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【第14話】村人の望み

「いやぁ! 兄ちゃん、兄ちゃんっ!!」


 幼い子どもが地に伏した兄と見られる少年の手を握って泣き叫んでいる。

 避難しようとしたときに誤って倒してしまったのだろうか。兄の方は崩れた木材に脚を挟まれて動けなくなってしまっていた。

 すぐに千蔭(ちかげ)井丸(いまる)が駆けつけ、重い木材をすべてどかし、少年を救出した。しかし、少年の脚には痛々しい傷ができてしまっている。


「君たち! 自分がおぶるから一緒に避難を__」

「っあぁ…、う、めがみ様のところへ行かないと…」


 呼びかけた井丸の言葉を遮り、怪我をした少年が掠れた声をこぼす。


「っ、そうか! 梅神様なら、助けてくれる…」


 その声に弟も納得したように反応し、肩を差し出して片脚を引きずる兄と共に北西方向の路地へと進もうとする。


「な、待って! そっちは火の進むのと同じ方角だ!」


 井丸が言うように、ここから東に見える火の海の中心は、風向きに従い、北に広がる森へ向かってその勢いを増しながら広がっている。

 千蔭ははっとして村人の動きを見る。

 多くの者は風下である南の方角へと向かっているが、幾人か、__特に身体の一部を負傷した人々はそれとは真逆の方角へ足を動かしていた。


(…まさか。…いや。もし、そうだとしたら)


 千蔭の脳裏に一つの最悪の可能性がよぎった。


「井丸! 南は人が多く集まっているはずだ。そこの指揮を任せる」

「了解です! 小隊長は」

「私は北側の対処に。…この場は任せた」


 兄弟を制する井丸を横目に、千蔭は少女と出会った森へと再び走り出した。





「村長! か、火事です…!! 大規模な火災が村で発生しています!!」

「なんだと…? 出火場所と原因はっ!?」

「村の集会所から原因不明の出火です! 村の中心部のため被害が甚大になる恐れが…!!」

「くっ…! 手の空いている者は、とにかく神社の周囲で火消しに当たれ!!」


 老人は周囲に鬼気迫る表情で指示を出しながら表へ出る。

 民家の集中する方向から赤く染まった煙が立ち昇り、いつもは静寂に包まれる森にまで喧噪が届いている。

 こんな大規模な出火が、なぜ集会所から。こんな夜更けに集会所に出入りする人間はいるはずがない。


(まさか、朔望(さくぼう)の…?)


 今夜普段と異なることといえば、隣国の軍人が宿泊していることだけだ。彼らの謀の可能性もある。

 そんな素振りは見せていなかったが、もしこの村の神の力を彼らが知っていて、それを狙って騒ぎを起こそうとしての火災だったら__。


(…いや、しかし。同盟国とはいえ、異国でそんな大胆な策を講じるほど愚かではないはず)


 老人の脳裏に隊を率いていた年若い青年が浮かぶ。

 今夜、原因不明の村火事が発生したとして、真っ先に犯人の容疑がかかるのは余所者である彼らの方だ。そんな危険は冒さないだろう。

 とはいえ__。


「…梅神様は? どちらにいらっしゃるのだ」

「はい、ただいま確認をとりに巫女を遣わせておりますが…」


 すべて聞き終える前に、老人は社務所から出て本殿へと早足で向かう。

 軍人たちが神を狙うという可能性は限りなく小さい。しかし、不安が胸に渦巻いて老人の鼓動を早めていく。

 

「梅神様!!」


 正面の木製の扉を勢いよく開く。

 呼吸を乱したまま、薄暗い本殿の中をのぞく。


 その中心には、完璧な神の姿があった。


 存在に安堵した老人は、整えられた神の装いに目を向ける。普段ならば参拝時間を終えたこの時間帯に、支度をしているはずがない。それなのに__。


「う、梅神様…? もしや…」


 感激に震えるしわがれた声に、神坐におわす存在はその頭を小さく縦に振る。

 その澄んだ瞳が捉えるのは、老人ではなくその先。__遠くで燃え盛る炎と、扉の先の参道に現れ始めた村人たちだった。


「あぁ…!! 素晴らしい…っ!!!」

 

 この神は、すべてを見通している。

 もはや、()()()()()()()の影なんてものはない。

 顔色一つ変えずに、淡々と村人に慈悲を与える完璧な存在。


 ああ、これが人間を超越した神の至る境地。ひとつの欠点もなく、我々を導く尊き存在__!


 暗い室内の壁には、天を仰いで涙をこぼしながら高笑いをする老人の影が大きく写し出されていた。

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