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原田との確執

第九章 原田との確執


私と奥平氏は、1台のノートパソコンの前で作業工程表を作成していた。

私は実際の作業はだいたい1ヶ月で終わるので、その後の2週間は実機を使った動作確認を実施することを提案した。


「秋村さん、私には回路の詳しいことはわからないのですが、変更作業は1ヶ月で大丈夫ですか?」


奥平が心配そうに私に聞いた。


「奥平さん、そこは大丈夫ですよ。変更箇所は既に把握してますから。仕様も全て理解してますし、たぶん実際にはもっと早く終わりますよ。」


「そうですか。秋村さんにそうおっしゃっていただけると安心です。」


「私が心配しているのは実機を使った試験の方なんですよ。実際の装置に組み込んだ時に新たな問題が発生することが多々ありますからね。こればかりは現時点では何が起こるかは予想できませんけど…」


私は笑いながら言った。

しかし奥平には笑顔が無く、むしろ更に不安な表情を浮かべていた。


「秋村さん、もし実機での試験で問題が起きたら、解決するのにどれくらいかかるんですか?これ以上納期が延びるようなことになると…」


これこら先に起こるかもしれないトラブルなんてわかるわけもない。

普通、エンジニアはこんなことは聞かない。

奥平は社内では納期厳守について相当厳しく言われているのであろう。

それはそうだろう。既に2ヶ月の遅れがでている状況なのだから。

展示会に間に合わないなんてことになると、これはもう現場レベルの話ではなくなるだろうからな。ミマツ産業そのものの信用問題に関わる大問題になるだろう。

しかし、若いエンジニアにまでこんなことを言わせるほどプレッシャーをかけるのは如何なものかと思った。

私はそんな奥平を少し気の毒に思った。


「奥平さん、まあ今そこを心配しても仕方が無いですよ。今はトラブルが無いようにしっかり工程を作りましょう。作業の抜けが無いようにしておかないと、また後で酷い目に会いますから。」


そう言って私と奥平は、ひとつひとつの作業を丁寧に確認しながら作業工程表を作成した。


1時間くらい経ったころ、遠藤統括部長と吉沢部長たちが戻ってきた。


「お疲れ様です。工程はできましたか。」


「はい、出来てます。ご確認していただけますか」


奥平がすかさずノートパソコンを遠藤の方に向けて言った。


「いやいや、秋村さんと奥平君が作ったんだから大丈夫でしょう。それは後でここにいるメンバー全員にメールに添付して送って下さい。今日はこれで終わりにしましょう。で、秋村さんはいつからこちらで作業していただけるんですか。」


「はい。明後日からこちらにお邪魔して作業したいと思います。」


「わかりました。では秋村さんの作業する場所は準備しておきます。ご苦労おかけしますけどよろしくお願いします。」


そう言いながら遠藤は深々と頭を下げた。

私は恐縮してしまった。


「こちらこそよろしくお願いいたします。」


「秋村さん、大変ですけどよろしくお願いしますよ。」


吉沢部長も私に向かって言った。

クライアントの統括部長と自社の部長に頭を下げてお願いされるというのは悪い気はしない。私は少し得意になりつつも、丁寧にお辞儀で返した。

我々は遠藤統括部長と奥平氏に挨拶をしてミマツ産業の会議室を後にした。


営業の寺崎は購買部で別のミーティングがあるということで、別の建屋に向かって行った。

吉沢、原田、そして私はこれで帰ることになった。

駅へ向かうタクシーをミマツ産業の正門前で待つ間に吉沢部長が私に話しかけてきた。


「秋村さん、今日はご苦労様でしたね。やっぱり秋村さんに来ていただいたのは正解でしたよ。遠藤さんは技術者上がりの人で、いつも現場のエンジニアは何と言ってるんだと我々に怒鳴るような人なんですよ。今日は秋村さんが居たお陰で助かりましたよ。」


怒鳴る?あの遠藤さんが?

私には俄かには信じられなかった。

今日会った遠藤統括部長という人は穏和でクレバーで物分りの良い人という印象しか私には無い。


「いやあ、本当に今日の遠藤さんはいつもと違いましたね。」


原田が言った。私は心の中で、お前がいつも怒らせてるんじゃないのかと呟いていた。

やはりクライアントとの技術的な打ち合わせには現場の技術者が参加した方が良いのだ。

私はあらためて原田のこれまでのやり方に立腹していた。


「とにかく後は秋村が納期通りに仕事をしてくれればいいだけだな。頼むぞ。」


原田の言葉に高まっていたモチベーションが一気に下がってしまった。

それにもっと他の言い方があるだろう。

だいたいこの男は今日は何をしたと言うんだ。私は原田に対して憎悪さえ覚えていた。

そうこうしているうちにタクシーが来て我々は駅へ向かった。


15分程で駅に到着した。

私は今の心境で原田と同じ電車で帰るのは苦痛だと思っていた。


「すみません、私は駅で何か食べてから帰りますのでここで失礼します。」


私は吉沢部長に一礼をしながら言った。


「そうですか。お家で奥さんが夕食の準備をして待ってるんじゃないんですか?」


吉沢は少し意地悪な口調で言った。


「今日は外で食べて帰ると言って出てきたので…。」


「そうですか。それでは気をつけて帰ってください。今日は本当にご苦労様でした。」


原田がすかさず一言…。


「明日は会社でおまえらが作った工程表の確認をするからな。」


おまえなんかに確認してもらう必要は無いだろう。思わずそんなセリフが口からこぼれそうになったが、私はぐっとこらえた。

こんなところで原田と口論しても、みっともないだけだ。私は原田の発言はあえて無視して挨拶だけしてその場を離れた。



翌日、朝から原田が私のデスクまで来て言った。


「秋村、昨日約束したとおり、工程表の確認をやるぞ。準備はできているのか。」


なんの準備をしろというのだ。

昨夜、ミマツ産業の奥平氏から既にメールで工程表は届いているはずだ。


「工程表ならメールで届いていると思いますが。」


「おまえはメールで工程表の確認をやれると思ってるのか?」


「はい?」


「プリントアウトして会議の前に俺に渡すのが普通じゃないのか?」


返す言葉も思いつかない。

朝一番からこれかよ。

私はバカバカしいと思いながらも送付されてきた工程表をプリントアウトして原田に渡した。


「それで、どこでやるんだ?会議室は確保してあるんだろうな?」


昨日は直帰したのにそんなことをする時間がどこにあると思っているのだろうか。


「会議室はいま予約します。」


「昨日、工程表の確認をやると言っただろう。それなのに何故部屋も押さえてないんだ?確認作業なんて必要無いと思ってるんじゃないのか?」


そのとおりだよ。おまえごときと確認作業したところで時間の無駄なんだよ。

それより明日からの作業の準備をしたいのに…。

私は思い切って原田に言った。


「原田さん、確認というのは何を確認するのですか?」


「何を確認だと?確認もしていないものを俺は承認できないだろう。」


「確認ならパソコン上で見ていただければできると思うのですが…。わざわざ会議室を取ってやるというのはどうなのでしょう。」


「会議室でやれば、指摘したところを直ぐに修正できるだろう。効率を考えろよ。」


「この工程表は私が1人で作ったものではないんですよ?ミマツ産業の奥平さんと作ったものです。うちで勝手に直すのはまずいんじゃないんですか?」


「うちはお客様から信頼されて仕事を任されてるんだろ。そんな受け身な姿勢ではダメだろう。言われた事だけやっていば良いという奴なんか、遠藤さんも要らないんだよ!」


「そういうことではなくて、工程表の確認は各人がそれぞれチェックして、何か不備があったときにミーティングをやればいいんじゃないですかということなんですけど…」


「おまえのそういう仕事に対する消極的な態度が今回のような問題を引き起こすんだろ?もっと積極的に、自分から俺に確認を願い出るくらいにならないとダメだ。」


私は仕事に対してはいつも最善を尽くしているつもりである。消極的に取り組んだ仕事などこれまでに一度たりとも無い。


「原田さん、私は別に工程表を軽視している訳では無いんです。今回のこの状況において最善を尽くして仕事を終わらせたいと思ってます。そのためには明日からの作業の準備をしっかりとやってから出張したいんです。ですから今日はその時間をいただけませんか?」


「明日からの作業と言うが、工程表に沿って作業をするのに、その工程表に不備があったらまたトラブルになるだろう。それに明日の準備なら工程表の確認の後、十分にやる時間があるだろう?」


「ですから、工程表を軽視していないと先ほどから申し上げてますよね?最初に取り掛かる作業は、回路図の修正なのは明白です。修正箇所も明らかになっています。ということはチェックすべきところは動作確認のための試験項目ですよね?そこだけなら各自でまず目を通して確認しておいて、何か問題があったときにミーティングを開けばいいんじゃないですか?」


「また、おまえはそうやって屁理屈を並べて面倒なことから逃げようとする…。問題があってからミーティングじゃ遅いだろう。」


「いや、回路基板に問題があったときではなく、工程表の問題点が発覚した時ということですから、遅いということは無いんじゃないですか?」


「お前はこれ以上仕事を遅らせてもいいと思ってるのか?」


もはや話の論点が完全にズレてしまっている。こうなると泥仕合が延々と続くだけだ。

私と原田が声を荒げて言い合っているので周りの他の社員も手を止めて何事かとこちらに注目していた。

私は、もう面倒になり、また他の社員にも迷惑になると思ったので原田の言うことに従うことにした。

もうこいつには何を言ってもダメだと、この時に私は確信した。

思えば、この時が私が原田という人間を上司として、いや1人の人間として認めることができなくなった瞬間だった。



結局、原田との工程表の確認作業は夕方の5時までかかってしまった。

原田から、どうでも良いことを根掘り葉掘り質問されて、ズルズルと時間だけを浪費した結果、特に修正する箇所は無いという結論に達した。

それはそうだろう。工程表は昨夜届いているのだ。ミマツ産業の遠藤統括部長やうちの吉沢部長は、これだけのトラブルの後なので、届いた工程表についてはじっくり確認しているはずだ。彼らが何も言ってこないのだから大きな問題はまずないだろう。

彼らが気付かない問題が仮にあったとしても原田ごときには到底見つけることはできないし…。

あまりにも無駄な時間を過ごしてしまった。

原田は定時になると、満足気に帰って行った。

私は残業時間を、使って明日からの出張の準備をしなければならなくなり、帰宅したのは午前0時をまわった頃で有った。


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