腹黒な羽衣石さんは一目惚れをする
「あいつがいなければ!!!」
「くそ、なんであんな奴があの方と話してるんだよ!!!」
「いなくなればいいのに!」
―――――――
今は夜も更けているような時間帯。
『羽衣石家』の屋敷の中の一部屋こと羽衣石千代の部屋は叫び声が響いている。
その声の主こと羽衣石千代はこの羽衣石家の次期当主だ。世間の彼女の評価は品行方正、文武両道、眉目秀麗などの言葉が囁かれるような人物。黒髪ショートヘアーで目鼻立ちも整っていることもあって、男性からのアプローチは後を絶たない。
でも、彼女の心を射止めるような男は未だに現れることなく、高校1年生まで彼女に彼氏と呼べるような人物はできなかったのだ。
そして今日は高校入学式。羽衣石千代も入学式には参加したが、そこで彼女は運命の出会いと呼べるような人に出会ったのだ。その出会いは彼女を少しずつ変えていく。
――――――
『一目惚れ』というのは避けようがない。
なぜなら、その人物を見た瞬間に恋に落ちてしまうのだから。
私は一目惚れなんかしないと思っていた。羽衣石家の次期当主の羽衣石千代こと私は様々な男と今まで会って来た。
世間一般で言う所のイケメンという部類に属している人たちと会って来ましたが、私の心を動かせるような人物とはお会いしなかった。そしてそれ以上に私にとって『男』という生物が生理的に好きではない。それは私の容姿が整っていることもあって、多くの視線に晒されることもあるが、何より私に気に入られるようとしているところを含めて嫌いだ。それは実の父親であっても同じだ。
あんな男のことを父親と認めたくはないが、血縁関係上は父親ということになるのだから仕方ない。私は物心ついてからあの人のことを父親と思ったことがない。
なので、一目惚れをするなんてあり得ないし、天変地異が起こったとしても、窮地に陥ったとしてもしないと思っていた。
だけど現実は……ある男子生徒に一目惚れをしてしまった。
彼を見たのは入学式の時。それぞれクラス分けされ、二列になって並ぶことになったのだ。その時に私の隣になったのが彼だった。
そこで私は…彼に一目惚れをした。
それからは壇上の上で話している生徒会長の話や校長の話など耳に入ってこなかった。
だって私の意識は隣の殿方に全て注がれているから。たまに彼も見られていることを不思議に思ったのか、こっちに視線を送って来ることもあった。でもその度に視線を逸らしてしまう。今までこんなことはなかったのに、どんどん体温が上がっていくのが自分でも分かる。
入学式が終わって教室に行くと、これからの学校生活に対しての説明が行われた。
もちろん、その話の間も私は彼の方に視線を向けた。最初の席は名前の順らしく、私の席は教室の出入り口側で前から3番目の席だ。彼の席は真反対で窓側の1番前の席。私としてはもっと近い席になりたかったですが、それはまた今度の機会にしましょうか。席替えの時にでも上手い事すれば彼と近い席になるなんてそんな難しいことではないでしょうしね。
話もそこまで長く、今日は解散することになりました。担任の先生が出て行くとすぐに私のところに人だかりができる。これは今までの人生で慣れていることなので変に驚くこともない。いつもなら適当に相手をしているが、今日はそういうわけにはいかない。
あの殿方とお話したい。
そして視線を彼の方に向けるとそこには隣の席の女と会話をしていた。
それを見た時に私の中に邪悪な何かがモヤモヤと何かが生まれた。
私が話したい殿方と女が話している。その事実がどうしても許せないし、あんな女より私の方が魅力的だ。
何で勝負しても絶対にあの女よりもいいはずなのに……
なんであなたはその女と話しているの。
私のところに来てくださらないの。
正直、私としては解散した直後にあの方が私のところに話に来てくれるものだと思っていた。今までの男という生物はそうだったし。でも、そんな彼は私のところに来てくださらず、他の女と話している。
「な、なんで…私じゃないの」
誰にも聞こえないような声で呟いた。
それから私は周りを囲んでいる男たちを含めて、上手く仮面を被って会話をした。羽衣石千代という人間は誰に対しても優しいという印象を与えるために。
本心ではすぐにあの方とあいつの間に行って、引き裂いてやりたい。あの方と話すのは私だから。
でも、それを羽衣石家の次期当主であることが許してくれない。
あの方は私が他のゴミたちに相手をしている間に教室から出てしまった。その時、もちろん隣の女も一緒に出て行ったので自然と舌打ちをしてしまった。
そして家に帰って自室に籠って思い出すのはあの方のこと。
私が初めてお会いした素晴らしい方。たぶん、この気持ちが『愛』というものなんでしょうね。少し前に友人と話した時に「愛っていうのはね、その殿方のことを考えると顔が熱く成ったり、将来を添い遂げたいと思ったりするもの」と教わった。その友人は漫画や小説などで学んでいるらしく、私よりも色々なことを知っている。
「これが愛ですか。なかなかいいものですね」
あの話を聞いた時は『愛』なんてあるのかしらとか、そんなの私と無関係と思っていましたのに。
「愛していますよ」
そこで私は思い出した。私はまだあの方のお名前を知らない。担任の先生が明日自己紹介をすると言っていたので、その時でも分かるでしょう。羽衣石家の力を使って調べさせることも出来るが、名前は明日のお楽しみにしましょうかね。
あの方の側に居るのは私のはず
それなのにあの女は堂々とあの方の隣に陣取っている
。
それがどうしても許せなくて、憎悪がどんどん膨れ上がっていく。
今までも誰かを憎いと感じたことは星の数ほどあるけど、今回の憎悪は今までの憎悪と比べ物にならないほど大きい。
私の殿方を奪おうとする雌。
人の想い人に手を出そうとするクズ。
そんな奴を私は許さない。
どんな手を使っても私はあの方を手に入れる。
そしてそれが決して許さない行為だとしても今の私には関係ない。
今の私にとって全てはあの方だけなのだから。