クライアントとのミーティング
第七章 クライアントとのミーティング
翌日、私は始めて客先に出張するということで、少しばかり緊張していた。
どんなミーティングになるのだろう。
私なりに言いたいことは山ほどあるが、お客様に不満をぶちまけるほど子供でもない。
ただ、現場のエンジニアの置かれている状況に対して理解して欲しいとは思うのだが。
はたしてどんな人物が登場してくるのか。
そしてどんな結論が出るのか期待と不安が入り混じった気分で客先に向かった。
クライアントは産業機械製造の大手であるミマツ産業という会社で、場所は栃木県某所の工場である。工場といっても研究開発部門もここにあり、ミマツ産業の開発中枢といったところだ。
工場の正門前で原田たちと待ち合わせということになっている。どうやら私が一番先に到着したようである。まだ約束の時間まで30分以上あるが、程なくして営業の寺崎がやってきた。
「おはようございます。秋村さん、お早いですね。」
「おはよう。なにしろ始めて来るところなので遅刻したらマズイと思って早く着いてしまったよ。」
「え、秋村さん、ここは始めてなんですか。」
「原田課長の下になってから、客先に顔を出すことなんてなかったからな。」
「なるほど…。原田さん配下は何かと大変そうですよね。あの人は、自分が何でも知っていないと気が済まないから厄介ですよ。営業にもちょくちょく口を出してきますし…」
「まあな。ああいう人だからおとなしく言うことを聞いているのが無難なんだよ。」
「ご苦労様です。」
寺崎は気の毒そうに笑った。
原田の奴は営業にも口を挟んでるのか…。
寺崎と立ち話をしていると吉沢部長と原田がタクシーで到着した。
タクシーとは結構なご身分だ。タクシーから降りた吉沢部長と原田がこちらに歩いてきた。
「おはようございます。秋村さん、今日はよろしくお願いしますよ。技術的な話は秋村さんが中心になると思いますから。」
「おはようございます。ちょっと緊張していますが、頑張ります。」
我々は寺崎を先頭に、正門で入館手続きを済ませて、正面の建物の一階にあるゲスト用のミーティングルームに向かった。
建物の入り口で案内係の女性が待っていて、我々を部屋まで案内してくれた。
さすが大手の会社だけあって、広くて綺麗な部屋だ。品の良いダウンライトに、飾ってある抽象画は、それだけで私をより緊張させた。
しばらくすると案内係の女性がお茶を持ってきてくれた。
「すぐに遠藤がまいりますので、しばらくお待ちくださいませ。失礼いたします。」
そう言って女性は部屋を後にした。
お客様は遠藤さんというのか…。
情けないことに私はこの時始めてお客様の担当者の名前を知ったのだ。
どんな人なのだろう…。気難しい人だったら嫌だなぁ。怒鳴り散らす人だったらどうしようか…。
こういうときは何故か怖い人を想像してしまい、勝手に緊張感を高めてしまうものだ。
5分くらいだった頃、ドアがノックされた。
「おはようございます。」
一人の男性が入ってきた。少し白髪混じりで眼鏡をかけていて、どちらかと言えば痩せている方だろうか。なんとなく気難しそうな雰囲気を醸し出している。年齢は50歳くらいに見える。どうやらこの方が遠藤さんらしい。
その後から若い男性2人が入室してきた。
今日の相手は3人か…。
私は勝手に話し合いの相手は1人であると想像していたので、更に緊張してしまった。
すぐに吉沢部長が立ち上がり挨拶をした。
「遠藤さん、お忙しいところ急にお時間を作っていただいてすみません。」
「いえいえ、こちらこそ御足労頂きまして、しかも吉沢部長が直々に…」
遠藤は半分冗談のように笑ながら言った。
「とりあえずお掛けください。」
遠藤に促され、全員着席したところで吉沢部長が私を遠藤に紹介した。
「遠藤さん、今日は設計担当の秋村も同行させました。細かい技術的な話になると思いましたので。」
私はあわて準備しておいた名刺を出して遠藤と他の2人に挨拶をした。
「初めまして。設計担当の秋村です。よろしくお願いいたします。」
「遠藤です。秋村さん、お名前だけは以前からよくきいております。お会いしたいと思っていたんですよ。よろしくお願いいたします。」
遠藤から手渡された名刺には第一開発部統括部長という肩書きがあった。
統括部長というのは部長より偉いのだろうなあと、くだらないことを考えてしまった。
後の2人は見た目には20代か30代くらいに見える。そのうち少し太った人と名刺交換をした。
「はじめまして。ワールドマック電子の秋村です」
「ミマツ産業の大下です。よろしくお願いします。」
なかなかの好印象だ。自然な笑顔が温和な人柄を想像させる。
もう一人とも名刺交換をすませた。
名前は奥平さんという。こちらは大人しそうな印象である。
これで面子は揃った。挨拶も済んでいよいよ本題に入っていく。