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会議室にて

意を決した私は休み明けの朝、会社に向かう満員電車に揺られていた。これまでは憂鬱でしかなかった通勤電車だが、今日はなぜか晴れやかな気分だ。車内はいつものように混雑しているのに………。

ついにあの一言を大きな声で発する事が出来るかとおもうと、会社までの道のりが焦れったく感じた。


会社に着くと、そこはいつも通りのどんよりとしたオフィスだった。朝から重苦しい空気が漂っている。もう何年も前から変わらない光景だが、その中で何故か自分だけは違う世界にいるようだった。

自席に座り、特にやることもなかったが、なんとなくパソコンをいじっているところに原田がやってきた。

「秋村、会議室に……。」

原田はそう言ってそそくさとひとり会議室に向かっていった。私はあえて明るい口調で、

「はい。」と返事をして、意気揚々と会議室にむかった。

辞めると決めてしまうと、こんなにも気持ちが変わってしまうのかと自分でも驚くくらいに心の中は穏やかたった。と同時にこれから起こるであろうことへの期待でワクワクしている自分がいた。


会議室に入った途端、私の目に飛び込んできたのは、吉沢部長と、原田課長に加えてなんと社長と専務の姿であった。何故社長と専務がこの場に居るのか私には咄嗟に理解することはできなかった。


「秋村君、まあとりあえず座って。」


社長が和かに言った。


「は、はい。」


私は社長に促されるがままに席に着いた。このメンバーで会議室にいるというシチュエーションは当然ながら初めてのことである。それはそうだろう。いくら中小企業とはいえ、社長と専務が揃って私のような平社員を交えて会議室で話すなどということは普通は無いことだ。この普通ではない状況に私は完全に飲み込まれていた。

戸惑っている私に社長が話しかけた。


「秋村君、今回の件は吉沢部長から全て聞いています。どうだろう。休んでいる間、いろいろ考えたと思うけどその結論を聞く前に私から会社からの意見というか、会社の考えをお話ししたいのだが、いいですかね。」


「はい。」


「ありがとう。まあ、辞表を既に出された秋村君から見れば今更という感じだろうが、どうか聞いて下さい。単刀直入に言ってしまうと我が社はあなたを必要としているということです。昨日、専務とも話したのですが、秋村君のような長年我が社で活躍してくれた社員がこのような形で辞めてしまうことをだまって見過ごせません。これからの会社を担っていく重要な人材であるというのが秋村君への会社の評価です。我が社は大きな会社では無いので、社員の皆さんには苦労をかけていることは承知しています。しかし秋村君のような優秀な技術者が先頭に立って若い人達を引っ張っていってくれれば、この会社はまだまだ良くなるはずです。今回はいろいろ嫌な思いをさせてしまったようですが、会社としても社員が安心して働けるような良い職場であるために今後も改革を進めて行きます。その改革には秋村君の力が必要だと考えています。ぜひ我々にこれからも力を貸して下さいというのが私からのお願いです。」


社長から直接こんな話を聞くことになるとは……。話の内容は今回のこととは少しかけ離れているように思ったが、社長から直接必要とか、力を貸してくれとか言われるのはまんざらでもない。

情けないことにあんなに考えて退職を決意したつもりなのに、このときまたしても私の気持ちは揺れ動いていた。

私が無言でいると今度は専務が口を開いた。


「秋村さん、辞めるなんて言わないでくれよ。秋村さんも会社もこれからじゃないか。業務の改善には今会社をあげて取り組んでいるところなんだ。給与体系から組織についてもこれから改善していこうとしているところで、秋村さんにはこの春から業務改善委員会の委員長をお願いしたいと思ってる。ここだけの話だが来季から課長代理になってもらうという話しもある。この、タイミングで秋村さんが辞めると言い出すなんて思っても見なかったから驚いてるんだよ。」


専務は人当たりの良い人で、残業続きのときに差し入れを持ってきてくれたりして、人間味溢れる優しい人で、私もこの人には好感を持っている。

私の気持ちはますます揺れ動いてしまっていた。

社長と専務から引き止めを受けるとは………。

しかし、会議室のいちばん端に座っている原田の姿が視界に入った時、私は昨日までの気持ちを一瞬にして取り戻した。

確かに社長と専務の言葉は本当にありがたい。しかし、私が退職を決意した理由に対しては何の答えにもなっていないし、なんの解決策にもなっていない。

会社にいる限り、またあの酷い毎日が繰り返されることは容易に想像できる。原田の滅茶苦茶なやり方をこの場で糾弾すべきなのか………。

社長と、専務にそんな話をしてどうするのかという思いもあるし、私は困ってしまって黙り込んでしまった。


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