銀卓の酒場と、金色のスライム
「うっは、なんだこれ、動く金の玉だ!」
フフッ、『の』が外れたらちょっと人には聞かせづらくなる単語だぜ。
「んも!」
だが俺の表現は的確だ。俺の足元にはピョンピョンと飛び跳ねる金色の玉があった。
素晴らしい光沢の磨き上げられた金珠だ。あ、『の』が抜けたけどセーフだよね。漢字バリアッ!
◆◆◆
その日、俺はグランドニア王国の西街道を歩いていた。
背中には銀で出来たクソ重いテーブル。
連れ添いは隣を歩く砂糖仕立てのゴーレム。
グランドニア王国で一旦はこの銀卓を目印に酒場を開こうとか思っていたわけだが、道中、この砂糖仕立てのゴーレム〈サトウ〉と出会って、移動式の酒場なんてもんをやってみようかと血迷ってみた結果だ。
人生は血迷ってこそなんぼ。
統制されたレールの上を走る人生は面白みがない。
いや、その人生にも別の楽しみはあるかもしれないけれど、俺には合わないのだ。
そういうわけで、サトウがちょっとデカすぎて街道を歩いていると他の旅人に奇異の目で見られる。
俺が銀のテーブルを背負ってるからじゃない。
確かに傍目には「なんで銀テーブルだけ背負ってるんだよ……罰ゲームか何かかよ……」なんて思われるかもしれないが、断じて俺を残念な視線で見ているわけじゃないだろう。信じてるぞ、善良な民よ。
これは俺の半身。
他の酒場と差別化を図るための、ちょっとハデなアイテムなのだ。
「あれっ、移動式酒場ってだけですでに差別化……」
ああっ! いかん! 考えちゃだめだ!
「ンモ……」
俺の隣でサトウが「だめだこいつ」みたいな顔をしている。
ゴーレムの表情で内心が読めるようになってきたあたり、俺のテイマースキルもさぞレベルアップしまくりであろう。
そうして街道を外れて歩いていると、グランドニア西の森林地帯に踏み込んだ。
荒野の次は森林かよ。
荒野ではサトウに出会えたから多分に良いことがあったのだが、鬱蒼とした森はまたなんとも陰鬱な気分になってくる。俺は開けた景色の方が好きだ。
でも森は生命の宝庫であるし、何か酒場で出せる食材がないものかと目を光らせる。
「サトウ、なんか見つけたら教えて」
「ンモ!」
まったく、人語を解するゴーレムは最高だな。
サトウの身体を形成している砂糖は、酒に入れるとものすごくうまい。――らしい。
俺は酒を飲まないからあえて混ぜてみても酒とのハーモニーはよく分からんのだが、前に移動酒場の客になった旅人に振る舞ったら、ものすごく喜んでくれた。
かくいう俺もサトウの砂糖を舐めたこと自体はあって、味覚のみであれほどの多幸感を得られるとは――なんて驚くくらいにはおいしかった。
しばらく森を歩いていると、少し離れた場所から「ンモオ!!」という鳴き声が聞こえた。ちょっと馬鹿みたいに聞こえるけど、すごくカワイイやつだぜ。
そうして俺がサトウのところまで行くと――
「金珠だ……!」
そういうわけで、現状に繋がるわけである。
◆◆◆
「スライムっぽいなぁ……」
世に蔓延る魔物には割と詳しい。実家の関係だ。
しかし、金色のスライムなんてものは見たことがない。
こいつすり潰して金貨とか作れないかな。
「キュピア!!」
嘘嘘、冗談だよ。――というかコイツ俺の内心察したんじゃあるまいか。
まるで抗議するようなスライムの鳴き声が響いて、俺は内心でビビった。
金色のピカピカスライムが鳴き声をあげたこと自体ちょっとアレな光景なんだが、少しも慣れてきた。
さて、すり潰すなんて冗談はともかく、コイツどうしようか。
「ンッモ」
サトウがゴーレムの角ばった三本指を伸ばして、金色スライムに近づけている。
犬に指を差しだすのと同じ感覚だろうか。
「キュピッ!」
金色のスライムはサトウの指に乗っかって、嬉しげに身を跳ねさせた。
こいつら何話してんだろ。
実はちょっと話に加わりたい。
なんだか仲が良い感じである。
「まあいいや、なんかイイ感じだし、連れてく?」
サトウが気に入ったのなら構わない。俺の大事な連れの、さらに連れだ。ああ、面倒だからそれも俺の連れでいいや。
「ンモ! ンモモ!」
「おっけおっけ」
たぶんサトウは「おっしゃ連れてこうぜ兄貴!」って言ってる。たぶんな。
「じゃあコイツにも名前つけてやらんとな」
「ンッ、ンンッ! ンモ……」
なんだよ、なんだか乗り気じゃないな。なんでむせたんだよ。
俺のネーミングセンス最強じゃねえか。サトウも砂糖仕立てだからサトウって、気に入ってんだろ? ハハッ。
「ンモウ……」
「そうだなあ……」
サトウが少しうな垂れているが、俺はあえてそれを無視する。
今はこの金玉の名前を考えなければ。
「キャン・タマなんてどうだ」
「ンモアッ!!」
「うわっ!」
サトウが急に身を立たせた。
びっくりしたぁ……。
抗議のジェスチャーだろうか。
「そっかぁ、気に入らなかったかぁ……」
「ンモ」
やっぱりそうらしい。
ちっ、天才的な名前だと思ったのに。
「ゴールデン・ボウル」
「ンモア!」
「キーン・タ――」
「ンモアッ!!」
なんだよ、途中で遮るなよ。
しかたねえ、少し趣向を変えるか。
「ゴールデン・スライ――」
「フオオ!!」
うおっ、今まで一番激しいな。こっち方面もダメか。
てか「フオオ」ってなんだよ、「フオオ」って。「ンモ」以外もいけたのかよ、サトウ。
「分かった、じゃあ〈タマ〉でいいや、タマ。猫みたいでかわいいだろ?」
実家の城でメイドが飼ってる猫の中に、そんな名前の猫がいた。タマってなんか庶民的な感じなのに、あの猫すっげえ毛並良かった。なんかもう光ってた。俺より良い生活してた。
「ンモ……ンモーモ」
サトウは「まあしかたねえか」みたいな声を絞り出しているから、ひとまずよしとしよう。
肝心のタマはサトウの頭の上に乗って飛び跳ねている。
太陽を反射して眩しいんだが――ちょっと、下りてきて俺の目の前で跳ねないでよ。超眩しいから! 目がっ! 目があああ!
◆◆◆
さて、また森を歩きはじめる。
タマは俺の背中の銀卓に乗って、ぷるんぷるん身を震わせている状態だ。くそ、良いご身分じゃねえか。そろそろ重いからサトウに銀卓ごと持たせようかな。腰と首に肩にキてるわ。関節をパージしたい。
「キュピッ」
するとタマが銀卓から飛び跳ねて、俺の首元に移動した。
「おっ、すごくヒンヤリして気持ちいいな!」
「キュピピッ」
タマが交互に俺の右肩と左肩に移動して、そのヒンヤリした身体でぷるぷるしてくれている。
結構気持ちいい。マッサージとかに使えそう。
「ンモー」
ふとサトウの声があがって、そちらを見るとサトウは一人で野草の採取なんてしていた。
あのゴーレムなんでもありだな。
お前薬草の知識でもあんの?
俺全部同じ緑のゲテモノにしか見えないんだけど。
昔格好つけて神妙な顔で植物図鑑とか眺めてみたんだけど、あんま意味なかったわ。だいたい全部同じ緑じゃねえか。
グランドニア西の森は結構深い。
実家付近の森よりはだいぶマシだが、生態系も少し変わっている気がする。俺が子供の時に絵本で見たキラキラの森とは違って、なんだかデロンデロンだ。食人植物とかいそうで超こええ。
ここから北に向かって山岳地帯に変容していくようだが、さすがに山を越えるつもりはない。
ひとまず西に進んで、森を抜けよう。
そのあと街道へ戻って、銀卓酒場を開こうか。
サトウが野草を採取してくれているから、そのあたりの料理でも出せたらいいな。
「火の魔法とか最近使ってなかったから危ういなぁ……」
グランドニアで仕入れた肉を出す際にも、火を通さないことには出しづらいところもある。
解毒は大事だ。
火精石という名の火打ち石も一応持っているが、薪なんかを集めるよりは魔法でどうにかしてしまった方が手っ取り早い。
かつて幼少時、城でスパルタメイドたちに一連の魔法の習得はさせられたが、あれから時間も立っているし、あえて魔法も使ってこなかった。
使うとあいつらしつけえからな。「もっと! もっと見せてください! これだけのモノを見せれば旦那様も満足なさりますよ!」なんて、鬼気迫る感じで近づいてくる。訓練以外だと甘々でベタベタしてくるくせに、訓練になった途端竹刀取り出してきやがる。どこの体育教師だよ。
メイドの言う旦那というのは俺の親父のことだが、俺と親父はちょっと最近縁が離れ気味だ。ああ、仲が悪いわけじゃないんだけど、ちょっとした考え方の違いね。まあ、お互いそれを理解し合いながらの別離みたいな感じだから、険悪さはない。
ともあれ、火の魔法はかつては得意だったものだが、加減というものが得意じゃないので、はたして人前で使っていいものだろうか。
氷の魔法は肉を冷凍する時に使って、まだうまいこと使えたからいいものの、火はちょっと危ういな。氷と違って一発で焼野原になる可能性がある。
かつて破壊力だけを求めて死ぬ気で修練した自分を、今こそ嗜めてやりたい。もっと魔法には使い道があるのだと過去にメッセージを送りたい。お前が吐いた血反吐は無意味だ。もっと別のことに血反吐吐きなさい。重い物背負うために腰を鍛えるとか、そういうのね。血反吐吐きながら腰鍛えるってシュールだな。
しばらく歩いて、サトウの身体に差しこまれている野草も増え、そろそろ頃合いだろうかと判断した。
てかさ、それ身体に埋め込んでるけどさ、すっげえ砂糖風味になったりしない?
俺甘い野菜とかってあんまり好きじゃないんだけど……
「ンモ」
そんなことを思っていると、俺の内心にまた超絶的な察しの良さで気付いたのか、サトウが右手を開いて差し出してきた。
その中には砂糖漬けになっていない野草が握られていて、
「おお、ありがとありがと。じゃあこっちは俺が保管しとくわ」
俺はそれを受け取って腰の皮袋に入れた。
そこへ、
「キュピッ!」
俺の肩でプルプルしていたタマがやってきて、残りの野草をその身体に取り込んでしまった。
「うおっ、どうしたよタマ」
「キュピ!」
俺の手のひらの上でぽよんぽよん跳ねているタマ。
その身体の中に取り込まれた野草は金の光沢に邪魔されてもはや見えない。
普通の半透明スライムなら消化する様とか見れたかもしれないのに。――まあいいか。
「腹が減ったなら言えよ。ちゃんと俺たちが食べる用の肉とかあるからさ」
俺は野菜より肉が好きだ。
きっとタマもそうだ。そう決めた。俺の中で決定した。
「キュピキュピ」
ぷるんぷるんしてるだけでよく分からんが、まあ別に猛烈に腹が減っているというわけでもなさそうだし、ひとまず放っておこう。
俺はまた肩にタマを乗せて、森を歩きはじめた。
◆◆◆
森を闊歩すること三日。――ちょっと、遭難しそうなんですけど。
「大丈夫、まだ遭難じゃない。断じて! 遭難ではない!」
「ンモ……」
優しく肩を叩くんじゃない、サトウ。
そろそろ森焼き払ってもいいんじゃないかな。せっかく火の魔法思い出したわけだしさ。だめかな。
「森焼き払っていい?」
「ンモッ!」
「なんでよ」
サトウが訝しげな顔をしたので、訊ね返す。
するとサトウが例によって小枝を拾ってきて、じめじめした森の地面に絵を書きはじめた。
すげえ、三次元的な構図だ。サトウの絵心どうなってんの。俺とえらい違いだ。俺は猫を描いたら、メイドに「なんでこの猫、足が八本もあるんですか?」って言われた。俺がヒゲのつもりで描いたものが、メイドには足に見えたらしい。俺の絵心はそういうレベルだ。
「ふむふむ……。森に生物がいるからダメ、と」
「ンム」
『ンモ』じゃねえのかよ。『ンム』ってお前、それ普通の返答になってね? ……今普通に喋ったよねっ!?
「そうかぁ。まあ、しょうがないかぁ」
渋った表情を見せるとサトウが「マジかよこいつ」みたいな目で見てきた。
そんなヤバイもの見るような目で見ないでよ。
「いや、俺も分かってるんだって。――うん、さっきのは俺が間違ってた。困ったら焼き払うとか、ダメだな」
そういうわけで、自重する。
すると、俺の頭の上でキュピキュピ言いながら飛び跳ねていたタマが、不意に俺の肩にまで降りてきた。
「どうした?」
訊ねると、タマがプルプル微動し始める。
そして、
「キュ――ゲボァ」
「うおっ」
おま、ちょっと、今の擬音はいかんよ君! キュピキュピ高い声で騒いでた可愛いお前はどこへいったんだい!
タマが金色に染まった何かを吐き出した。
ふとそれの形を見て思い出す。
これ三日前にタマが呑み込んだ野草だ。
金色にコーティングされて戻ってきやがった。ゲボァ、という吐瀉音と共に。
「また不思議生物か、お前」
サトウもサトウで砂糖だが、タマもタマで金箔的だ。
金箔というよりはホント、金でコーティングしました、みたいな輝きなんだけど。
これはもしかして天の導きか。天界の天使を何人かぶっ飛ばしたことあるから、俺が言うとちょっとアレだな。
まあいい。
つまりこれ、
「食えということか……」
「キュピ!」
タマが「あたぼうよ」って言ってる気がした。今回は俺の謎の察しの良さを褒めて欲しい。
サトウの時はまだサラサラな砂みたいな感じだったからいいんだけどさ、ゲボァ言ってゲロみたいに吐き出されたこれを口に含むのは勇気いるよね。現場を見ていなければいけた。でも見ちゃった。ゲボァしっかり聞いてた。
しかしタマは早くしろと言わんばかりに肩でピョンピョン跳ねている。
仕方ない、覚悟を決めよう。
「ふう……」
そして俺は金色コーティングの植物を口に含んだ。
……。
…………。
あ、うまい。
まったり系。それでいて味がするりと口の中全体に走った。
口に入れた瞬間から、じゅわり、と金のコーティングが溶け出したようで、一気に旨みが広がる。肉に合いそうな、やや塩見の利いた旨みだ。それでいて、口の中にベタつかない。一気に広がって、するすると喉に落ちていく。
加えて不思議なのが、熱量があるのだ。
胃に落ちたあとにじわりと温かさが広がった。どういう原理だろうか。
肝心の野草の方は、とにかく柔らかい。茎をかみつぶすと、そこからも先ほどのうまみが溢れ出た。ずっと噛んでられるかもしれない、これ。
「これは白米と一緒に食べたいな!」
思わず白米とかパンとかが欲しくなる味だ。
じわじわと胃から身体が温かくなってきて、ついに身体の末端まで熱量が伝わった。心地よい熱量だ。心なしか身体が軽くなった気さえする。
この旨み。肉と合わせたらどうなるのだろうか。黄金の肉。ネーミング的にもまあまあいけそうだ。
「よし、干し肉あったな。あれもタマの中で熟成させてみよう」
俺は思いついて、すぐに干し肉を取り出してタマに食わせた。
タマは「キュピキュピ」いいながらそれを丸呑みし、少しばかり身体を大きくさせて、また俺の頭の登って行く。どうやら熟成中はあまり動けないらしい。
「よーし、大体三日と仮定して……ならあと三日のうちに適当な旅人掴まえるか」
「ンモ」
銀卓の酒場を開くべく、俺は真面目に森の出口を探した。
◆◆◆
「やっと森抜けたあああ!」
「ンモオオオ!」
俺は空に向かって両の拳を掲げて、大きなガッツポーズをした。サトウも隣で同じポーズを取っている。
いやあ、やっとだよ、やっと。ここどこだろうな。
グランドニアの西の方には水中都市サラースとかいう街があるらしいのだが、森を抜けた眼前には短草平原しか広がっていない。だだっ広い平原だ。人っ子一人見当たらん。
そろそろタマがゲボァするころだが、早めに誰かを捕まえねば。
黄金の肉で胃袋キャッチして、ぜひ我が銀卓の酒場の噂を広めてもらおう。
そうして平原を歩いて行って、ふと俺は頭上を飛んでいく物体に気が付いた。
鳥。――否、鳥人だ。
鳥にしては大きく、かつ四肢が見える。人型だ。――鳥人族。
三人。縦に隊列を為して飛翔している。
あれだ、あれしかあるまい。
俺は直感し、右手の指に火の魔法を灯した。
ぼふ、と赤い炎が指先に灯り、俺はそれを天に向けて突き刺す。
「いけ! 火の矢よ!」
指先に灯った火弾が空に弾き飛び、一気に燃え上がった。体積を莫大にさせながら火は矢の形を象る。煌々と天に走る巨大な火の矢。
火の矢は天を貫かんばかりの勢いで飛び、空を飛んでいた鳥人連隊の前衛の顔面すれすれを過ぎ去って行った。
『ふおおおおおおッ!! 敵かっ!?』
『えっ!? こんなところにっ!?』
『だって今魔法っぽいのが……』
鳥人の隊列が唐突な火の矢のかすりに当てられて崩れる。鳥人たちはきょろきょろとあたりを見回して、ついに眼下に俺の姿を見つけたようだった。
「なんでこんなところに人が……」
「なんかゴーレム連れてるんだけど……」
「ていうかなんで背中に馬鹿でかい銀卓を……」
「おーい!」
俺は彼らに手を振った。向こうは空から訝しげな目を向けてきている。
「やばいって、兄さん。さっきの魔法も尋常じゃなかったし。もしかしたら森に住む悪魔が出てきてしまったのかも……」
「それだと余計無視するわけにはいくまいよ。背を見せたら殺される」
「だから近道するのやめようって……」
なかなか降りてこないから、また指先に魔法の火を灯した。
「やばいよ兄さん!!」
「お、下りるぞ!」
下りてきてくれた。平和的に済んで良かったよ。誰も怪我しないで済んだな。
「ンモ……」
サトウが両手で四角い頭を抱えていたけど、無視することにした。
◆◆◆
「あの、何が目的なのでしょうか……」
俺は銀卓を平原の一番高いところに設置して、前に特製サトウ酒の御代にもらった金の食器に、また酒を入れて鳥人三人の前に差し出した。
鳥人は銀卓の向こう側に並んで立っていて、俺の方を振るえた瞳で見ている。まるで怖がっているようだ。
「まあ飲んでよ。超うまいよ」
金の食器に入れられたサトウ酒を薦める。
「これ毒入ってたり……」
「わざわざ毒で殺さないでしょ。さっきの魔法があるんだから……」
「そ、それもそうだな……」
鳥人たちはコソコソ話し合いをして、結局サトウ酒を飲むことにしたらしい。
そうしてまず兄と呼称されていた一際巨大な翼を持つ鳥人が、嘴をあけてサトウ酒を流し込んだ。
すると、
「っ……! なっ! う、うまっ……!」
バサリ、と、彼が大きく翼を羽ばたかせた。鳥の目を見開き、嘴をカタカタと震わせている。
「甘い、しかし酒の酸味も消えていない。なんだこの絶妙なハーモニーは。身体に染み行く、味覚が多幸感に支配されたようだ……!」
なかなか妙な例えをするな。鳥人は少しも感覚が違うのだろうか。しかしうまいことは間違いないらしい。
「ちょっと! 兄さん僕にも!」
すると少し小さめの翼を生やしたもう一人の鳥人が金の食器を奪い取る。
そして同じようにサトウ酒を飲み、
「っ……!」
絶句していた。
三人目も同様の反応だった。
「ね? うまいでしょ?」
「ああ、間違いなくうまい。今まで飲んだこともないような酒だ。これは病み付きになる。ある意味精神に良くないな」
「まあまあ、そんなに多く酒があるわけじゃないから、一人一杯ずつってことで。今料理を出すから待っててね」
俺は頭の上のタマに触れながら言った。
タマの様子は――そろそろか。
身体がプルプル震えている。
たぶんそろそろゲボァ来る。
聞かせないように一旦この場を離れよう。
俺はサトウに店主を任せて、一旦十歩ほど彼らから離れた。
そしてタマを懐に抱え込み、
「よし、いいぞ、タマ。ゲボァしていいぞ」
「キュピ――ゲボァ」
安定の擬音だな。
タマの中から出てきたのは金色コーティングの丸い肉。
厚く、なかなかの重量感だ。干し肉を入れたのに、どうやらタマの中でこの黄金の液体を吸い、大きくなったらしい。
俺はその肉を片手に持っていた皿に乗せて、銀卓に戻る。
「それは?」
「肉さ。黄金の肉」
「ほう、聞いたことがないな。何の肉だ?」
これ何の肉だっけ。確か鳥系の――
俺はふと彼らの顔を見る。鳥だ。鷹、鷲、隼、そんな感じの鳥だ。
――これ共食いかな……
俺はあえて何の肉か思い出すのをやめた。
「それは秘密。大丈夫、鳥の肉ではないから」
「ふむ」
嘘じゃないよ。何の肉か分からないから、嘘じゃないよ。
俺は気を取り直して、黄金の肉を左手で摘まんだ。
そして右手に魔法の火を灯し、慎重に火力を調整して――
「おお、目の前で炙るのか! これはまた臨場感が!」
じわりじわりと黄金肉を炙っていく。
すると黄金肉から、「じゅわ」という音と共にぽたりと雫が落ちた。
肉汁と、黄金の汁が混ざった液体。
その雫が下においておいた皿に落ち、弾ける。
瞬間、
「ぬっ!」
香ばしい匂いがその場に広がった。
鼻腔をくすぐる。鼻から入った香ばしい香りが、今度は胃袋を刺激する。肺に入ったはずであるのに、まるでそこから身体全身に香りが広がったかのような。
全身に回った香りが、その肉を食わせろと身体に命令する。
俺でさえも口の中に唾液が溢れてきて、思わず魔法の火の火力があがりそうになった。
「なんという凶器的な香りか……! そしてなんと美しい肉汁か……!」
ぽたり、ぽたり。
一粒二粒と、また黄金の雫が皿に落ちていく。
そのたびに胃が痙攣するかのようだ。
じゅじゅじゅ、と黄金肉の表面が軽く焼かれ、金のコーティングがぱりぱりと固まって微動する。
俺は逆の面にも同じように魔法の火を当て、そしてついに焼き上げる。
「できた」
「おお!」
鳥人たちから歓声があがった。
グランドニアで仕入れてきた銀のナイフを取り出して、皿の上においた表面ぱりぱりの黄金肉に刃を入れる。
またもその肉の中から、胃を握りつぶすかのような強烈な香ばしい香り。
あんぐりと口を開けたままの鳥人たちが、さらに広がった金色の肉汁を見つめている。
「た、食べていいのか?」
「どうぞどうぞ」
俺は三人にフォークを渡し、食べるよう促した。
三人はそれぞれに切り分けられた黄金肉をフォークで刺し、口元に持っていく。
嘴の中に肉が吸い込まれ――
「――!!」
三人の翼が同時に羽ばたかれた。
羽毛が逆立って、一際大きく空を打つ。
「口の中に――旨みと絶妙な塩みが!」
「溶けた! 口の中で溶けたよ兄さん!」
「口の中に残った肉汁がするりするりと喉を通って胃に――温かい! なんだ、この温かさは!」
鳥人たちは胸のあたりに自分の手をおいて、そこから伝わる温かさに意識を集中しているようだった。
「活力が漲る! 身体の隅々まで温かさが伝わっていく!」
鳥人たちは身体の中の熱量に打ち震えているかのようだった。
「うまかった?」
「うまい! もっとないのか!?」
「残念ながら、今日の分は今のでおしまい」
「なんと……! ――いつだ、いつここに来ればいい!」
「これ、移動式の酒場だから、次にいつどこにいるかは決まってないんだ。だから、この銀卓と、この白いゴーレムを目印にして探してよ」
「ああ、そうしよう。ぜひそうする。西での所用が済み次第、すぐに探そう!」
満足してもらえたようでなによりだ。苛烈な捕まえ方をしてしまったから、それを覆すくらいのうまさを感じさせられたのなら、大成功だろう。
「――そうだ、御代は……」
「硬貨じゃなくていいよ。グランドニア硬貨はあるけど、他の国と合わせるの面倒だし。何か持ってればそれで。別に高価なものじゃなくていいよ。君たちがここに来れたのは運が良かったからだからね。まあ、酒場的に実用的なものがあればぜひってところさ」
あと、
「よかったらこの銀卓の話を広めてよ。鳥人だし、行動範囲広いでしょ?」
「ああ、それはぜひとも。噂が広まれば情報も集めやすくなる。私たちが次に見つける時に役に立つだろう」
長兄らしい鳥人が力強く頷いた。
すると、その隣にいた次兄らしき鳥人が、ふと閃いたように腰に巻いていた小さなポーチから、
「あ、これ北の山脈坑道で見つけたんだけど――」
拳大の鉱石を取り出した。
その鉱石は不思議な光を放っていた。紺色に半透明で、中にピカピカと煌めく赤や黄色や白の光球が浮いている。まるで凝縮された夜空のようだ。
煌々としている光球は、それでいてなかなかの明度である。銀卓の上におけばちょっとした明かりにもなりそうだし、夜ならば雰囲気も出そうだ。
「〈星屑石〉っていうんだ。滅多に見られないんだけど、坑道の落盤の時にたまたま見つけて」
「すごく綺麗だな」
「コレクターに売れば一財産だね」
ほう。
「これを代価にしようよ、兄さん」
「そうだな。それがいいだろう」
「いいの?」
無理やり捕まえたし、話広めてくれるだけでもいいっちゃいいんだけど。
「ああ、それくらいうまかった、ということだ。もし引け目を感じるなら、次に来た時に少し贔屓してもらおうか。どうだね?」
「いいよ、ならその時にはこの星屑石を燈台にして洒落込むとしよう」
「今から楽しみだ」
そういう長兄鳥人から、俺は星屑石を受け取った。
手の中できらきらと光る石。目を奪われる煌めきだ。
「さて、ではそろそろ行くとしよう。所用の時間が差し迫っているのでな」
長兄鳥人が懐から懐中時計を取り出して、中を覗き見たあとに言った。
「では、またな、主人。良い酒と肉をありがとう。これでこの先も乗り越えられそうだ」
そういって彼らは飛び去った。
あっけない別れだが、用事をこなしたらまた探してくれるとも言っていた。
きっとすぐに会えるだろう。
俺は頭の上に乗っているタマを手の上に乗せて、タマに話しかけた。
「ありがとうな、タマ。おかげで繁盛しそうだよ」
「キュピ!」
そういえばタマ、何気なく俺についてきたけど、このままでいいのだろうか。
「キュピピ!」
タマがぴょんぴょんと俺の手の中で嬉しそうに跳ねた。
どうやらこいつも俺の内心を読むタイプらしい。
「んじゃ、行くか。次の不思議食材か、不思議生物を求めて」
ちょっと目的が自然にぶれたけど、まあいいとしよう。サトウとタマという便利料理生物がこう二連続で来ると、次もあるんじゃないかと少し期待してしまう。
「ンモ!」
「キュピ!」
俺の声にサトウとタマが返事を返した。
◆◆◆
あれから数日。
俺は水中都市サラースに続く街道を歩いていた。
サトウの肩に乗って、頭にタマを乗せてのゆるりとした旅路だ。
途中、俺はこの辺を商売地区にする新聞屋とすれ違って、サトウの肩に乗ったままで暇だからと、その新聞を買った。
周辺情報をざっくりと乗せた新聞だったが、魔法念写による『動く写真』が売りらしく、広げた新聞の上でいくつもの絵が動いていた。五秒ほどでループする写真だが、なかなか迫力がある。
そんな絵の中に、ふと俺は見慣れた姿を見つけた。
そこには三人の鳥人が映っていた。
俺の酒場にきたあの時の鳥人たちだ。
右手に剣を持って、高々と天に掲げるまでが映されている。
その隣に描かれている文字に目を通すと、
『暴国の侵略を打ち砕く、三人の勇者』
と、なんとも派手な見出しが打ち出されていた。
さらに詳細に目を通す。
『暴国ベラドアからの無断侵略から水中都市サラースを救った三人の鳥人傭兵。彼らは独立傭兵として、今回は義心による無償参戦をしたが、それでいて獅子奮迅の活躍をした。他の有償傭兵たちの面目を潰すほどの活躍だ』
あいつら傭兵だったのかよ。途中で止めちゃったのは悪いことしちゃったかな。
『結果的に彼らが遅れてやってきたことが功を奏した。水中都市勢力の劣勢に、暴国ベラドアが前掛かりになったところへ、彼らがやってきた。前掛かりになっていた暴国は裏に意識がいかなかったのだろう。彼ら三人を簡単に背後に回り込ませてしまった。つまり、彼らが早くに来てしまっていたら、暴国の警戒に引っかかって不意をつけなかった可能性がある』
結果オーライ。
『そうして暴国勢力を一気に攪乱した彼らのおかげで、水中都市勢力は攻めに転じることができた。そのまま押し切り、暴国は撤退。水中都市サラースは救われた』
俺が今から行こうとしてる都市が実はそんなことに……。
『彼らは英雄と讃えられ、皆に言葉を求められた。我が新聞社も突撃し、少しだけ言葉を貰うことができた。曰く――』
「黄金の肉が勝利の原動力だ」
――すげえこと言ってんな、こいつ。
『意味がよく分からないが、彼らが自信満々にそういうので、少し調査してみよう。どこかの王侯宮殿の食べ物だろうか』
でもちょっと嬉しい。
「やったな、タマ。お前のおかげだってさ」
「キュピ!」
タマが俺の頭のうえでピョンピョン跳ねた。
「遅れたことも結果的にうまい方に転んでくれたらしいし、ホント無事で良かったわ……。これでサラースが滅ぼされてたら俺泣いてたかもしれない」
正直に言う。ちょっとビビった。次からはもっと冷静に客を集めることにする。
「フウ。ンモ」
サトウ、お前今普通にため息つかなかった? お前実は喋れたりしない? ねえ? 怒んないから言ってみ?
「ンモモ」
『んなわけねえだろ』とサトウが肩を竦めた。俺もそろそろサトウ語検定とれそうだな。
「じゃ、彼らが救ってくれた水中都市に行くとしますか。なんかうまい魚とかいたらいいなー」
そもそも本当に水中に都市なんかあるのだろうか。
あったとしてどうやって入るんだ……。
まあ、いいか。
行ってからのお楽しみということで。
水中で銀卓の酒場を開けたら、それはそれで楽しそうだ。星屑石もあるし、水との調和でさぞ美しい空間を作れるであろう。
「おっし、サトウ、ダッシュだ! サラースに急ぐぞ! タマもちゃんと掴まってろよ! ――手とかないけど!」
「ンモッ!」
「キュピ! ――ゲボァ」
あっ、三日前に食べさせといた残りの干し肉吐きやがった!