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仕様の再検証

第五章 仕様の再検証


とりあえず二週間という時間の中で、私は本来私の仕事とは関係のない前段の回路基板を含む仕様の見直し作業に取り掛かることにした。

言いたいことは山ほどあるが、そこはエンジニアの悲しい習性で、まず目の前の作業を終わらせようという意識が働いてしまうのだ。

ただ、この作業が終わった時に、必ず一悶着あろうことは予想できるので、そのことが私の不安を掻き立てていた。

仕様のミスを明確に出来たとしても、その先の作業量は今の時点では皆目検討もつかない。

とにかく、今は再検証の作業を進めるしかないので、私は会社の実験室にこもり、回路基板と格闘することにした。


作業は想像していたものより、簡単であった。三日後に、私は仕様書と前段の回路基板、そしてクライアントから預かっている装置全体の仕様書から、今回の不具合箇所を見つけることができたのである。

原因は、本当に馬鹿馬鹿しい間違いであった。

何故か私が設計した回路とのインターフェイス部分(信号のやりとりをする部分)が、二世代前の装置の仕様になっていたのだ。

何故こんな初歩的なミスがいままで誰の指摘も受けずにそのままになっているのか、全く理解できなかった。

前段の回路基板は誰が担当したのだろう。

こんなことを原田にたずねてもどうせ、今はそんなことは関係ないと一蹴されるだけだろう。

確かに、そんなことは私の知ったことではない。とにかく検証結果をまとめて報告しなければ…。

でも、これを直すとなると、前段の回路の作り直しか、私の回路を古い仕様に作り変えるしかない。

どちらにしても、軽く一ヶ月はかかる作業になるだろう。ということは、また納期の問題でやっかいなことになる。

私は、気が重くなった。

この報告をすれば、また面倒なことになる。

検証作業には二週間という時間をもらっているのだから、どうせ揉め事になるのなら二週間後でもいいか…と、考えた。

私は今日、原田へ報告するのは差し控えて、夜の八時過ぎに帰宅した。


翌日、私は出社していつも通り実験室へ向かった。もっとも昨日の時点で検証作業は終わっているので、とりたててやることはないのだ。午前中、回路基板の前でぼーっと過ごしながら、この先のことをいろいろ想像してみた。

どう想像したって、ろくでもないことになるのは明確だった。

このままいたずらに時間を潰しても仕方が無い。

私は意を決して原田にありのままを報告することにして、原田のデスクに向かった。


「原田さん、検証作業のことで報告したいのですが…」

「ん?ちょっとまて、いま忙しいんだ。今日は時間を作るのは難しいから明日の午後聞くよ。会議室を予約しておいてくれ」

「でも、早い方がいいと思うんですけど…」

「だから、今日は忙しいと言ってるだろう?明日、聞くからちゃんとわかるようにまとめておいてくれ。」

「はあ…わかりました…」


既に報告書はまとめてあるのだが…。

クライアントは一日も早く検証結果を知りたいと思うのだが…。

残念ながら私が直接クライアントとコンタクトをとるなと言われているのだ。

それは原田課長の仕事だからというのがその理由だ。

現場のエンジニアがクライアントの顔も知らずに良いものが作れる訳がないと、私はいつも思っていた。そのことも私の数多くある不満の一つなのだ。

上司が信用できないのでクライアントの真の要求を知りたいと思うのである。

原田に言わせれば現場のエンジニアはそんなことを気にする暇がかったら、きちんと納期に仕様どおりのものを作れということなのだが…。


翌日、私は朝一番で原田のデスクの前で原田に言った。


「原田さん、今日は9:30から会議室を押さえてありますので、よろしくお願いします。」

「えっと、何の話だっけ?」

「例の仕様の再検証作業についてのご報告です。」

「ああ、そうか、悪いな。今日はこれから出かけなければならないから、また明日にしてくれ。」

「はあ…でも、緊急性のある話だと思うんですけど…。今日は何時くらいに戻られるのですか?」

「今日は会社に戻る予定は無いから明日にしてくれと言ってるんじゃないか。」

「はぁ……」

「あの、夜、遅くなっても構いませんので、早く話したいのですが。お客様も検証結果を待っていらっしゃるということですし…」


原田はいらついていた。


「おまえに俺の行動を指図される覚えは無いだろう。俺がいないと仕事が出来ないのか、おまえは?主任なんだから自分で判断して作業を進めてもらわないと会社としても困るだろう。」


おいおい、勝手に進めていいのかよ。あとはクライアントに結果を報告して、次の作業を決めるんだぞ?

いつものことながら言ってることがメチャクチャだ。私には直接クライアントと話をすることを許していないくせに…。

吉沢部長に相談することも頭をよぎったが、後で原田が気分を害して酷いことになりそうなので、やめておいた。


次の日、なんと原田課長は会社を休んだ。病欠ということだったが、どうせ昨夜、飲みすぎたのだろう…と勝手に思っていた。

検証結果が明確になってからすでに三日も過ぎてしまった。なんと無駄な…。

今日は金曜日だから土日を挟むと五日も無駄にすることになるのだ。

今日、病欠している原田が土日に休日出勤するとは到底考えられない。

私は意を決して吉沢部長に相談することにした。

吉沢部長に、これまでの作業やいきさつを全て話してみた。


「そうですか…それは困りましたね。お客にはまだ報告はしてないのですね?」

「はい。私が直接お客とは話すなと言われてますから…」

「そうは言っても、大至急どうするか決めないと、どんどん大事になってしまいますねえ。」

「そう思います。いずれにしても前段の回路を今回の仕様に合わせて直すか、私の回路を古い仕様に対応させるしかないと思いますが、どちらにせよ一ヶ月以上はかかる作業です。」

「ふむふむ。で、原田さんはどうすると言っていたのですか?」

「課長は、忙しいということで話を聞いてくれませんので…。」

「わかりました。しかし今日は週末ですし、秋村さんには土日しっかり休んでもらって月曜日の朝に、原田さんと秋村さんと私と、あと営業にも参加してもらって打ち合わせをしましょう。場合によっては午後からお客様のところに説明に行くかもしれませんからそのつもりでお願いします。」

「はい。あの、私も客先に行くんですか?」

「こんな状況ですから担当者が直接説明したほうが早いかもしれませんから。」

「わかりました。では、今日のところは客先に持っていく資料をまとめておきます。」

「はい。よろしくお願いします。それと

会議室の予約と会議通知も忘れないようにお願いします。」

「わかりました。」


やはり吉沢部長は決断が早い。

私はすぐに自席に戻り、パソコンから吉沢部長、原田課長、そして営業の寺崎に会議通知を送った。


月曜日から、どうなるのか心配であったが、私は久しぶりに土曜、日曜日の休日をゆっくり過ごすことにした。

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