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部長との会議

第三章 部長との会議


年が明けての一月八日、朝は年始の社長の挨拶があった。しかし私は社長の話など聞く余裕は無かった。もちろん今日の午後一時からの部長を交えた原田達との会議が気になっていたからである。

他の社員は皆、充実した年末年始の休みを過ごしたのだろう。会社のデスクには全国津々浦々の菓子がお土産として置かれている。

私には他の社員達のそんな心遣いさえ、鬱陶しい。こっちは休み返上で仕事をしてたのに、呑気に帰省や旅行に行きやがって…。


切羽詰まったエンジニアの心の中は、なんと卑屈なことか…。

我ながら情けないと思うが、そんな自分の気持ちをかろうじて理性が押さえ込んでいた。


私は午後からの会議の準備にとりかかった。

一番身近な上司の原田でさえ、私の今の状況を正確には理解できないのに、今日はその上の部長様にも説明しなければならないであろうことは容易に想像ができた。

年末の二時間を費やした原田課長への説明など、おそらくまったく意味をなさないだろう。

本来ならば課長の原田には説明済みなのだから、その上の部長への報告は職制上、課長の原田の仕事だと思うのだが…。

まあ、理解できないことを上に説明するのは無理だということだ。

どうせ会議の席では私に詳細説明を求めるのだろう。部長だってエンジニアだったのだから、これくらいの技術の話なら理解できて当然なのだが、なぜかうちの会社の管理職の連中は課長以上になると自己成長を放棄して、はためから見ればたいしたことのない実績の上に胡座をかいてしまうようで、部長は原田以上に技術の話題には疎いのだ。

私はそんな課長や部長に対して、この至極技術的な問題を、小学生でもわかるような説明を強いられているのだ。

無理に決まっている。

結局、問題を理解出来ない上司に無駄な説明の時間を使って、明日以降に自らクライアントに状況の説明とお詫びに行くということになるのはわかっていた。

会議の準備、いや筋書きができたところで昼休みになった。

とりあえず外で食事をして、昼休みくらいはゆっくりしようかと思い、会社の外へ出掛けた。


午後一時、いよいよ会議が始まった。

メンバーは私、原田課長、吉沢部長、そして営業担当の寺崎の四人である。

吉沢部長が仕切るようで、寺崎は正面のホワイトボードの前に立っていた。

こんな時、営業なんて議事録を書くかホワイトボードに決定事項を書く以外にやることもないだろうからな。

技術的な話は到底理解できないだろうし…。

私は腹の中で、営業は気楽でいいよな…と呟いていた。

吉沢が早速口を開いた。

「では、早速例のプロジェクトの進捗を報告してもらいましょうか。明後日には客先に持っていくんですよね?」

原田が、それに応えるように言った。

「はい。その予定で作業を進めてきたのですが、ちょっとトラブっている状況です。」


ちょっとトラブってってなんだよ?

既に危機的状況だろ?


「詳細は秋村から説明させます。」


ほらみろ、やっぱり、こっちに振ってきた。

私は年末に原田に説明した内容をここで再びくりかえした。ひととおりの説明を聞いた後でも、吉沢部長は顔色を変えずに平然としていた。


「なるほど…細かいことはわかりませんが、要するにまだ基板が動いていないということですね?明後日が出荷ですが、間に合うんですか?」


原田がすかさず口を挟む。


「どうなんだ?秋村!」


どうもこうもないだろう。お前が部長に答えろよ。全部説明しただろう?


私は渋々吉沢部長に向かって正直に話した。


「正直なところ、明後日までに終わらせるのは不可能だと思います。なにしろ仕様書が間違っているんですから、まずその検証からやり直さないと…。」


吉沢部長は穏やかな口調で、

「では、その検証作業をやるとしたら、どれくらいで終わるのですか?」

と、私に質問をしてきた。


仕様書の検証だと?


予想外質問だったので、私は少し狼狽えてしまった。

そもそももらった仕様書通りの物を作るのが私の仕事だったはずなのに…。

しかしこのときの私はそんなことを考える余裕もなく、仕様書の検証作業の工程を頭の中で必死に見積もってしまっていた。

原田は黙って私が答えるのを待っている。

営業の寺崎もペンを持ってホワイトボードに書かんとばかりに私を見つめている。


「えっと、二週間くらいかかると思います。」


今思えばなんでこんなことを口走ってしまったのかと思うが、後の祭りである。


「二週間ですか…。わかりました。原田課長、仕様の検証が必要でそれには二週間を要するということでクライアントに話をすることはできますかね?」


「は、はい。それはもう話をするしかないですね。何しろまだ回路が動いていないし、誤魔化しようも無いので…」


「では、明日、クライアントへの状況説明は原田課長と営業の寺崎さんに行ってもらうということでよろしいですね。」


吉沢の言葉が終わらぬうちに寺崎がホワイトボードに顧客との打ち合わせ、原田、寺崎とそそくさと書いていたのには、いささか不快であった。


まてよ?俺は客先に行かなくていいの??


「秋村さんは、とにかく現場作業を進めてもらわないと…。この会議が終わったら早速作業に戻って下さい。明日、営業と原田課長がお客さんに二週間納期を延ばしてもらってくるので、次は絶対に遅れることは許されませんから頑張って下さい。」


会議は思わぬ方向に進み、終わろうとしていた。

最後に原田が私に向かって、

「明日、俺と寺崎が、なんとかお客様に二週間もらってきてやるから、次は遅れることが無いように頼むぞ。」

と言って席を立った。


会議は思ったより早く、そしてすんなりと終わってしまった。

私の思惑とはまったく違う結論で幕を閉じたのだ。

仕様書のミスを糾弾するはずだったのに。

そして、それは私の責任ではない事を明確にするはずだったのに。

私は確かに会議の途中、冷静さを欠いていた。

しかし…。

結局、私が納期を守れず、課長と営業がクライアントに頭を下げて納期を延ばして貰うので、次の納期には絶対に間に合わせろという形になってしまっている。

しかも、よくよく考えてみると、私は仕様の検証に二週間と言ったのであって、全ての作業の完了に二週間と言ったのでは無い。

明日のクライアントとの話し合いでは、ここをきちんと話してくれればいいのだが、原田と寺崎では…。


私は年明け早々に去年よりも更に大きくなった不安を抱えたまま、新年のスタートを切る羽目になった。


そして明日の原田達とクライアントとの話し合いの結果を待ちながら、本来私の仕事ではない仕様の見直し作業に取り掛かることにした。











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