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退職願

私は自宅に帰る電車の中で、これまでのことを思い返していた。

原田の言動を思い起こすたびに腹が立ってくる。

なんでも頭ごなしに決めてかかってきて、自分の責任なんて考えていない男だ。

あんなやつの元で仕事を続けるなんてできるわけがない。

早くあんな会社を辞めてすっきりしたい。

私の頭の中は会社を辞めることしか無かった。

早く自宅に帰って退職願を書こう。



次の日の朝、私は退職願を持って出社した。

昨日は本当に腹が立っていたが、辞めると決めてしまうと、なんだか穏やかな、そしてこれから退職願を上司に突きつけるという現実にわくわくしていた。

私が自席にたどりついたとき、原田の姿は無かった。もしかしたら原田と顔を合わすことを楽しみにしていた最初で最後の朝なのに、少し拍子抜けしてしまった。

私は既に仕事をやる気がまったく無かったのでしばらくデスクのパソコンをいじっていた。

30分くらいたったころ、原田が険しい顔をして戻ってきた。

私は平静を装いながら軽く原田に挨拶をした。


「おはようございます。」

「..........。」


なんだよ、挨拶してるのに……。


「秋村、ちょっといいか?」


と言いながら原田はとっとと会議室に入っていった。

私は他の社員の前で退職願を叩きつけてやろうと思っていたのだが、そのタイミングを失ってしまった。

原田が会議室に入ったのを見ながら、私はすぐには行かず、自席でこの状況について考えていた。

いつもなら早く来いと怒鳴られるところだが今日に限っては、原田は何も言ってこない。

いずれにしても退職の意思は伝えなければならない。たとえ原田と喧嘩になろうとも、言うべきことはひとつなのだ。この際、考えることなんて何もないじゃないか。

私は、自席を離れ原田の待つ会議室に向かった。


「失礼します。」


「……………。」


原田は厳しい顔をしていた。


「で、ご用件は何でしょうか?。」


私は白々しく原田に尋ねた。


原田は私を一瞥してから、私から目を逸らしながら口を開いた。


「秋村、なんで呼ばれたのか本当にわからないのか?。」


わからないわけないだろう。しかし、この原田の態度は私の態度を硬化させるのには十分だった。さすがに素直に答える気持ちは失せていた。


「わからないからお聞きしているのですが………。」


原田は私の言葉を聞いて小さく舌打ちをした。


「おまえのそういう態度はどうにかならんのか………。」


私は黙っていた。


「まあいい。もちろん呼んだのは昨日のことだよ。」


「昨日の?ああ、私が退職願を持ってくるという話ですか。それなら原田さんにご心配していただかなくても既に準備は整っております。」


私はそう言うや否や退職願を会議室の机の上に置き、それを原田の前に差し出した。


「ご用件はこれだけですか。それならこれで失礼します。」


私は立ち上がり、会議室を出ようとした。


「待て。まだ何も話して無いだろう。」


「まだ他にお話があるのですか?」


仕方なく私は座り直した。

まあ、これだけで済むとは最初から思ってはいないが、長々と原田と話すのもごめんこうむりたいところだ。


「秋村、本当に辞めるつもりなのか?だいたい会社を辞めてしまってどうするつもりなんだ?」


「辞めるつもりだから退職願を提出したのです。普通はそういうものですよね、退職願というのは。」


「そう喧嘩腰になるなよ。一応これでもお前のことを心配してるんだ。会社を辞めて仕事はどうするんだ?」


何を言ってやがる。心配なのは自分の評価だろう。


「辞めた後の心配までしていただかなくても結構です。兎に角私がこの会社を辞めるということだけは認めていただかければ困ります。」


「おまえなあ、昨日の今日で突然退職すると言っても認められるものじゃないだろう。」


「原田さん、サラリーマンが会社において唯一自分だけで決められるのが会社を辞めるということなのです。会社を辞めるのに会社や上司の許可は要らないんです。」


「それはそうだか、だいたいいきなり会社を辞めるなんて普通じゃないと思うけどな。」


元々普通じゃないのはおまえの方だろう。

やはり原田と話をするだけでも腹が立つ。

私はもはや冷静に話をする余裕も無くしていた。


「何が普通かは知りませんが、確かに退職願はお渡しいたしましたので、よろしくお願いします。あと、私は明日から有休を消化します。必要な手続きがあればお知らせください。」


私はそう言って会議室を出た。

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