まぁ、よくある話です
「お前を愛するつもりはない」
思うけれど、誰が愛して欲しいと言いましたか?
政略とはいえ、愛はあることに越したことはないけれど、初夜に言われてその後愛せるとでも?というか、そういう事はもっと早く言え!
「お前を愛するつもりはない。」
政略結婚の初夜で夫となった男に告げられて、ガツンと頭を殴られたような心地がした。
別にショックを受けたわけではない。
いわゆる、前世を思い出したというやつだ。
「うわぁ……。」
はっきり言って引いた。
すぐさまベッドサイドに置かれたベルを、鷲掴みにして、思い切り上下に振って鳴らす。
リンリンリンリン!
煩いっ、と文句を言われたが、知ったことではない。
ノックをする間も惜しんでか、すぐに勢い良くドアが開けられた。
「お、お呼びでしょうか!!」
「今!すぐにお義父様とお義母様をお呼びして。」
「しかし、こんなお時間に……」
戸惑う侍女ににっこり笑う。
「お願いね?」
圧を掛けて有無を言わせず部屋から追い出せば、唖然としていた夫が復活したようだ。
「こんな時間に父と母を……しかも、呼びつけるとは、君はどれだけ非常識なんだ!」
忌々しげに吐き出す姿を蔑んだ目で見て、小さく鼻を鳴らす。
「あなただけには、常識を語られたくないわ。」
それ以上この場で言うことはない。義父母が来るまで口を開くつもりはなかった。
「それでどういうことだ。」
それほど遅い時間では無いとはいえ、息子に嫁いで来たばかりの嫁が呼び出したこの家の主人は不満そうに眉を寄せる。
「……お前を愛するつもりはない、と言われたのですが、これはこの家の方針ですか?」
「……は?」
「君、父上たちに余計な事を言う必要は無いだろう!」
隣に座った夫になった男は、理不尽だと言いたげに叫ぶように言いながら立ち上がる。
その姿をちらりと見て、呆れたようにため息を吐き、首を振った。
「お義父様方はこの人に政略結婚の根本的な意味を教育されていない、と?」
この国での貴族同士結婚は、子孫繁栄が前提である。
――国の結界維持には、魔力を持つ人間の数を一定数保つ必要があるからだ。
「それは貴族として生きる為の基礎中の基礎だ。教えぬわけがない。」
「……体質上の理由でそれが叶わぬこともありますが、そういう場合には相応の役割はございます。が、政略結婚をするにあたっては、その根本的な意味を果たせぬ者同士を組み合わせることはありません。」
ね?と義母に視線を送れば、もちろんと同意を得られた。
「それで、この馬鹿息子が『お前を愛するつもりはない』の発言をしたとのことね?」
「ええ。……学園で聖女様にまと、つき…ともかく、聖女様と四六時中共に過ごしていた殿方に愛を乞うような者は私たちの中にはいません。」
頭痛を堪えるように額に手を当てる。
その言葉が気に入らなかったのか、立ち上がったままだった夫は乱暴にソファへ座り直した。
「貴族として生まれたからには、貴族との結婚は確かに義務だ。君たちは私たちの誰と結婚をするか争っていたのだろう?」
嘲るような声でこちらを睨むので、喧嘩を売るつもりで哀れむような視線を返した。
「どなたと結婚するのが一番マシなのか、と。……私は外れを引いた方ですね。それに、聖女様の愛の無い婚姻をするなんてお可哀想っなんて、殿方たちに向けた戯れ言に喜ぶ姿を見て、義務がなければ誰が結婚なんて……。」
「聖女の慈悲深い言葉になんて心ない事を。」
不愉快そうに眉を寄せるので、堪えきれずに鼻で笑う。
「お可哀想なのは、お互い様ですよ。それに、女は愛してもいない男の子どもを命懸けで産む。しかも妊娠中は負担も大きい。……庶民の方に比べれば貴族は恵まれている方ですがね。」
「はぁ?」
「それでも、庶民の方は愛する方の子どもを産める事が多いものね……。」
ふぅ、とため息を吐き出す義母に、何を言っているのか分からない、という顔を夫がする。
「愛情を育むつもりが無い馬鹿息子。我が子ながら情けないわ。」
「母上、この人たちは聖女に極悪非道な行いをしたのですよ?!愛せるわけがないでしょう!」
いわゆる殿方になれなれしく~的な注意だろうか。知る限りは物を壊したり、よく言う階段から突き落としたりはあり得ない。
ちらりと義両親がこちらをみるので、こてりと首を傾げて瞬きをする。
「極悪非道というと、生爪を剥いだり耳を削ぎ落としたりとかでしょうか?」
「恐ろしい事を言うな!彼女の物を壊し、全員で無視をしたり……果ては水辺に突き落としたりと聞いているぞ!」
「生ぬるい……。そんな中途半端な事をしてどうなさるのです?あの娘を排除したいならば、騒がれる前に消すことが出来る方はいくらでもいた筈ですよ。」
にっこりと微笑んでみせれば、何故かぶるりと震えられた。
「聖女だぞ!」
「あんなマナーの欠片も持ち合わせていない少女……。聖魔法が使えるだけです。聖女にしか倒せない魔物がいるならともかく教会のマスコットキャラクターに殿方は夢を見すぎですわ。」
義母が扇子で口許を隠して肩を震わせている。
義父はその姿を呆れた目で見てから、息子へ視線を移す。
「……それで、お前は離縁を希望していると言うことか?そういうことは、婚姻を結ぶ前に言うべきだぞ?」
「どうしてそこで息子の意思を確認するのですか。この馬鹿息子の妻になってしまったこの子がどうしたいのかをまず聞いて下さらないと。」
「いや、別に息子を優先したつもりは……。」
「ですから私は、」
己の主張がしたいらしい夫(暫定)が声を上げる。
「婚姻とは契約ですよ、旦那さま。それとも聖女さまがお助けくださるのですか?」
どうせ離縁を言い出すだろうと踏んで、釘を刺す。
自分とて初夜に馬鹿な事を言い出す夫など願い下げだが、この世界での離婚は難易度が高いのである。
「彼女に迷惑はかけられぬ。」
「ならはじめから、あんな言葉を吐くべきではありませんよ。本当に浅はかな旦那さまですね。」
「君に勘違いされては、迷惑なだけだから、あれぐらい当然の言葉だろう。」
むっとした顔で言われて、思わずため息を溢した。
「貴方を好いていると勘違いすような努力をした私に感謝していただきたいわ。いまとなっては、触れられる事すら嫌悪しますけどね?」
「では仕方ない。結婚相手は次男とすげ替えよう……。」
うん、名案だ。そんな顔で告げた義父に、義母は小さく肩を竦める。
「貴方はその大好きな聖女にでも、子を産んで貰いなさいな。貴族の義務ぐらいご存知な筈ですよ。責任は取って頂かないと。ねぇ?」
「まぁまぁ、お義母様。そんなこと無理だと思いますよ?今日までこの結婚に意義を唱えられるような精神を持っていないのですもの。挙げ句、自分より弱いであろう妻に向かって、初夜に愛するつもりはない、なんて告げるような殿方ですから。」
はぁ、と疲れたようにため息を吐き出せば、義母はくすりと笑う。
「容赦のない子ね。いまはまだ貴女の夫でしょう?」
「不本意ですが。……あぁ、そうだ。もし、貴方ではなく、私が先に貴方に愛されるつもりはない、と発言したらどうされましたか?」
愛するつもりはない、との愚かな発言は男からされている物語しか知らない。
「どういう意味だ。」
「初夜に女から……己が言う前に先に言われたら、どうされたのですか、と聞いたのです。」
「そんなもの……これ幸いと、」
訝しげに眉を寄せて言う夫に、くつりと義父が笑う。
「どうだろうな。息子もご立派にプライドは高い方だ。情けない事に女性を下に見ている。最悪、君の意に沿わぬ事をしたかもしれない。」
「……とても不本意ですが、それも嫁いだ者の義務ですから。言っておいて何ですが、それこそ先にこの人との閨は無理だと、嫌だと意思表示をしておくべきかな、と思います。初夜よりも前に。」
それが通らないにせよ、と付け加えれば、夫は妙な顔をした。
「ところで、聖女さまのご慈悲に従って、離縁いたしましょうね?」
物語みたいに『愛するつもりはない』の発言からの溺愛なんて、期待するものではないし、万が一あったとしても、冗談じゃない。
「……聖女さまの意思、と強調すれば、次男との婚姻にすげ替えは容易いだろう。」
「ご次男のご意志は?」
流石に巻き込まれは気の毒だと思うが。
「それこそ……物語のように、ね?」
にっこり笑う義母に驚いて目を丸くしたが、すぐに横を向いて、うわぁと呻いた事は反省しない。
一応、初投稿となります。
色々、拙いところだらけだし、終わらせ方が分からんってなってます。設定などもよく分かっていないので、徐々に直せたらと思ってます。




