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ミーティングの結末

第八章 ミーティングの結末


まず吉沢部長が切り出した。


「まずは、この度のプロジェクトにおいて不具合が発生してしまっていることをお詫び申し上げます。」


遠藤はにこにこ笑ながら言った。


「いやいや、吉沢さん、開発にトラブルは付き物ですから。その辺は私もエンジニアだったので理解しておりますので。今日はまずこのメンバーで正確に現状を把握して、そしてこれからどうすれば良いのかをご相談したいと思ってます。」


さすがに大企業の統括部長という肩書きは伊達じゃないと思った。

まずは、怒られるか、作業が遅れていることについて嫌味のひとつも覚悟していたのだが…。

遠藤が続けた。


「これまでこちらが御社から頂いている報告ですと、仕様レベルで間違いがあったということでよろしいのですよね。」


吉沢が答える。


「はい。その辺りの詳細な調査を担当の秋村にやらせたのですが、どうも古い仕様で前段の回路が作られているようなんです。まあ早い話が、前段の回路を今回の仕様どおりに直すか、秋村の回路を古い仕様に直すかということになると思います。装置の性能や信頼性を考慮すると、当然前段の回路を直すのが良いのですが、その作業量はかなりのものになりそうなんです。納期のことを考えますと、厳しいと思いまして本日ご相談に伺った次第です。」


遠藤は、少し目を瞑って考えてから一度頷いて言った。


「うーん、そういうことか…。しかしお粗末なミスですよね。なんでこんなことが起こっちゃったんですかねぇ。まあ私にも管理責任がありますからね。私が最終承認をしているわけですから。で、前段の基板のうちの担当者は誰だったんだ?」


遠藤は隣に座っている大下と奥平に訪ねた。

木下が伏せ目がちに答えた。


「そこは私が担当しました…。すみません」


「いやいや、ここで謝らなくてもいいんだよ。マックさん達の前で君を責めるつもりはないからね。ただ、再発防止のために状況を聞きたいだけだから。で、マックさんの担当の方はどなたでしたか?」


ここで初めて原田が口を開いた。


「はい。山岸というものが担当しておりましたが、彼は既に退職していて…」


「なるほど、そういうことですか。前の担当の方が辞められてるとなると、前段の回路を修正するのはかなり大変そうですね。」


遠藤はさすがに物分りが良い。というか、状況の理解力に長けている。この話を私と原田とでしたときは、理解してもらうのにどれだけの時間と労力を費やしたことか…。

遠藤はさらに続けた。


「ては、実際の作業は大下君と山岸さんで進めていたんだね。」


大下が答えた。


「はい。」

「大下君、そのときの設計仕様書はいますぐ持ってくることはできる?」

「はい。すこしお待ちください。すぐに持ってきますので…」


そう言って大下は急いで部屋を出て行った。


「とりあえず前段の回路の設計仕様書を確認してみましょう。まあ、今更原因を調べても仕方ないかもしれないんですけどね。このままだと、みなさんもモヤモヤするでしょうし、前の仕様書を調べることで今後どうしたら良いのかヒントがあるかもしれませんからね。」


遠藤の話には説得力がある。一同納得している様子だ。

このミーティングでは、我々がまず納期遅れの言い訳をして、怒られて、原因を究明してから今後どうしようかという流れで進むと思っていたのだが…。

ミーティングは完全に遠藤統括部長のペースで進んでいる。


「吉沢さん、もしも前段の基板の修正を御社にお願いすると、どれくらいの時間がひつようですかね?」


「そうですね。実際の作業は3ヶ月というところでしょうか。」


「秋村さんも、そのようにお考えですか?」


「は、はい、作業量的にはそれくらいはかかると思います。」


急に私に話を振られたので、狼狽えてしまったが、吉沢の回答に合わせて答えた。

遠藤は考え込んでいる。

そして私の方を見ながら言った。


「秋村さんに作業をお願いしたとしたら、やっぱり3ヶ月かかるもんですかね?」


この人は本当に鋭い…

私が社内の会議で出した作業見積もりは1ヶ月である。吉沢は余裕を見て3ヶ月と言ったのであろう。


「吉沢さんには失礼ですが、本当の工数は現場のエンジニアの言うことが正しいことが多いのでね。秋村さんがご自身で作業された場合の工数を秋村さんに伺うのがいいと思いまして…。いかがですか。」


私は答えに困ってしまった。

私が考え込んでいると遠藤が今度は吉沢部長向かって問いかけた。


「吉沢さん、結局は前段の基板を直すにしろ、秋村さんにお願いしている基板を直すにしろ、一番適任なのは秋村さんですよね?それとも他にスーパーエンジニアを隠し持っているとか…?」


遠藤は笑ながら言った。

そんなスーパーエンジニアがいたら、こんなトラブルにはなっていないと思うが…。

私も思わず笑ってしまった。


「さすが遠藤さんですね。お見通しですね。確かにこの状況において1番効率が良いのは秋村にやってもらうことです。うちも秋村以上のエンジニアは居ませんしね。技術的に1番詳しいのも現状では秋村をおいて他にはいません。」


うーん、褒められているのだろうか。

私は妙な気分になっていたが、ここまで言われて悪い気はしなかった。我ながら単純だと思うが、エンジニアというのは、いや、人間という生き物は褒められると誰でも嬉しいものなのだろう。特に私は普段褒められたりすることは皆無なので、違和感を感じつつも嬉しかったりするのだ。

しかし、この話の流れではどっちにしろこの面倒な仕事は私が担当することになりそうである。私は、前段の基板の変更作業は絶対に断ろうと思っていたが、それを言い出すタイミングはこのミーティングには無かった。

私は、なんとか断るタイミングを見計らおうとしていた。

ここで、大下が戻ってきた。


「お待たせしました。前段の基板の設計仕様書です。」


「うん、ご苦労さん。どれどれ、該当の箇所はどの辺りかな。」


「はい。73ページのインターフェイス仕様のところです。」


「どれどれ…。」


遠藤は設計仕様書を開いて調べ始めた。


「これは私が見てもよくわかりませんね。大下くん、説明してもらえるかな?」


「はい…簡単に説明しますと、ここに書かれているインターフェイス仕様は2世代前の仕様だと思います。」


「なるほど、そういうことですか。仕様書で既に間違っていたんですね。この仕様は他の基板も共通の仕様になってますよね。他は大丈夫かなぁ…。心配になってきたので、今回開発している他の全ての基板も至急調べておいて下さい。大下君がリーダーとなって進めて下さい。お願いしますよ。」


「はい。わかりました。」


やはり仕様書が間違っていたのか…。

退職した山岸はそんな単純なミスをやるようなエンジニアではなかったからな。

もっとも、同じ装置の基板開発を複数請け負っていたわけだから、共通仕様であればうちでもチェックすべきであったことは否めないだろう。

この話を聞いていた原田が突然話し始めた。


「まあ、仕様書が間違っていたのなら、仕方ないですよね。仕様書通りに回路は出来ている訳ですから…。」


おいおい、ここでそれを言うか?

お前だって確認して課長の承認印を押してるんだろ?

私は自社の課長職に就く物の態度として、原田のこの発言は不適切だと強く感じた。

恐らく私は瞬時に表情を強張らせたのであろう。間髪を入れずに吉沢部長がフォローに入った。


「まあ、私共でも各基板の共通仕様の確認をやっていれば良かったんですけどね。」


遠藤がこれを受けて発言した。


「そうですね。いずれにしても作業工程表に共通仕様の確認という項目があれば防げたということでしょうね。まあ、上流工程で防げることがわかったので、今後はデザインレビューの時には必ず各基板の共通仕様は突き合わせの確認をするようにしましょう。少々高い授業料でしたけど、我々もひとつ賢くなりましたね。」


遠藤は冗談交じりにこう言って笑っていた。

ひとつ間違えれば険悪なミーティングにもなりえるこの状況で、穏やかに、しかもスムーズに話を進めていくのだから凄い人だと思う。


「まあ、仕様書そのものに何故古い仕様が記載されてしまったのかは、うちの大下が調査して後日マックさんにはご報告させて頂くということでよろしいでしょうかね。」


「はい。それはもう、そうしていただけますと助かります。」


吉沢は恐縮しながら頭を下げた。

我々もそれにならって揃って遠藤統括部長に頭を下げた。


「さて、犯人捜しはこれくらいにして、この後どうするかを決めてしまいましょう。まずこちらの状況をお話させていただきますと、今回の開発目的を考えてみると、古い仕様を採用することは当然あり得ません。これだけの開発費をかけて2世代前の装置と同じ性能の物を作っても意味はありませんから。ということで前段の基板を新しい仕様に直して頂くということになります。そこで問題なのが納期です。先程のお話では前段の基板を修正するのに3ヶ月ということでしたよね。それでは遅すぎるのです。3ヶ月後に世界規模の展示会があり、弊社の最新機種として今回開発している装置を出展することになっておりますので。そこまでには、とりあえず動くものを組み上げなければなりません。」


3ヶ月後の展示会か…。ということはやはりなんとしても2ヶ月以内に作業を終わらせなければならないな…。まあもともとは変更作業そのものは1ヶ月と見積もってたので実機への組み込み試験を考慮しても、なんとかなりそうだと私は心の中で考えていた。


「秋村さん、どうにか2ヶ月で前段の基板を新しい仕様に直していただけませんかねえ?我々を助けていただけませんか?」


遠藤は吉沢でも原田でもなく直接私に問いかけてきた。

こうなっては逃げ場が無い。ここで無理ですと言う勇気は私には無かった。

そして吉沢も原田も、ここまで言葉を発していない営業の寺崎も、みんな私を見て私が答えるのを待っていた。

なんとなくはめられた感があるが…。


「……わかりました。御社の状況は理解できますので頑張らせていただきます。」


「ありがとうございます。もちろん秋村さんお一人に負担をかけるつもりはありません。そこの奥平にも手伝わせますので、部下だと思って使ってやってください。作業環境はこちらで準備します。ここなら実機もあるし修正してすぐに動作確認もできますから。」


はぁ…。結局は2ヶ月間、この工場に軟禁されるのか…。


指名された奥平は真面目そうな顔で私に向かってあらためて挨拶をしてくれた。


「秋村さん、よろしくお願いいたします。」


「いえ、こちらこそ…」


「では秋村さんと奥平くんはここに残って今後の作業の工程表を作成して下さい。やることは決まってますから1時間くらいでできるでしょう。あとは隣の部屋で吉沢さんと寺崎さんと、お金の話を片付けてしまいましょう。あ、その前にお茶でも飲んで休憩してくださいね。」


そう言い残して遠藤統括部長と寺崎と、そして原田は会議室を後にした。

おい、原田課長は呼ばれてなかったろ?

のこのこついて行ったけど…。


そして大下も、


「では、私も仕様書を調べなければなりませんのでこれで失礼します。」


と言って部屋を出て行った。

残された私と大下は休憩は取らずにパソコンを開いていそいそと工程表の作成にとりかかった。



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