにこれでいいのか?お前が変わらなきゃ、私も変われないだろう」


 水上に映った自分の顔に、私は一言そう残した。

それは自分自身に言ったのか、『向こうの自分』に言ったのかは当の本人にもわかっていないことだった。


『次は~水☆♪?°駅~』


 聞き取れないような奇怪な発音の駅が、私の耳に届く。


「次で降りるか」


 ここで降りる意味はとくにないが、まぁ散歩とはえてしてそういうものだと思っている。



---------------------------


 水☆♪?°駅は、まぁすこし発展した田舎というイメージだ。

坂を上がると飛行場に続いていて、降りると海岸に出る。

 海岸は津波を想定してか、防波堤の工事が進んでいる。

年末でもないのに、ご苦労なことである。

 とりあえず、飛行場にいってもなにもないだろうし海岸の方に降りてみることにする。


「空気がおいしいな、都会とは大違いだ」


 大きく深呼吸をする。

体の中に毒素が溜まっているイメージをし、それを思いっきり吐き出すのがすごく気持ちがいいのだ。

 しばらく歩いていると、小さくて赤い社がたくさん並んでいる場所を見つけた。

何かの神社だろうか、そうだとしても何を祀っているのだろうか……。

 よくよく見てみると、その社の周りで子供たちが楽しそうに遊んでいた。


「きゃははは、あははは」という甲高い声が、私の耳にも届く。

 なにか、棒のようなものに跨りそれにハンドルを指すと、上下に移動する不思議な遊具で遊んでいるようだ。

遊具の事情も大きく変わり、安全性を重視するものから、多少危なくても楽しいものへと変わっていった。

 所謂モンスターペアレント世代が少なくなり、『多少痛い目をみたほうが教育になる』と考える世代へと移り変わっていったからだろう。

実際、遊具による死亡はほんとうに稀だし、子供たちに外で遊ぶ選択肢をたくさん与えることができたのはかなり大きいと思っている。

 私が子供の頃は、遊具なんてあって滑り台だったし、外で遊んでいるだけで近所の大人に『うるさい!』と怒鳴られたりしていたものだ。

 それで家でゲームをしていると、『外で遊べ』の一点張り。

もうどうすればいいのかわからない、理不尽さを私はずっと感じていた。


「ま、それでもあの遊具は何が楽しいのかわからないけどなぁ」


 棒を上下する謎の遊具を尻目に、私はさらに海岸のほうへと降りていった。


--------------------------


 海岸の近くになってくると、住宅が増えてきた。

どうやら住宅街なのだろうか。


「ワンワンワン!」


 しばらく歩いていると、白い愛玩犬にものすごい勢いで抱きつかれた。

元来動物に好かれづらい私が、ここまでなつかれるということは相当人懐っこいのだろう。


「こら!白犬!」


 その白い犬を追いかけてきたのは、年齢80代くらいのおばあさんである。

おばあさんは白犬を私からひきはがすと、「ごめんなさいねぇ」と軽く会釈して家の中に消えていった。

 すこし寂しい気分になった、お金に余裕があったら動物を買ってみるのも悪くないのかもしれない。

 ふと時計を見る。

15時ちょうど……、いい時間だ。


「すこし名残惜しいが、帰るか」


 私は踵を返し、坂を上に登っていった。

途中、先程みた小さくて赤い社が一つ増えているような気がした。

 気がしただけで、ほんとうにそんなことはなかったのかもしれないが

科学が魔法に昇華した世界なので、何が起こってもおかしくはないのかもしれない。


『この電車は~ツキノリナシとオワリノリナシの~……』


 行きと同じアナウンスを聞きながら、私は会社へとかえっていったのだった。

途中、昼間によった喫茶店で『梨味の酒』を一本購入し、上司へと持って帰ったのだった。

 私の上司は、梨味の酒が大の好物だから……。

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