【第6話】来訪者(2)
「なぜあの男を森に通したっ!!」
境内の社務所。
憤怒の色に顔を染める白髪の老人は、手元にあった文鎮を目の前の巫女へと勢いよく投げつける。
重い衝撃が走った腕を抑えて床に座り込む彼女に、周囲の者が焦った表情で駆け寄る。
「お、お待ちください、村長!! この子は見習いとしてここに来たばかりで…」
「見習いだから、神を汚す可能性のある者を近づけるという愚行をしても許せ、と? 取り返しのつかないことを見逃せと!? そこのお前。なぜあんなことをしたのか言ってみろ!!」
興奮を抑えきれない老人に鋭く睨みつけられた巫女は、腕の痛みに涙し、言葉を震わせながら応える。
「…あ、あきひとさま、のお付きの方で、緊急の用があると。そう言われてっ…。こ、ここでは、あの御方は特別に扱うと聞いていたのでっ…!」
「例外なのは秋人様だけだ! そんな判断もできんのか!!」
「も、申し訳、ありません…! 申し訳ありませんっ…」
何度も床に額をつけて謝罪の言葉を述べ続ける巫女。
その姿をしばらく見続け、いくらか興奮が冷めてきた老人は、自席へと座りなおしてため息をつく。
「……あのお方とて、格別の布施があるから例外として要望を聞き入れているのみ。…今日はただでさえ余所者の多い日だというのに。村の者にまでも疲れたくはない」
室内の全員が緊張感をもって老人に視線を集中させる中、話は終わりだというように最後に一つ告げられる。
「……念には、念を入れて、夜間の警備を増やすように」
*
薄雲の広がる昼下がり。
梅雪は寝室となる自室で、小さな窓から変化のない森を見つめていた。
秋人が帰ってしまった今、あとはいつも通りの辛い日々が続くだけ。__いや、辛いなんていうのは自分がいらぬ希望を見てしまったからそう感じるだけなのかもしれない。
いつもと違うのは、隣国から人が来るということだけ。
(でも、私には関係ない)
私が秋人以外の外の人と顔を合わせることなど、これから一生訪れないのだろう。
だが__。
(どんな人たちなんだろう…)
そんな思考を浮かべた頭を振る。
神は欲を持たない。自分のためだけに行動しない。
__してはいけないのだ。先ほどの秋人の件で思い知っただろう。
自分はこの村で、人々のためになることだけを考えるのだ。
梅雪は、窓の先に見える泉へと続く道を見とめた。
(夜遅くになれば人払いも済むはず。…頭を冷やそう)
孤独に囚われる少女は、寝台の上で自分の身体を抱きしめるようにして、外が闇に包まれるのをただひたすらに待っていた。




