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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第一章 王立陸軍士官学校
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第六話 規格外品

「おいしい? ねぇおいしい?」

 自分が持ってきたパンと蒸かし芋、春野菜と干し肉の炒め物を口にするアルマンとヴィクトールにニコニコしながらエミリエンヌは訊ねた。

 アルマンとヴィクトールが夕食抜きで空腹であることを知ったエミリエンヌは知人に頼み込んで毎日、女子寮の食事当番をすることでこっそりパンなどを確保し、それをアルマンとヴィクトールに横流することで二人の飢え死を防いだのだ。食事当番など面倒なだけだったから、皆喜んで代わってくれた。

「おいしいよ」

 アルマンがそう言うとエミリエンヌはさらに相好を崩して口を広げて喜びを表した。

「えへへへへへへへ」

「でも、昨日で罰当番は終わったから、もうエミリは無理しなくてもいいよ」

 エミリエンヌにこれ以上負担をかけないようにと考えたヴィクトールは柔らかに今日以降の差し入れに対して断りを入れた。

 なによりも成長期とはいえ、食いすぎるのも問題である。

「え~っ・・・そんなぁ・・・」

 エミリエンヌは恩人であるアルマンとヴィクトールの世話をやけることが何よりも嬉しかったので、その申し出はむしろ望むところではなかった。だけどエミリエンヌの不幸な時間はそれほど長くは続かない。

「でも、ありがとう。おかげで一週間の間、無事に飢え死せずにすんだ」

 ヴィクトールがそう言って子供を褒める時のようにエミリエンヌの頭を優しく撫でる。それだけでエミリエンヌは幸せな気持ちで一杯になった。

「えへへ、えへへへへへへ!」

 大人の女性なら子ども扱いされた、と怒りそうなものであったがエミリエンヌはむしろ嬉しそうだった。もし彼女が人間でなく尻尾を持っていたならば大きく左右に振って床の埃を巻き上がらせていたのではないかと思わせるくらいに。

 少し幼い体形ではあるが、十分に美少女と呼べるエミリエンヌにこれほどまでに慕われているのに、まったく情欲を催さないのは、感情の表現が犬っぽいからなぁ・・・とサラサラなエミリエンヌの髪を撫でながらヴィクトールは生暖かい感情を抱いた。


 どんなにフレンドリーな人物であっても、教師と言うのは基本、生徒にとって煙たい存在であり、なるべくなら関わりたくない存在である。にもかかわらずヴィクトールがその日、教官室までわざわざ足を運んでいた。もちろん用があったからである。

「たかが一生徒同士のいさかいに国の大事な備品である大砲を使用するというのは如何なものでしょうか。火薬や砲弾だってただと言うわけでもありません。何よりもこれでは生徒の私闘を学校が認めたも同然、校内の治安や風紀を考えると許すべきではないと愚考いたします」

 ヴィクトールは澄ました顔を取り繕い、まるで自分には関係ないことのように、そしてあたかもそれこそが正しいことであるかのように強く主張したが、だが教官はあまり感心してくれなかったようで、むしろヴィクトールをぎろりと睨んだ。

「それを上級生と揉め事を起こした君が言うかね」

「それはもう済んだことではありませんか。蒸し返さないで下さい。それよりも問題は今回のことです。学園の秩序を重んじる教官がたが単なる一生徒の要望を受け入れるようなことは為さるべきではありません。即刻、中止を命じてください」

 決闘などと言う百害あって一利のないイベントを中止させようと、ヴィクトールは最後の手段として教師という権威を利用する事を思いついたのだった。

 だがヴィクトールの思い通りにはどうやら行きそうになかった。肝心の教官が乗り気でないのだ。

「学園の秩序と言うがな。それよりも重んじるべき国の秩序と言うものが存在する。ナヴァール辺境伯爵の名前まで持ち出されたら、しがない一貴族の私にはどうにもできんよ」

「長いものには巻かれろというわけですか・・・」

 生徒が教師に対する言葉ではない不遜な言葉である。教官は少し目付きを鋭くした。

「それが大人の分別と言うものだよ」

 そう言うと、ラウラの面子を立てるように負けろとでも言いたげにじろりと睨んで圧力をかけ、ヴィクトールを辟易とさせる。

「しかしどうして君はこう毎回、我が校に問題を持ち込むのかね。まったく、我が校始まって以来の問題児だよ」

「問題を起こしたのはラウラ嬢の方で、自分はあくまでも巻き込まれただけです」

 全て自分のせいにされては堪らないと、ヴィクトールは憮然とした顔をして抗議した。


 アイリスの三公女の一角、辺境伯爵令嬢のラウラと入学早々上級生を五十人倒した(ことになっている)凶悪一年生コンビの片割れヴィクトールとが決闘を行うことは、例の如くエミリエンヌのおしゃべりによって瞬く間に知れ渡り、今や全校生徒の注目の的であった。

 本来は歩兵科であるし、まだまだあらゆることが基礎教練中であるから、ヴィクトールらが大砲に触れることはもうしばらくはないはずであったのだが、少しは決闘としての形を整えないと士官学校の面子に関わるとでも考えたのであろうか、もしくは敵に塩を送るつもりでラウラ辺りが頼んだのかもしれないが、とにかくヴィクトールたちは授業の時間でもう一度、大砲を撃つ機会に恵まれることとなった。

 距離と射角の関係、火薬の分量など最低限の知識であったが、懇切丁寧に教官から手ほどきを受ける。

 幸い士官学校にある演習場はそれほど広大なものではなく、大砲を据え付ける場所も標的の場所も半ば固定のようなものだ。本来ならば覚えなければならない熟練を必要とする技術が少なくすむのはヴィクトールにとっても好都合なことであった。

 的に対する命中率は極めてお粗末なものであったが、すくなくとも大砲を発射するという形まで持っていけただけでも褒められるべきことであろう。

 それにアルマンは数学に長けていて、三角関数とやらを用いて的との距離から大砲が必要とする角度、火薬の量を求めることができると言ってくれたし、料理の得意なエミリエンヌは目分量でも火薬の分量をグラム単位で調整することができた。

 もしかしたら十分勝負になるかもしれないとヴィクトールは僅かな希望を抱いていた。


 一方のラウラといえば余裕綽々(しゃくしゃく)だった。

 ラウラも授業で大砲を触った回数はヴィクトールと変わらなかったが、実は彼女は実家で剣術をはじめとして射撃術、砲術を習い、既に実戦で使えるレベルにまで習得していた。

 ヴィクトールはラウラが誇り高いがゆえに、代理人を使わずに自身の手で決闘を行おうと決めたとばかりに考えていたが、実はラウラは巧みな計算をもって自ら決闘を申し込んだのだ。

 辺境伯令嬢と言う高い地位、そして女である自分が相手であれば拳や剣や銃などで傷つける可能性がある勝負にはしり込みするだろうという計算があったのである。何故、銃で的を射ち合うという簡単な手段でなく、大砲で的を狙うという大仰な決闘方法に変えたかと言うと、答えは単純、世の中に銃器の扱いに長けた学生はいてもおかしくないが、自分以外で大砲の扱いに長けた学生などいるはずがないという理由からだった。よしんばいたとしてもそんな人物は大砲科に入って歩兵科などには回らないものなのである。

 つまり彼女はヴィクトールを巧みに誘導し、確実に勝利が得られる手段を取らせたということである。

 そこまでしたのは彼女にはどうしても勝利を得て、ヴィクトールとアルマンを足下にひれ伏せさせたい理由があったのだ。

 ラウラはアイリスの三公女の一角ではあったが、公爵家の出である他の二公女に比べると辺境伯令嬢である彼女は一枚も二枚も家の格が下であることは誰の目から見ても明らかだった。誇り高い少女であっただけに彼女はそれが残念でならなかった。

 ならば上級生を叩きのめしたと噂の恐れ知らずの男たちを従わせて話題になれば、彼女たちよりも学校内におけるステータスは上になるのではないか、この学校の女王として君臨できるのではないかと考えたのだ。子供っぽい考えではあるが、士官学校内もまだまだ子供の世界、一概に否定は出来ない。

「喧嘩馴れしているのだから剣や銃に対して適性は高いかもしれないけど、砲術はそうはいかないわ。知恵や体力や敏捷性などの持って産まれたものだけではどうしようもないもの。知識と経験がないとどうにもできないわ。そんなことも分からずに、こちらの思惑に乗って大砲勝負を受けてしまうなんて・・・腕っ節は確かでも、あまり知恵はまわらないのかしら」

 一瞬、少しばかり失望するも、そのほうが後々扱いやすくて手駒にするには都合がいいかとラウラは思い直し、機嫌を直した。


 そんなラウラの隠された実力を知る由も無かったヴィクトールだが、油断はしなかった。やるからには勝利の為に全力を尽くすのがモットーである。

 本来ならば暇な時間に大砲の試射など行いたいところではあるが、一介の生徒であるヴィクトールではどんなに頼んで教官の許可が降りることは無いだろう。教官たちにとってはラウラが勝ったほうが何かと都合が良いのであるし、火薬もただではないのである。

 そこで何か得られるところがあるのではないかと、砲兵科の上級生が射撃するところを見学する毎日であった。

 何故そんなことをするかというと、この時代のパンノニアの大砲は施条(ライフリング)もまだなく、ド・ヴァリエール・システムのような共通規格も導入されておらず、それどころか砲腔をドリルで削り出す技術もまだ無く、大砲個々によって砲身の長さや精度にばらつきがあり、癖があるという厄介な代物である。重量が重いこともあり、城塞や都市の城壁を撃破する使われ方をするのが主であった。

 そんなこともあり、大砲ひとつひとつ癖を見抜いておくのとおかないのとでは大きく差が出るだろうと思って見ていたのだ。

 大砲の下に設置する土嚢の数や左右のバランス、的に対する砲口の角度とその修正方法、素人でしかないヴィクトールにとっては全てが有益な情報だった。

 教官の介助があってようやく前に砲弾を飛ばすことが出来るヴィクトールらと違って砲兵科の二年、三年ともなると熟練の域である。彼らは実際は前線に出て、場合によっては大砲に触れたことも無い平民出の兵に指示して大砲を撃たなければならないのだから砲術の全てを知っていなければならないのであるから当然といえば当然だ。

 だが先に述べたように完全な規格品でない大砲の中にはとんでもないものが紛れ込んでいるものである。

 鋳造の時に失敗したのか、それとも撃っている間に砲身内に狂いが生じたのか分からないが、その大砲はとんでもないじゃじゃ馬らしく、砲術科の三年生でさえ悪戦苦闘してた。

 着弾した砲弾が的を大きく外したのを見て、その大砲の射撃手たちは思わず呻き声を上げる。

「目標から右に三メートルもずれてるぞ!? さっきより悪くなっている! 修正したんじゃなかったのか!?」

「修正したよ! だけどそのせいで向かい風を受けるようになって失速するからと、射角を上げたら砲弾がとんでもない方向に曲がっていったんだ!」

 なにしろデフォで砲身の中心線に比べて二、三度斜めに発射されるだけでなく、途中で砲腔内に僅かな膨らみがありでもするのだろうか、サイドとバック両側にスピンがかかっており、射角をつければつけるほど曲がって落ちていくというとんでもない癖を所持しているようだった。通常の大砲と同じ感覚で修正が加えられないのだ。

 大砲の下に積まれていた土嚢も右側の方が少し高いなど、様々な工夫がなされている様子は見受けられるのだが、それでも手に負えない問題児ということだ。

「射角を上げるんじゃなくて、火薬を増やして初速を早くすることで対応したらどうだ?」

「それなら風の影響も少ない。いけるかも」

「ダメだ! 初速を増せばスピンも増える! 条件が全て変わってしまう! 計算も一からやり直しになるぞ!!」

 上級生の一人、幾何学が得意な生徒なのであろう、が地面に図を描いて皆に説明を始めた。

「大変だな」

 ヴィクトールは戦場では後方に位置することが多く、楽な職業だと思っていた砲兵も案外苦労があるものだと苦笑して、他のグループの射撃を見ようとその場を離れようとした。

 と、ヴィクトールの足が突然止まる。

「待てよ・・・これは使えるんじゃないか・・・?」

 ヴィクトールは大砲の角度を修正しようと苦闘している先輩のところに近づいて、肩越しにその大砲をじっと見つめた。

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