【第12話】出会い(4)
取り乱した梅雪に、青年は何も話さずに傍にいてくれた。
大分落ち着いて話せる状況になったが、どんな顔を見せればよいのか分からず、俯いたまま外套の内から顔を出す。
「…もう、大丈夫なのか」
「はい、申し訳__」
「謝る必要はない。ただ、その…こちらも悪かった。いきなり刃を向けたりして…。未だに信じがたいが、君には不思議な力があって……私のためを思って傷を治してくれたのだろう?」
力の存在を再確認しようとする青年の言葉に、どう答えれればよいか戸惑う。
その梅雪の様子を見た青年は、返答を迫らず、ゆっくりと自分について話し出した。
「私は、朔望国の香月千蔭という者だ。軍に所属していて、今日はこの国での任務帰りに村に泊まることになっている。…君は?」
「……氷野梅雪と申します」
「み、ゆき…? 字はどのように書く?」
「梅に、雪…です」
久しぶりに、人間としての自分の名前を名乗った。
梅雪はそのままの勢いで神妙そうな面持ちの青年に告げる。
「どうか、今夜の事はすべて見なかったことに…。そして誰にも話さないでください。……それが、千蔭さんと私のため、になります」
「……わかった、約束しよう」
必死な梅雪の懇願に、千蔭は釈然としない様子を見せつつも、首を縦に振る。その言葉に胸を撫で下ろした梅雪は、いくらか緊張が解け、改めて目の前にいる彼の姿を見つめる。
白磁のように滑らかな肌。
淡い月光を閉じ込めたような薄い白金色の髪。
誠実に真っ直ぐこちらを捉える紫みを帯びた瞳。
彼が軍人であることを証明する均整のとれた上背のある体つき。
(香月千蔭さん…)
限られた村の人々としか交流をしてこなかった梅雪からしても、彼が凛とした美しい容姿を持つ人物だということは理解できた。
それに容姿だけではない。これまでの会話から、彼が誠実な心を持っており、決して悪い人間ではないことも。
(……村の外にはこんな方もいるのね)
香りのない梅の花弁が、沈黙が流れる二人の間に舞ってくる。
「……約束はする。だが、他の者には決して言わないから、一つだけ教えてほしい」
千蔭が真剣な表情で口を開いた。
何を聞かれるのか。少しばかり緊張する梅雪は息を呑む。取り乱した梅雪に真摯な態度をとってくれた彼には、できればこちらも誠意を見せたい。しかし、この村のために、そして脳裏にちらつく祖父の影のために、答えられることと、答えられないことがあるのだ。
「梅雪。君は__」
その千蔭の言葉を遮ったのは、けたたましく鳴り響く鋭い鐘の音だった。
<カン、カン、カン!!!>
警鐘の音は、森の先にある村の中心部から聞こえてくる。
「…? 何だ、この音は…」
「村に何らかの危機が訪れたときに鳴らされる鐘です。こんな時間に何が…」
胸騒ぎを覚えた梅雪は千蔭を引き連れ、森の中でも小高く、周囲が見渡せる場所へと早足で移動した。
(な、に…? これは)
村の中心部__民家が集まる方角を見渡すと、火の粉を散らして闇の中の家々を轟轟と包み込んで燃え盛る炎の海が出現していた。
見たことのない村の様子に目を見開く梅雪の横で、千蔭は冷静に状況を判断していた。
「火災の規模が大きい。…急がねば」
唸る炎を映す千蔭の瞳は、即座に覚悟を秘めた色へと変わる。
「危険だから、あなたはここに」
その言葉を残して、一人の軍人は濁った赤色に夜空を飲み込む熱気の方向へと駆けていった。




