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【第9話】出会い(1)

(…今日は満月ね)


 月に照らされて青く輝く泉の中。

 泉を覗き込む姿勢で後ろで結われた長い髪を解き、肩にかかったそれを払うために頭を上げた梅雪(みゆき)は、自分の孤独を見透かすかのように静かに輝く月の光に魅入られていた。

 夜空に浮かぶその白い光だけは、村人と少女を区別することなく平等に照らしてくれる。

 その変わらぬ姿に安堵を覚えつつ、僅かな希望にさえも喪失の影が差した少女の心からは、その安堵感すら髪から水が滴るほどのひと時の時間で霧散してしまう。

 

 濡羽色の髪に櫛を通し続けて俯く頬から、熱を帯びた雫はもう落ちてこない。

 涙の流し方は、とうの昔に忘れてしまった。

 代わりに、夜に冷やされた泉の一部が少女の身体を包み込み、その動きによってつくり出された波紋から__黒が滲み出す。


 透き通るような青い泉に座る少女を中心に、墨のような靄が広がる。

 靄は下流へと流れ、天の川とは対照的な漆黒の道を描いてゆく。

 その道の発端は、長く黒い泉に揺蕩う少女の髪先。

 少女の頬から頭の先にかけて垂れる一束からは染粉が落とされ、__絹のような白い輝きを放っていた。

 



 ___パキッ。





 小枝の折れる音。

 振り返って視界に入ったのは、見知らぬ青年の姿だった。




「……っ!!!」

「っ! す、すまない…!!」


 見られてしまった。

 どうすれば。

 なぜここに人が。

 とめどないない困惑に思考が支配され、肩が震える。

 村の者にこの髪を見られるなんて、そんなこと、あっては__


「……本当にすまない。ただ、少し聞きたいことがあるのだが」


 沈黙を破った青年の声に、思考が引き戻される。

 その声の持ち主は、こちらに背を向けて木の後ろに立っているようだった。

 そこで、木の陰から僅かに見える彼の身は、軍服のような服装を身に纏っていることに気づく。


(村の人では、ない…? もしかして)


 __隣国の。

 今朝、祖父が言っていた言葉を思い出す。

 そういえば、服装だけではなく、彼の梅雪に対する口調も村の者とは違い、仰々しくはない。

 彼はおそらく、隣の国、朔望(さくぼう)から来た軍人だ。


 白髪を見られたのが村人ではないことに安堵する。村の外から来た彼にとって、梅雪は偶然居合わせたただの村娘にすぎない。

 いくらか心を落ち着けて青年を捉えられるようになったが、背を向ける彼は続く言葉を発さない。

 そこで、梅雪は自分の身体に視線を落として気づく。髪にばかり気をとられていたが、今の自分は濡れた衣を纏っているのだった。

 肌が透けるほどの薄さではないが、水浴びをしたままでは会話を続けられない。彼は梅雪の準備ができることを待っているようだ。


 青年に背を向けた梅雪は、水辺の傍に置いた籠から布を取り、体にまとわりつく雫を拭い、濡れた衣の上から温かな羽織を着た。その一連の動作の間、青年が動く気配はない。


「…こんなところに、どうされたのですか」


 羽織を着終えた梅雪が口を開くと、青年はようやく顔をこちらに向けた。

 

「……実は道に迷ってしまって。すまない、こんな森深くに人がいるとは」

「……ここは神社の裏手。関係者以外は本来立ち入ることができない場所です」


 梅雪は南の方向をすっと指でさし示す。


「…道はできていないので足元は悪いかもしれませんが、こちらの方角に真っ直ぐ歩いていけば、森を抜けることができます」


 彼の素性を探ったり、こちらの情報を受け渡したりする必要はない。

 ただ、ここを去るよう青年に促す。

 夜は境内を巫女たちが見回っていることが多い。村の外の人間であろう彼がこの辺りをうろついているところ、ましてや梅雪と一緒にいるところを見られては、あの祖父がどんな行動にでるか分からない。そう考えて神社の入口へ戻る道は勧めなかった。


「ああ、ありがとう。…失礼した」


 自分を神として扱わない、そんな彼の口調に昼間の友人を思い出してしまいそうになる思考を振り払いつつも、梅雪はこちらを詮索しようとせずに去ろうとする彼の姿に安堵した。


 せめて方向を間違わぬよう、彼の姿が見えなくなるまで見送ろうと考える。

 そこで背を向けた彼の首筋に、__包帯が巻かれていることに気がついた。


「あの」


 梅雪の小さな呼びかけに、青年が森に割って行こうとした足を止める。


「…怪我をされているのですか」


 考えるより先に言葉が出てしまった。

 長年、村人たちの傷を癒してきた梅雪にとって、怪我をさせたままで人を帰さない、という思考は体に染みついていたものだった。


「…そうだが。手当はしてあるから問題はない」

「少々、おまちください」


 手早く籠の中から簪を取り出し、水にぬれて重たい髪をまとめてから彼に告げる。


「……ついてきてください」

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