【第15話】燃ゆる社(1)
森を進む中、引き寄せられるようにして出会ったのは一人の少女だった。
表情は変わらなかったが、こちらの存在に多少驚いた様子で泉に立つ、一束の白を交えた黒髪の少女。
あんな森の奥深くに人がいるとは思わず、油断していた。しかし、なぜか、その偶然に出会った彼女がこの村の違和感の糸口となるような。__そんな気がした。
だがしかし、彼女は間違いなく普通の人間だ。
それは彼の長年の勘ではなく、祖国の神から分け与えられた力が、それを事実として示していた。
炎の迫る森の手前まで来た千蔭は、愛刀を腰に携え、道なき森の中を駆ける。
千蔭の持つ刀には、邪霊を見分け、祓う力がある。
対邪霊特殊部隊に特例として王宮から与えられた、朔望の神の力が宿っているのだ。
人ならざる能力をもつ邪霊は、時として、人間の形をとることがある。
しかし、刀を抜いて彼女に相対しても、刀は何の反応も見せなかった。それが、彼女が人間であることを証明している。
邪霊でもなく不思議な力を操る人間の少女。
その力の実態は未だ不明だが、そんなことは今は後回しだ。
もし、あの自己犠牲的な彼女が、この村で神と崇められているのだとしたら。村人たちが妄信的に彼女を信仰し、人間として見ていないのだとしたら。
__火の手が向かう神社で最悪の事態が起きてしまうかもしれない。
*
「動ける者は本殿周辺の消火に協力しろっ!! 急げ!」
本殿の正面。
鳥居の前まで列をなす村人たちの奥で、村長は顔を真っ赤にしながら声を上げていた。
もうそこまで、熱気を帯びた空気が迫っている。森の東側には黒い煙が天へと立ち昇り、既に炎の海。
__しかし、梅神様の加護を信じていれば。
村長の脳裏に浮かぶのは、村の危機にいち早く気づき村人を救う姿勢を見せた、自分たちの神の完璧な姿だった。
孫である梅雪__彼女は幼い頃、異様な力を発現した。
これは、神の力に違いない。辺境で不遇なこの村を救うために、神が孫の器を借りて顕現したのだ。
そう理解してから、器である梅雪を、神に相応しい者とするために尽力した。当初こそ人間らしさが残り苦労したものだ。
__だが、先程見たあの姿に、もはやその人間らしさは残っていなかった。
彼女は、慈悲深い神と一体化したのだ。
そんな神がいれば、この絶望的状況さえも跳ねのけられるに違いない。
そう、これは、覚醒した神と村人である我々に対する試練なのだ。我々は神を信じきり、困難にも立ち向かわなくてはならない。
村人が列をつくって鳥居の先へ向かって口々に訴える様子を見やる。
「神様…!! どうか息子の怪我を…!!!」
「いてえ、いってぇよ……神様ぁ…」
「か、神様っ。どうか早く……!」
「「「「「「「「「「「神様!!!!!!」」」」」」」」」」」
悲哀や恐怖が入り混じる喧噪の中、村長の声が響き渡る。
「梅神様のご加護で必ずや我らは皆助かる!! さあ、あの御方が治療に専念できるように、手の空いている者は火をくい止めるのだ!!!」
桶を持った巫女や村人が必死の形相で炎の迫る方向へ水をまいている。
そんなとき、森の奥から巫女の悲鳴が上がった。
「なにごとだっ! 火を恐れている場合ではない__」
ザンッ。
一瞬の出来事だった。
自分が刀で斬られた。
ようやく認識できた村長は、痛みだす胸元を押さえて蹲る。
不審な男の奇行に、その場はさらなる混乱状態に陥った。
散り散りになって怪我人を抱えて逃げだす村人。村長の危機に口を抑えて固まる巫女。
阿鼻叫喚な周囲の状況下、目の前に現れた黒装束に身を包んだ男を見上げる。
口元を隠しているため表情は伺い知れないが、どう見ても村人ではない。
まさか、火事に乗じた山賊__
「あぁ、人が多すぎるなぁ…。面倒くさい」
男は気だるげに言いながら、倒れた村長の白髪を掴み、目線を合わせる。
「梅の君…とやらはどこにいる」
その言葉に、目が大きく開き、身体が震える。
男の狙いは、まさか__。
掴まれていた髪が急に解放され、頭が地面にたたきつけられた衝撃が走る。
不審な男は、倒れた村長の後側を見据え、警戒態勢をとっていた。
「…なんで、こんな辺鄙なところに軍人さんがいんだよぉ」
「村長から離れて、武器を置け」
聞こえた声は、今朝がた村にやって来た、あの若い小隊長のものだった。
(誰でもいい。早く私を助けてくれ。それから、梅神様を__)
*
「あー。しかもあんた、あの香月家の坊かよ…。分が悪いなぁ」
「…最後の忠告だ。武器を置いて降伏しろ」
「どうしたもんかなぁ。あの御方、計画が崩れたら面倒くさいことになりそうだもんなぁ…。でも、この状況はしょうがないだろ…」
千蔭の言葉を無視して独りごつ男。
会話は不能だと判断し、瞬時にめがけて攻撃を繰り出す。
しかし、斬撃は空をきった。
「はぁ。…あんたのせいで、計画がおじゃんだ」
身軽な動きで男は攻撃をかわし、木の上に飛び乗った。
「じゃ、俺らは撤収ということで」
「逃がすわけないだろう」
「軍人さんは、困っている市民を見過ごせないだろう? もうそこまで火の手が迫ってる。逃げ遅れている奴を放っておいていいのかぁ?」
黙り込む千蔭に、男は目を細める。
「ここにいる全員、ちゃあんと助けておいてくれよ」
そう言い残し、男は瞬時に姿をくらました。
(…ただの山賊ではないな)
あっさりと身を引き、何も盗んだ様子もなく去っていった男。
その発言にも、引っかかるところがある。
しかし、今それを考えている暇はない。
燃え盛る炎はその手を弱めることはなく、既に鳥居の眼前まで押し寄せていた。
「動ける者は怪我人を抱えて逃げろ!! ここももうじき火に包まれる!!」
事を呆然と見ていた村人たちは、千蔭の言葉に気を取り戻して動き出す。
倒れた村長や巫女も回収され、一帯の避難が完了した。
(嫌な予感が当たっているのなら、__もう時間がない)
千蔭の意識は、鳥居の先にある本殿へと向けられた。




