理不尽な納期
第四章 理不尽な納期
一月九日、今日は営業担当の寺崎と原田課長は出張である。昨日の会議で決まったとおり、早速クライアントにアポイントメントを取り、納期延長のお願いのため朝から出かけているのだ。
昨日の会議での吉沢部長の大岡裁きのおかげで、揉め事にはならずに済んだが、私は私の意に反する作業を強いられるはめになっていた。
仕様の再検証を二週間で終わらせるという新しい(?)ミッションに取り掛からなければならない。しかし、私はまったくやる気にはならなかった。今日の原田達のクライアントとのミーティングの結果次第で、再度ミッションが変わるかもしれないからだ。
もしそうなったら今日一日の作業は無駄になってしまう。こういうことは過去に何度も経験している。まあ課長の原田も不在なので、今日は適当に時間を潰して早めに帰宅しようと考えていた。
吉沢部長というのは、技術的な知識はお粗末だが、会議において結論に導く能力には長けていると思う。こんな危機的な状況であるにもかかわらず、二時間でこれからの作業の方向を決めてしまうのだから…。
私と原田と寺崎の三人だったら、おそらくは翌朝までグダグダと揉めていたに違いない。
もっとも、エンジニアの意向などは汲み取ってもらう余地は無いのだが…。
確かに私の意見を通せば、仕様が間違っているから前段の回路の設計者に直させるということになり、更にその間、私自身の作業は発生しないということにもなる。
会社として、雇っているエンジニアを遊ばせておくなんてことはやってはいけないことだろう。
まあ、私の担当外の作業が新たに発生したので、この作業には別途クライアントに追加費用を請求できると計算しているのだろう。
作業が増えてもお金をもらえなければ仕事は仕事として成立しなくなるから当然と言えば当然のことだ。
とりあえず二週間の猶予を貰えたので、私は少し気が楽になっていたので、作業もそこそこに久しぶりに定時で帰宅した。
翌朝、出社すると原田課長が不機嫌そうに私に声をかけてきた。
「秋村、ちょっといいか?」
そう言って会議室に向かって歩きだした。
なんだよ、まだこっちの都合を答えてないのに…。
私は原田の偉そうな態度にあからさまに不快感を示しながら、仕方なく原田の後に続いて会議室に向かった。
「そこに座れよ」
「いや、すぐ作業を始めなければならないので立ったままで構いませんので手短かにお願いします。」
原田の態度が気に入らなかった私は、少しばかり反抗的な口調でそう言った。
「簡単に終わる話じゃないから座れと言ってるんだ!」
「……」
私は無言のまま、椅子に乱暴に座った。
「まず、俺と寺崎が昨日、客先から帰社したとき、なんでお前は会社にいなかったんだ?まだ作業は終わった訳ではないだろう。」
「はあ?定時までは作業してましたよ。」
「お前は何をしに俺と寺崎がクライアントのところへ行ったのか知ってるよな?」
「……」
「なんで俺たちの帰りを待たずに帰宅したんだ? やることはまだまたあるはずだし、お前は俺たちが客先と決めてきたことを聞かなければならないのはわかってるだろう?」
何を言ってるんだ?この男は…
それなら最初から、待っていろと言ってから出張に行けよ。いつもは俺よりはるかに早く帰宅するくせに…。
私は話す気にもなれずにしばらく黙っていた。
原田は、私が何も言わないのにじれた様子で、自分から切り出した。
「まあいい・・・。で、昨日の客先との話だが、きっちり二週間納期を延ばしてもらってきたから、後は
お前ががんばるだけになったからな。二週間で終わらせろよ。お前が自分で決めたんだからな。」
「はあ、まあ二週間あれば仕様の再検証まではできると考えています。」
「二週間後には納品できるんだろうな?」
「それは、わかりません。私は仕様の再検証は二週間あればできるだろうと言っただけで、もし再検証の
結果、大規模な修正が必要になったら・・・」
私の話が終わる前に原田が口を挟んできた。
「いつもそうやって後からぐちゃぐちゃ言いやがって・・・。お前が二週間で終わらせると言ったから、俺がわざわざお客様に頭を下げて時間を貰ってきてやったんだから、ちゃんと責任を持ってやれよ。」
やっぱり、こういうことになるのか・・・。毎度のことながら、うんざりする。
二週間で納品できるといつ私が言ったというのだ?
こんなことなら、昨日の吉沢部長との会議を録音しておけばよかった・・・・。いや、たとえ録音しておいたとしても、原田は強引に有無を言わせない態度で私に作業を迫ってくるだろう。
しかし、客先との話し合いの内容って・・・。
私は気になったので原田にたずねてみた。
「あの、お客様はなんとおっしゃっていたのですか?仕様の間違いについてお客様の見解はどうだったんですか?」
「だから、そんなことを今蒸し返しても仕方ないだろう。今はどうしたら納期に間に合うかを考えるのがいちばん大切だろう。とにかく二週間という時間を確保してやったんだから、お前は納期を守ることだけを考えろ。」
「・・・・・・」
もはや、話し合いではない・・・。
私だって納期どおりに出荷したいと思っている。そんなことはエンジニアとして当たり前のことだ。
たとえば、お客様や上司が仕様のミスを認めてくれて、その上でなんとかしてくれという話であれば、
私は喜んで、徹夜してでも、休日を返上してでも納期を守るために全力を尽くすだろう。
私でなくても、エンジニアならほとんどの者がそうするだろう。
これではまるで、私が引き起こしたトラブルを原田と営業の寺崎がお客様に頭を下げて、フォローしてきたという図式ではないか。
私はこの状況には到底納得できなかった。
しかし、ではどうするのかということについての答えも出せずにもやもやしていた。
結局、作業はやらざるをえなくなるという、いつもの流れになっていった。