誘拐
ショートショートなので気楽に読めます。
(あ、開いた…)
ロープでグルグル巻きに縛られて車の後部座席に乗せられていた私は、なんとか足でドアを開けることに成功した。
少しドアを蹴飛ばして隙間を空けると
「誰かたすけて」
と叫んだ。
10分くらいそうしていただろうか。すると、20代くらいの男の人が私の声に気が付いて様子を見に来た。
グルグルに縛られた私を見るとすぐに状況を察したらしく、私を抱っこして駆け出した。
「もう大丈夫だからね。今警察に連れて行ってあげるからね。」
というと、私のロープを解いて自分の乗ってきたであろう車に乗せ、発進させた。
私は、なんか脱水症状を起こしかけているみたいで、ぐったりシートにもたれ掛かった。
皮製のシート。外から見た感じ、私でも高そうな車だとわかった。
ミラー越しに見える彼の顔は結構カッコ良くて、明らかに人がよさそうな人相をしていた。
朦朧とする意識。もう少しよく見ると、20をすこし越えたくらい、まだそんなに大人じゃない。
「ゆ、誘拐されたの?」
努めて冷静に振舞おうとしているが、非日常的事態に相当焦っているんだろう。声が震えている。
「うん」
「そっか…あ、そ、そうだ!君の名前は?住所は?何歳?」
私は自分の名前と住所を言った。今の状態では聞かれた事に答えるので精一杯。
「そうか、10歳か…」
私とのやり取りで、大分落ち着きを取り戻してきた。でも私が答えたあとに、彼はふと何かを考え始めた。
「あれ?でも最近そんな事件起きてないような…」
ちゃんと新聞とかニュースとか読んでるんだなぁ。それでなかなか頭の回転も速いみたい。
「どのくらい、その…誘拐されてたの?」
私に気を使ってか、少し聞きにくそうに尋ねてきた。
「ずっと」
「ずっとっていうと…一ヶ月くらいかな?」
「5年」
私の返答に彼は、当たり前だけど、仰天した。
「5年だって!?それじゃあ君は、5歳の頃からずっと…」
信じられない、というようにそう言うと押し黙ってしまった。
窓の外には大きなビルや、看板や、行き交うとにかくたくさんの車。彼は都心に住んでいるんだな。
この人、大学生なのかな?それとも会社で働いたりしてるのかな?私のパパみたいに。
「…それにしても、こんな可愛い子を10年も放っておくなんて。今の日本はどうかしてるよ…」
黙っていた彼が、後部座席の私に語りかけるようにそう言った。
私を安心させようとしているのが、なんとなくわかる。
(…ほんとに)
私はもう本当に疲れきっていて、声にならない言葉とため息を付く。と、車が止まった。
「あ、ここは僕の家。なんか、酷く具合が悪そうだったから…」
一戸建てで、素敵なデザインの家。外から見ても結構広そうで、何より三階建てってのが気に入った。
「とりあえず、僕が警察に電話するから、警察が来るまで休んでて…」
衰弱してて歩けない私を抱っこして家の中まで運ぶ。内装も、なかなか素敵。
天上にクルクル回る扇風機みたいのが付いてたり、部屋の中にらせん階段があったり。
彼はリビングのソファに私をそっと降ろすと、ぱっと手を離して、2、3歩後ずさる。
虚ろな目でソレを見ているだけの私を確認すると、急に玄関まで走っていって扉に鍵をかけ、
それから戻ってきてリビングのドアにも鍵をかけた。
「ようこそ。さぁ今日からココがキミのお城だよ…」
そう言って、笑った。宝物を手に入れた子供のような笑みがなんだか気味が悪かった。
(…85点)
後もう少しで100点だったのに、残念。まぁ、いいや。今まで100点をとった人なんて居なかったし。
それにこの人なら前の25点の人よりも確実に私を大事に扱ってくれそうだから。
前回の『誘拐犯』はこの5年間で3本の指に入るくらいズサンな生活をしてたもの。
それにしても、本当のパパとママはいつになったら私を『誘拐』してくれるんだろう。
パパとママになら100点あげてもいいのにな。
動けない私の髪を優しく撫でる彼を見つめながら
(とりあえず、コーンスープがのみたいな…)
と、思った。
ずっと昔、ママが作ってくれたみたいな・・・。
安楽生は文章を書くのが好きですが、文才というものは生まれる時に母のお腹の中に落としてきた様です。
皆さんも生まれる時は忘れ物のないようにご注意ください。