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いざ客先へ

第六章 いざ客先へ


休み明けの月曜日、私は朝の9時から会議室にいた。

吉沢部長、原田課長、営業の寺崎そして私の四人が参加メンバーである。

原田は突然の会議通知に露骨に不快感を表している。まあ月曜の朝一番で会議なんで、誰だって楽しくはないだろう。

営業の寺崎も何の話なのかよくわからないので怪訝そうである。

私もきっととてつもなく不機嫌な顔をしていたと思う。

そんな不穏な空気が漂う中、吉沢部長が仕切り始めた。


「おはようございます。朝早くからお集まりいただいてご苦労様です。さて、秋村さんの作業の件ですが、どうも仕様に問題があったみたいです。そうですよね、秋村さん。」

「はい。簡単に説明すると、前段の電子回路と私の回路とのインターフェイス部分がどういう訳か、二世代前の仕様となっていました。今の仕様は二世代前からかなりの変更が入っておりますので、すぐに見つけることができました。詳細はお配りしたお手元の資料をご覧ください。」


原田の顔が強張ったように見えた。


「秋村、これは間違い無いのか?」

「はい。古い仕様書とも見比べましたから、間違いありません。」

「しかし、今更、前段の回路の仕様が間違っていましたなんて、クライアントには言えないぞ。」


そんなこと私が知ったことか!

私はこの時かなり不快な表情だったに違いない。私は原田に向かって言った。


「そうおっしゃられても、これが再検証の結果ですから、お客様には早急に報告してこの後どうするかを決めなければならないと思いますけどね。」


「そんな報告、正直に客に話したら、うちの信用問題になるだろう。おまえの回路を変更して何とかならないのか?」


うちの信用問題?相手の基板が間違ってるのに、なんでうちの信用問題なんだ?

それに私の回路を変更するなんて、しかも二世代古い仕様に…。

相当の作業量を費やして古くするのか??

私はかなり頭に来たので強い口調で言い返した。


「それはおかしいと思います。元々、消費電力、性能、回路規模の縮小を目指した結果の今の仕様なのに、古い仕様に作り直せば他の問題が発生する危険もあると思いますよ。前段の回路を仕様どおりに直すのが普通だと思います。」


ここで吉沢部長が割って入った。


「まあ秋村さんのおっしゃることが正論なんですけどねえ。どうしますか原田さん。」


「はい、しかし、今から前段の回路を作り直すというのも現実的ではないと思うんです。」


「前段の回路はどなたの担当だったのですか?」


「はい、ここはうちで受注して半年前に納品済みの基板なんです。」


なんだと?うちの会社で請け負っていた?

なんてことだ。知らなかった。

そういうことなら、確かにうちの会社の信用問題に関わることだ。

いったい誰が担当だったんだ??


吉沢部長も少し困っている様子だ。


「そうですか。それではお客様にはそのまま報告するというのもまずいかもしれませんねぇ。」


原田は焦りながら言った。


「この回路は既に退職した山岸さんの担当だったので、簡単に変更は出来ないと思います。設計者以外の人間に作業を任せると、倍はかかりますから…。そういう意味で現実的ではないと言ってるので……」


私は心の中で、山岸だってお前の部下だったんだから、お前が責任を取ってやれよと叫んでいた。


会議室は少しの間、沈黙支配していた。

誰もが困っていた。もっとも私だけは他のものたちとは違う気持ちでいたのかもしれない。

今回の件は私の責任ではないことが明確になった瞬間でもあるからだ。

吉沢部長が原田を追い込んでくれることを私は密かに期待していた。


「原田さん。」

「はい…」


よしよし、ついに原田が糾弾されるぞ…。


「先ほど秋村さんが言ったとおり、新しい装置に古い仕様の回路を組み込むのはやはりまずいでしょう。後から大きな問題にもなりかねませんからね。」


「それはそうですけど…」


「どうでしょう、前段の回路の変更を秋村さんに任せてみては?いま秋村さんが担当している回路はもう仕様どおりに動いているのですよね?それなら秋村さんは作業が無くなってしまいますから。それに検証作業もやっていただいたのでいまの時点で前段の回路に一番詳しいのは秋村さんだと思いますが、どうでしょうか?」


やっぱりこうなるのか…。

私は本気で断りたかった。人の設計した回路の変更ほど嫌な仕事は無い。

しかし客観的に現実を考えたならば、一番よい方法だとも頭では理解できた。

私は原田が頭を下げてお願いするのならやってやってもいいと高飛車な気持ちで原田の答えを待っていた。


「秋村、できるか?」


原田はぶっきらぼうに言った。

お願いどころか、命令かよ!

私はこの時、本当に頭に来た。俗に言う切れた状態になってしまったのだ。


「無理です。」

「なんだと?」

「人の作った回路なんか直せません。」

「……」


切れたといっても所詮この程度の反発しかできないのだ。我ながら情けない。

私は本当はお前がやれと言いたかったのに…。


「何を子供みたいなことを言ってるんだ?早急に作業を進めないと会社の信用問題になるんだぞ!」


「そんなこと言われても無理なものは無理です。だいたい私はお客様とも会ったことがないので、信用問題とか言われても、よくわかりません。私は原田さんがいつも言われるとおり仕様どおりのものを納期までに作るだけですから。今回も、それは達成してると思いますけど。」

「またそうやって話をすりかえる!今はそんな話をしてるんじゃないだろう。前段の回路変更の話をしてるんじゃないか!これもお前の仕事のうちだろう!」


原田も感情的になっている。悪いことに私も我を忘れて感情的になっていた。

こうなるともう話し合いにはならない。

確かに私の受け答えも大人気が無かったことは認める。

しかし、もう後へは引けなくなっていた。


「できるかと聞かれたから無理だと正直に答えてるだけじゃないですか。」

「それならこの会社にお前がやれる仕事なんてないぞ!」


もはや泥仕合である。

堪り兼ねて吉沢が口を開いた。


「まあ、二人ともそう感情的にならないでください。いまは最善の方法をみんなで考えなければならないんですから。」


原田と私は吉沢部長の言葉に、黙ってしまった。

吉沢部長は私に問いかけた。


「秋村さん、無理だなんて言わないで、ここはどうか助けてくれませんかねえ。秋村さんなら、いや、秋村さんにしかこの作業はできないと思うんですよ。」


「……」


このセリフを原田の口から聞きたかったのだが…。

私は少し冷静になって、考えてからゆっくりと答えた。


「別に私じゃなくても出来る作業だとは思いますけど、現実的には確かに私がやるのが一番早いかもしれません。しかしざっと見積もっても一ヶ月はかかる作業だとかんがえています。つまり一ヶ月、納期を伸ばしてもらわなければなりませんが、お客さんにはちゃんと交渉してもらえるんですか?」


吉沢はすぐに答えた。


「そうですね。そこが一番の問題です。原田さん、お客さんに連絡して今日のアポイントメントをお願いしてください。」

「今日ですか?」

「そうです。早い方が良いでしょうから。私と原田さんと寺崎さん、そして今回は秋村さんにも同行してもらいましょう。担当から直接話してもらったほうが説得力がありますからね、こういうときは…。秋村さんもよろしいですよね。」


私ははっきり言って今更客先を訪問することには気が進まなかったが、吉沢部長が決めたことならば仕方がないと思い、渋々承諾した。


クライアントとのミーティングではどんな話になるのかは、この時の私には想像ができなかった。

私は憂鬱であったが自席に戻り、出かける準備をした。


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