短編まとめ
【オレグ17歳 ― 初恋と別れ】
第二騎士団が遠征で立ち寄ったのは、北の城塞都市だった。
高い石の壁に囲まれ、戦時でも籠城して戦えると住民が誇る街。
外から見ても、武骨な城壁が空を覆い、城門は幾重にも守りが施されていた。
宿舎代わりに借りた宿の前で、オレグは子供たちに取り囲まれた。
「お兄ちゃん!騎士なんでしょ?剣見せて!」
「馬!馬に乗せて!」
無邪気に笑う子供たちに、彼は剣を抜いて見せたり、石蹴り遊びに混じったりした。
いつもは無表情のまま剣を振るう彼が、わずかに口元をほころばせていた。
その中で一人、宿屋の娘がいた。
亜麻色の髪を三つ編みにし、年はオレグと同じくらい。
子供たちの遊びを笑って見ていて、やがて彼のそばに近づいた。
「ここは大丈夫よ。私たちは戦える街だから」
そう言って胸を張る少女に、オレグは短く答えた。
「そうか」
「だから、また来てね」
にっこりと笑った少女が、別れ際に彼の頬へ小さく唇を寄せた。
一瞬固まるオレグ。
だが拒むでもなく、ただ無表情のまま視線をそらして歩き出した。
心の奥で、ほんの少しだけ温かなものが芽生えていた。
――それが最後だった。
数か月後、彼らは別の戦場から帰還する途中、その都市が滅ぼされたと知った。
援軍を求めず、自力で籠城戦を選んだ結果、街は炎に包まれたという。
慰霊のため第二騎士団が訪れたとき、そこには焼け落ちた壁と瓦礫しか残っていなかった。
「……むごいな」
仲間たちが声を詰まらせる中、オレグは花束を一つ、崩れた街の広場へ置いた。
---
オレグは花束を投げ入れたあと、静かに立ち尽くしていた。
燃え残る瓦礫の街を見渡す目には、悔しさも怒りも映っていない。いつもの無表情のまま。
けれど、彼の指先がそっと頬を撫でた。
かすかに触れたあの少女の、柔らかな唇の感触を思い出すように。
声を上げることもなく、ただ黙祷のように短く瞼を閉じる。
「行くぞ」
イーゴリの声が背後から響く。
命令と、そして敵を討つ決意を込めた一言。
「はい」
オレグは即座に応じる。その瞳には、冷たい光と強い意志が宿っていた。
恋は終わった。
大切な人はつくれない。改めてそう思う。
まだ――十七歳だった。
【オレグ18歳、奔放の時代】
戦場から帰ったその夜。
鎧を脱ぎ捨て、汗で額に貼りついた亜麻色の短髪を乱暴にかき上げたオレグは、無言で立ち上がった。
まだ18歳、少年の面影を残しつつも、目に宿る光は鋭い獣そのものだった。
「……行くぞ」
それだけ告げ、迷いなく娼館の暖簾へ向かう。
「えっ!? オ、オレグさん、い、いまからですかっ!? 血、まだ……」
慌てて追うパーヴェルは15歳。
背丈だけはひょろっと高いが、耳まで真っ赤にして声を裏返していた。
「血が滾って眠れん」
短く返すオレグ。その灰色の瞳に一切の迷いはなかった。
——
娼館に入ると、常連の騎士たちがぞろぞろと奥へ消えていく。
オレグも受付で金を払い、挑発する娼婦に腕を取られる。
汗で乱れた短髪の隙間から、熱を帯びた首筋が覗いている。
女が冗談を言う暇すら与えず、彼は黙ってそのまま奥へと消えていった。
——
残されたパーヴェルは待合室に座り込み、そわそわと湯気の立つ茶を受け取る。
「ふふ、可愛い子。遊んでいかないの?」
娼婦が笑って寄ってくる。
「い、いえ……僕は……」
必死に首を振り、目を泳がせながら視線を逸らした先にチェス盤を見つける。
「……あ、あの。チェスとか……やりますか?」
気づけば娼婦と差し向かいで駒を並べていた。
「なんでお前は女の膝の上じゃなくて、チェス盤見てんだ!」
酔った騎士たちが爆笑し、酒を吹き出す。
——
やがて奥から戻ったオレグ。
亜麻色の短髪は汗と指に乱され、襟元からは赤い痕が覗いている。
灰色の瞳にはまだ熱が残り、息も荒い。
彼は受付に無造作に金を放り、剣帯を締め直すと一言。
「……帰るぞ」
「は、はいっ!!」
チェス盤を慌てて片付け、顔を真っ赤にしたまま後を追うパーヴェル。
——
二人の背は、ひどく凸凹だった。
片や血と女にまみれた奔放な獣の騎士。
片や茶とチェスで夜を過ごす、情けない長身の少年。
だが――この奇妙なコンビが、後に第二騎士団の突撃隊長コンビと呼ばれるようになるのは、もう少し先のことだった。