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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第一章 王立陸軍士官学校
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第八話 射撃演習(下)

 大砲から的までの距離は失速するほどの長い距離では無かったし、砲弾の発射速度も失速するほど遅くはないはずだ。ラウラは混乱した。

 自分の才覚と実力に疑問を浮かべるような殊勝な性格をしていないラウラは、まず真っ先に失敗の原因が火薬ではないかと疑った。

 だが士官学校に納入される物資は軍と同等の検査を経て納入される。確かにこの頃のフランシアは腐敗した官僚が御用商人と結託し、質の悪い軍需物資を納入することで双方私腹を肥やすといった事態が軍内部でも多発している時期ではあったが、士官学校には多くのうるさ型で目利きに優れた教官がいるのである。その全ての目を誤魔化すことは不可能であろうと思い直した。

 保管に失敗して湿気でも余分に吸い込んだか、あるいはヴィクトールらが小細工を(ろう)して、交代する時に不純物を火薬の中に仕込んだかと手にとって念入りに調べるが、火薬には不審な点はどこにも見当たらなかった。

「ラウラさん、このままでは時間が・・・」

 気の弱そうな雰囲気のラウラのクラスメイトが恐る恐る注意を促したことでラウラは我に返った。

 そうである。今回の勝負には時間制限が付いているのだ。原因の究明についてゆっくりと調べている暇などありはしないのだ。

「火薬のせいね、きっと」

 自身の技術不足だと認めるなど自信家の彼女にとってはもっての他、かといって手伝ってくれている級友たちにその責任を押し付けるなどは上に立つ者としてあるまじき振る舞いである。

 ラウラは射撃の失敗をとりあえず火薬のせいにすることにして、原因を探り対策を考えるためにも、もう一度試射を行うことにする。

 風向きを頭に入れて再度計算し、大砲の向き、傾斜角を決めて何度も確認しながら設置を行う。

 今度は火薬袋を入れるのも慎重かつ確実に大砲の底の中心に置き、槊杖(さくじょう)で突いて平坦に(なら)す。もちろん、その程度で大砲の玉が斜めに飛んでいくことなどありえ無いので単なる気休め、あくまでも気持ちの問題である。

 最後に地面に傾斜がないか、あるいは砲架が設置されている地盤のどこかが緩んでいないか念入りに足下も確認するが異常は見当たらない。

 今度はラウラ自らが火門に火を入れ点火する。

両耳を手で塞いでも防ぎきれないような鼓膜をつんざく轟音と共に大砲から 砲弾が放たれ、砲架はラウラの眼前で三メートルも後退する。真っ直ぐに後退することで、反動は正しく砲架から砲弾へと伝わったことを表していた。

 距離良し、角度良し。標的目掛けて飛んでいく砲弾を見てラウラは必中を確信した。

 だが砲弾はまたしても失速したかのように途中で右下に円を描くように急速落下し目標を大きく外れて前に着弾する。

「なんで!? なんでなのよ!!?」

 ラウラは再び頭を抱えて叫び声を上げ、呆然と立ち尽くした。

 だがこのままでは更に一射無駄撃ちしたことで消費してしまった貴重な時間をただ為すがままに減らしていくばかりである。

 砲兵科であるからか、それともラウラの指揮が水際立っていたのであろうか、ヴィクトールたちに比べると発射準備にかかる時間はラウラたちのほうが断然少なくすんでいる。ということは持ち時間が同じであるから単純に考えればラウラたちは圧倒的に有利な状態ではあるが、こう呆然と射撃以外に時間を費やしていてはせっかく得たその優位さを自らみすみす放棄するようなものである。ラウラはそのことに思い当たり、再び気を落ち着けると、今度は槊杖で念入りに大砲の内壁を掃除して少しでも不安要素を少なくしてから、さらにもう一度射撃する。

 だがその細かな配慮の甲斐も無く、砲弾は三度ラウラが思い描いた曲線よりも遥かにきつい角度で曲がりながら地面に着弾した。

「この大砲、不良品じゃなくって!?」

 ラウラはヒステリーを起こし金切り声を上げるとまだ(くすぶ)っている大砲に近づいて中を覗き込んだ。

 本当であるならば腹立ち紛れに大砲を蹴り飛ばしてやりたいところではあるが、火薬の燃焼熱と砲弾の摩擦熱とで砲身は焼けるように熱いのだ。嫁入り前の大切な体である、火傷でもしたら大変とばかりに触れないように慎重に気を払った。

 だがやはりぱっと見では異常は見当たらない。もっとも目に分かるような異常があったら、大砲としては使い物にならないので当然である。

 想定外の事態に砲身内をじっと凝視したまま腕を組んで考え込むラウラに級友が覚えたての知識を披露する。

「熱で砲身が歪んでいるのでは?」

 大砲の砲身温度も射撃結果に大きな影響を与える。砲弾を発射するたびに大量の熱エネルギーを得た砲身は熱膨張したり伸びたりして歪みを生じるのだ。

 その可能性があったことに言われて始めてラウラは気が付いた。

 思えばラウラが実家で大砲の射撃を行う時は伯爵家の令嬢ということもあるので周囲も気を使って癖の無い良い大砲を用意したし、砲身も十分冷却されるように発射間隔を十分とって行われた。士官学校での実践も僅か二回ばかりのことであるし、一年生が扱うということもあって癖のいい大砲ばかりが用意され、弾道に極端な影響がでるような長時間の射撃をさせなかった。そういった事態を考える必要が今まで無かったのである。

 自信の才覚を頼みに思うがあまりに頭の中で思い浮かべていたこと以外の想定外の事態が起きた時に、いったいどうやってその苦境を乗り越えていけばいいか考えることが出来なかったのだ。なまじ経験がある分だけ、その経験の中で得たことのみで全て対処できると思考が硬直化してしまっていたのである。

 だがラウラは元々頭の切れる女である。切り口さえ貰えば現状の分析、その対応策を考えることはそう難しいことではなかった。

 とはいえ大砲で撃たれた玉はヴィクトールとラウラとで合計わずか八発。ここまで弾道が反れるというのはおかしな話である。

 となると答えは・・・唯一つ。そう砲身に元々何らかの変形があり、砲弾に直進する以外のベクトルがかかってスピンをしているのではないか、とラウラの思考は正解へとようやく辿りついた。

「なる。それを狙ったということね。癖のいい大砲を使って命中精度を上げて点を多く稼ぐことよりも、劣化で癖のある取り扱いの難しい大砲を使うことで、初見の私たちを混乱させ、手間取らせて点を取らせないという手段を取ったというわけね」

 それは見事に成功したというわけだ。見事に罠に()められた、と思った。

 正々堂々がモットーの決闘において実に姑息で卑怯な手段である。

 だがそんなことについて思いをめぐらしている時間は無い。ラウラは既に持ち時間の半分以上を無駄に費やしてしまったことに焦りを感じていた。

 急いで指示を出して、次の射撃の準備を整えようとした。

 だが焦りを感じていたのはラウラを手伝ってくれている級友たちも同じであったらしく、焦りが邪魔していつもの正確な作業がなかなか行えずに無駄に時間を浪費する。

 そんな中、ラウラは右に逸れながら落ちることを計算に入れて対策を考える。仰角を取り、火薬の量を増やし、大砲を標的の僅かに左に向けることで大砲の影響を相殺しようと考えたのだ。

 だがラウラたちが大砲の精確な癖を掴んでない上に、仰角を取ったことで風の影響を多く受け砲弾は思ったよりも流されてしまい、今度は逆に左遠方へ大きく的を逸れて着弾した。

「今日は風が強く風向きがころころ変わります。上空に上げるのは賭けをするのに等しい行為ですよ」

 風の影響で全ての工夫が無駄になるのではと悲痛な面持ちで先程の気の弱そうなラウラの級友は告げた。

「そういえば・・・ヴィクトールたちは仰角を上げずに火薬の量を増やして初速を早くすることで距離を稼いでいた・・・」

 今更になってヴィクトールたちが何故あんな不恰好な射撃を行ったのかラウラは得心が行った。気紛れな風の影響を嫌ったのだ。

 初心者ゆえの自由奔放な型に合わぬ行動と侮って思考を停止させるのではなく、もっとしっかり相手の行動を分析すべきだったとラウラは今になって悔やんだ。

「ヴィクトールのように仰角を取らずに火薬の量を増やして対処いたします。慎重に急いでね」

 そう付け加えて言ったのは終了時間が迫ってきつつあったためだ。大砲を設置し、装填して発射するだけで単純計算で五分が過ぎ去るのだ、無理も無い。

 だがラウラたちの次の射撃も標的に命中することはなかった。

 火薬の分量を多くしたため想定を超える飛距離になっただけでなく、初速が早くなると同時により一層スピンがかかった砲弾は、思った以上に右に逸れることになったためだ。

 それでも今までに比べれば随分とましである。ある程度は狙い通りに飛ばせたのだから。何よりコツを掴んだという実感があった。

 あと一回修正すれば、いや次こそは必ず当てて見せるとラウラは心に誓う。

 だがそんなラウラの意気込みもむなしく、無情にもそこで時間切れを知らせる教官の笛が演習場に鳴り響いた。

 ラウラは敗北の色で顔を暗くし、ため息と共に天を見上げるしかなかった。


「勝負あったようですね」

 背後から近づきつつある複数の足音を聞きつけラウラはくるりと振り返ると、そこにいたアルマンとヴィクトールをきつい目で(にら)む。

「弾道が歪むような癖のある大砲をわざわざ選んで使ったのね。正々堂々の決闘に相応しくない卑怯な振る舞いだわ。紳士のすることじゃないわね」

 だがラウラの口振りからは言葉ほどの悔しさや侮蔑感といったものは感じられなかった。

 それもそのはず。ラウラにはしてやられた、だしぬかれたという思いはあったが、だが不思議と悪い気はしていなかったのだ。

 ラウラだって大砲射撃を習得していたことを隠していたのだ。どっちもどっちだという思いもあったし、そもそも勝負には駆け引きは付き物なのである。

 勝者の笑みを湛えるヴィクトールはそんなラウラの内心を見透かしたかのようだった。

「ラウラ様は実はご実家で既に大砲に関する豊富な経験をお持ちだったとか。正々堂々が聞いて呆れますよ」

「え!? 知ってたの!?」

 その時のラウラのうろたえぶりはひっそりと隠し通していた失敗をとうとう親に見つかった子供のようであった。

「微かに耳に入っておりました。とはいえその驚きぶりだと、腕前には相当にご自信があられたご様子・・・それなのに大砲など士官学校に入るまで見たこともなかった我々相手にその大砲を決闘の手段として選ばれるなんて、実にナヴァール辺境伯家という名家に相応しい正々堂々さですね」

 その皮肉には流石のラウラも口を(つぐ)むしかない。

「うぐぐ」

 ラウラが真っ赤になって下唇を噛み締めて悔しがる様を見てヴィクトールもアルマンも笑いを堪えるのに大層な苦労が必要だった。

「うっふっふっふ」

 突然、ヴィクトールの背後で不気味な笑い声が響いた。

「約束どおり、今日からヴィっくんとアーちんとエミリの従者になってもらうんだからねッ!!」

 そして勝ち誇った顔をしたエミリエンヌがラウラに指を突きつけて高らかに勝利を宣言した。

 しかし考えればおかしなものである。確かその条件はラウラとヴィクトールとアルマンの間で交わされたものでエミリエンヌには一切かかわりが無かったはずであるのに、勝利した今、何故かエミリエンヌが勝利者としての権利を要求しているのだから。

「くっ・・・分かってるわ。私も由緒あるナヴァール辺境伯の女、二言は無いわ」

 単なる売り言葉に買い言葉の口約束。大貴族の令嬢と貧乏貴族と平民の約束。

 どこからどうみてもその必要などないのであるが、それでも約束を守ろうとするのは流石は名高い大貴族のご令嬢といったところであろう。

 その言葉を受けてエミリエンヌはますます図に乗る。

「本当にどんなことでも言うことを聞くんだよ? ど・ん・な・こ・と・でも♪」

「ま、まさかこの私の体が狙いってわけ!? ・・・な、なんていやらしい男たちなの!! この恥知らずッ!!!」

 ラウアは両手でその年齢相応に膨らんだ胸を覆い隠すと、何故かそれまで話していたエミリエンヌ相手にではなくヴィクトールとアルマンに向けて軽蔑したまなざしを向けた。

「・・・別に俺たちから条件を突きつけたわけでもないし、別にラウラ様に何かしようなんて思っていないですよ」

 フランシア屈指の大貴族の令嬢に何かしようものならば、色々と後が面倒である。とてものこと一週間の校舎掃除をするだけで済まされるとは思われなかった。

 とにかくこの面倒から一刻も早く開放されることだけを願っているといってもいいヴィクトールにとってはそんな権利など行使する気は一切起こらなかった。

「ええ、そうですとも」

 アルマンも同じ思いだったようで大きく頷いて相槌を打つ。

 だがエミリエンヌ一人だけはラウラに罰ゲームをさせる気満々のようであった。

「甘い! もっと過酷で屈辱的な仕置きが待っているんだからね!!」

「え!? な、何!? せ、せめて、じ、人道的に許される範囲にしてよ!?」

「さぁ、どうかな~」

 泣きそうな顔になるラウラ、頼むから騒ぎをこれ以上大きくしないでくれよと願うヴィクトール。困惑する周囲を余所にエミリエンヌだけが勝ち誇ったような笑い声を上げた。


 翌日の昼休みである。食堂には既に大勢の生徒が食事の為に集まってきていた。

 エミリエンヌはヴィクトールらと共に席を確保すると、椅子に座り、お行儀よく首にナプキンをつける。

 そしてメイドよろしくヴィクトールらの食事を厨房から一人で運んできたラウラに勝ち誇った笑みを浮かべながらちらちらと視線を送って、次の行動を促した。

「ん!!」

「これを・・・これをこの私がしなければならないの!?」

 スプーンを持ったラウラの手がわなわなと震えた。

「うむ、よきにはからえ」

 エミリエンヌのその言葉はどうやらそれはラウラに向けて次の行動の許可を与えるもののようであった。

 言葉の使用方法的に大いに間違っているように思えるのだが、何故かエミリエンヌは自信満々な態度だった。

 ラウラはスプーンで音を立てないようにそっとスープを(すく)うとエミリエンヌの口元へと運んだ。

「はい、あ~ん」

 その言葉を聴いてエミリエンヌが大きく開いた口内にそっとスプーンを差し入れ、舌の上にスープを注ぐ。

「うむむ。よきかなよきかな♪」

 エミリエンヌが上機嫌なのは口中に広がったスープの味のせいだけではあるまい。

「くっ・・・この屈辱・・・!!」

「うふふふふ、文句ある? 負けたんだから勝者の命令は聞かないとダメだよぉ! 誇り高い大貴族様なんでしょう?」

「わ、分かってるわよ!!」

 苦い表情を浮かべつつもラウラはエミリエンヌが口を開けるたびに雛鳥の給餌する親鳥のように甲斐甲斐しく食べ物を放り込む。

「でも貴族ってこんななんだぁ・・・まるでエミリも大貴族のご令嬢になった気分だよっ♪」

 モグモグと口に入った料理を咀嚼しながら頬に手を当てて上機嫌なエミリエンヌに対してラウラは怪訝な表情を浮かべた。

「・・・貴女が貴族にどんなイメージをもっているのかは知らないけど、貴族だろうが王様だろうが、自分でフォークやスプーン持って食事するわよ」

「ええっ!? そうなの!? 貴族って何でも他人がしてくれるんじゃないの?」

 エミリエンヌは心の底からそう思っていたらしく、心底驚いた顔をラウラに向けた。

「当たり前だろう他人の手を借りて食事するなど時間がかかってしょうがない。非合理的だ。それにエミリエンヌがそうやって食べさせてもらっている姿は貴族っていうよりは、離乳食を食べさせてもらっている赤子にしか見えないぞ」

 エミリエンヌが幼く見えることもあいまって、ヴィクトールの目に映るのはまだ上手にスプーンすら使えない幼子が母親に食べさせてもらっている図にしか見えなかった。

 アルマンも同じ思いなのか、首を縦に大きく振って同意を示した。

 ラウラという大貴族の令嬢に自分の給仕をさせることで面当てすると同時に、立派な貴族の令嬢のように振舞うことで何かと子ども扱いするヴィクトールやアルマンを見返させ、一人前の女性として扱ってもらおうとばかりに思っていたエミリエンヌは自分の思い違いに気付いて茹蛸(ゆでだこ)のように真っ赤になった。

「じゃあ、いい!! エミリも自分で食べる!!」

 エミリエンヌはラウラの手からスプーンとフォークとナイフを奪うように取り上げると一人で黙々と食事を始める。

「あら? じゃあ私はお役御免ということかしら?」

「もう用なんか無いよ! あっち行って! これ以上、エミリたちの邪魔しないでよね!」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」

 ラウラはどうやらこれ以上、何かをさせられることは無さそうだと、ほっとした表情を浮かべ立ち上がった。

「でも私にこんな扱いをさせたお礼はいずれ必ずさせてもらうからねっ!!」

 最後にラウラは舌を大きく出してヴィクトールたちに見せつけると棄て台詞を吐いて教室を出て行った。

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