201年目、期待はここにあり
長命種 ミレアの民。
1000年の寿命を持ち、そのほとんどを“青年の姿”で生きる彼らを、人はいつしか「死から最も遠い存在」と呼ぶようになった。
だからこそなのか、彼らは“死”にこそ価値を見出し、むしろそれを生きがいとして暮らしていた─────
───朝、リオノアは久しぶりに戻った幼い身体を支えながら、ゆっくりとベッドから身を起こした。
この姿になるのは3度目だが、それでもやはり最初は慣れない。
脳と身体の感覚がずれていて、自分が自分でないような違和感が残る。
──もし頭まで幼くなってしまったら、それはそれで厄介だが。
そう考えると、まだマシなのかもしれない。
「……腹が減ったな」
昨日よりも何段か高くなった声でぽつりとつぶやく。
元の身体ではほとんど感じなかった空腹が、今では暴力のように襲ってくる。
小さくなった分、代謝でも上がったのだろうか。
この身体───7、8歳の子どもの身体というのはこんなものなのか、といつも疑問に思う。
情けなくもリアルな生への実感が、嫌でも湧き上がる。
「とりあえず何か……少し前に作ったパンの残りがあったかな」
家の中。朝の光が差し込む台所。
窓の外では風が枝を揺らし、細かな葉が散る音が微かに聞こえる。
リオノアは粗末な木の椅子に腰かけ、冷えたスープと固くなったパンを齧る。
彼自身のお手製だ。
味は───まあ置いておこう。
人気のない、街外れ。
誰も好んで近づかない、風の音ばかりがうるさい高台の上に建つ古い家。
そこがリオノア自身が作った、彼の家だった。
この100年──リオノアは、人との関わりを徹底して避けてきた。
最初の“呪い”を受けた百年は、それはもう、人の想像をはるかに超える苦痛の連続だった。
死ねない身体で、死ぬほどの苦しみを抱えながら、なお生き続けるという地獄。
そして2度目の100年。
リオノアはもう、何も感じたくなかった。
感情を閉ざし、記憶も意識も薄めるように、ただ眠り続けていた。
しかし──今、目覚めたこの朝。
リオノアは、自分の中にある“ある感情”に気づいていた。
……旅を、したい。
唐突に湧いたその衝動は、自分でも意外だった。
けれど、それは確かに、心の奥でゆっくりと灯っていた。
一度目は、恐怖に満ちていた。
二度目は、虚無に支配されていた。
そして今、三度目の目覚めに抱いたのは──
言葉にしがたい、けれど間違いなく“期待”と呼べるものだった
「馬鹿なことを考えるな」と、経験を積んだ脳が制止を試みる。
だが、小さくなったばかりのこの好奇心旺盛な身体は、それを軽々と無視した。
ベッド脇の古い箪笥の中から、昔よく着ていた旅装を引っ張り出し、袖を通す。
かなり大きめなその服に包まれながら、リオノアは鏡の中の“若き自分”に向かって、わずかに口角を上げた。
──外へ出る準備は、整った。
もちろん、深く人と関わる気など毛頭ない。
ただ、自分ひとりのための旅をすればいい。
昔、ほんの少しだけ嗜んでいた魔法を本格的に学び直してもいいし、今はどうにも上手くいかない料理を極めてみるのも悪くない。
あるいは、どこかの酒場で一期一会の語らいを楽しむのも──案外、悪くないかもしれない。
二度目の人生が、あまりにも退屈すぎたせいだろうか。
昨日までの痛みや倦怠を、リオノアはもう思い出せない。
幼い体を軽く跳ねさせながら、スキップする足取りは軽やかだった。
慣れないはずの身体なのに、不思議と、どこまでも軽い。
……何でもできる気がした。
そして、それが嘘ではないような気さえしていた。
リオノアは家の扉に手をかけ、ぎい、と音を立ててゆっくりと開けた。
強い風が吹き込んできて、白いシャツの裾を揺らす。
太陽は眩しいほどに照っており、彼は思わず目を細めた。
高台の家。リオノアの家。
かつての友人すら訪れなくなったこの静かな場所で、リオノアはひとり、長く眠り続けていた。
玄関脇、目立たぬ場所にぽつんと立つ、小さな石碑へと視線を向ける。
そして、ぽつりと呟いた。
「行ってくるよ」
それは誰に向けた言葉だったのか。
あるいは、ずっと昔の友に。
あるいは、今の自分に。
そうして、リオノアは歩き出した。
新たな百年を、今度こそ意味のあるものにするために。