【第7話】違和感のある村(1)
朔望から村に来訪した小隊は、宿の手前で老人と別れ、ようやく腰を落ち着つけていた。
その彼らを率いる千蔭は、一人部屋で今回の任務に関する報告書の処理に追われつつも、先ほどの村長の様子を頭にちらつかせて集中を切らしていた。
(この村には、何かがある)
それは千蔭の勘にすぎなかった。
しかし、何十もの邪霊に関する案件と相対してきた小隊長としての経験が告げている。
村長の異様さ、それに付き従う村人の不自然さ、__狂い咲きの梅の木。
当初の予定では、小隊がこの村に立ち寄ることは考えられておらず、合同戦闘後は朔望に直帰する手筈だった。しかし、想定以上に今回の戦闘に手間取ったため、相手国の好意で帰路の道中に位置するこの村で一泊することになったのだ。
そんな想定外の休息先で、特殊部隊としての勘を働かせることになるとは思いもしていなかった。
千蔭が途切れる集中を引き締め再び書類へと筆を落とそうとしたとき、襖の奥から声がかかる。
「井丸です。小隊長、今いいですか?」
「ああ、入れ」
書類を手に部屋に入ってきた井丸は、若干疲れた顔色を見せて大げさに肩をすくめる。
「こっちの書類終わりましたよ。報告事項が詳細過ぎて疲れました~」
「ああ、ご苦労だった」
「…それだけですか? もっと部下を労わってくださいよ~」
「……お前には、私の前に積まれたこの書類の山が見えんのか」
「うっ…。それと比べられたら何も言えないですよ」
すごすごと自分の書類を千蔭の前に置いた井丸はすぐに自室へ戻るかと思いきや、留まって千蔭の部屋の中をくるりと見回す。
「それにしても、畳付きの和室なんて久しぶりですよね~。こっちの人は和装も多いし、隣国でほぼ同じ文化と言えど、実際に訪れると色んなところで違いを感じますよ」
「たしかにな…。だが、旅行気分にはなるな。…先ほど村長に要らぬことをぺらぺらと話していたのも、戦闘を終えて気が緩んでいるからではないか?」
「そ、そんなことないですよ! …って、それで思い出したんですけど、小隊長。さっきの村長見ました? なんか様子のおかしい人でしたよね…」
何かに妄信的な村長の姿。
それに違和感を覚えていたのは、井丸も同様だったようだ。
千蔭は自分の書類から目を離し、上司の部屋で両腕を頭の後ろで組みながら、すっかり寛いだ様子の部下を机から見上げる。
「…何か他に気づいたことはあるか?」
「そうですねー…、梅が早く咲いているのが変だなと思ったくらいで…。あ、そういえば、この村の人たちって若い人でも白髪の人が多いですよね? あれが不思議だなーと」
「……それは、ここが元は潮汐国に属していた地だからだろう」
潮汐国は、古代に存在した王国の名で、同盟を組んだ赤烏国と朔望国によって滅ぼされた国だ。
潮汐出身の人々は生まれつき白髪であることが多い。そのため、赤烏と朔望の支配下に置かれた当初は、白髪が迫害の対象となった時期も存在するが、今はそれもなくなり、その歴史の存在を知らない若者も増えてきている。
(いってくるね。千蔭)
軍服に身を包んだ背の高い女性の、弧を描いた口元が脳裏に浮かぶ。
「潮汐、潮汐…。うーん、尋常(小学校)で習ったような気がしなくもないような…」
部下の悩まし気な声に意識を引き戻された千蔭は、ため息をつく。
「よくその頭で軍の筆記試験に受かったな。常識問題も出されただろうに」
「ちょっとひどいですよ! たしかに自分は学術に関してはダメダメですけど…。これほど戦闘の才能をもった人材を軍が放っておくわけないですって! 小隊長はもっと僕を褒めてくれてもいいんですよ~」
「私は褒めるときは褒めるし、批判するときは批判する。思ったことを正直に言う人間だ」
「あぁ、堅いっ! 堅いですよ小隊長…。そんなだから、いつまで経っても結婚できないんですよ!」
近頃の小さな悩みの種を指摘された千蔭は、生意気な部下に軽く手刀をお見舞いした。




