また、この身体にて
─痛い。熱い。苦しい。
月明かりにぼんやりと照らされた部屋の一角。
私は額に汗を滲ませ、この世のものとは思えぬ痛みにもがき苦しんでいた。
3度目だ。
3度も味わえば鈍くなるかと思っていたこの痛みは、むしろ深く、悲しみを塗り重ねてくる。
酷いストレスだろうか、この数十年で色を失った私の髪が視界に映り込む。
無機質な白銀。遠目で見れば美しいとさえ言われるが、近くで見るそれは、生気を失った枯れ枝のように感じられる。
私の白髪に宿るのは、気品ではなく疲弊だ。
だが今、それ以上に私を深刻に思わせるのは──私の身体だ。
骨が軋む。内側からねじ曲げられるような、奇妙な圧迫感。
骨と肉が噛み合わず、ギシギシと音を立て縮小していく。
はめていた指輪がカランと落ち、か細くなった指に冷たい空気が触れる。
少し筋肉の付いた腕は頼りなくなり、袖口から除く手首は小さい子供のように細くなる。
着ていた服はだぶつき、まるで誰かのものを借りてきたかのように、肩にすら引っかからない。
この痛みほど″呪い″と言う言葉が合うものは無いだろうと思わせてくる。
100年をかけて、ゆっくりと歳をとり、そしてその果てに───また全てが巻き戻る。
私は時間の檻に押し戻され、幼い体の中に閉じ込められる。
待ち望んだ終焉が目の前ですり抜け落ちていく。
救いは何も与えられず、ただ、また100年生きよと命じられる。
そして、小さくなる私の身体に比例するように、周りは私のことをパタリと忘れてしまう。
私を知る人々の記憶から、″私″という存在そのものがこぼれ落ちていく。
顔も、声も、名前さえも──私だけが、全てを覚えている。
それがどれほど残酷か、想像できるだろうか。
目の前の仲間たちは、私の手を握り、笑い泣いたあの日のことを忘れ、私に微笑む。
「君の名前は?」などと聞きながら。
生きることを許され、進むことは許されない。
ただ忘れられていく。
これは私に対する罰なのだ。
私が犯した禁忌に対して下された、優しさの欠片もない″正しき裁き″───
───先程まで異常な程の痛さで悲鳴をあげていた身体の痛みがやっと引いていく。
まるで嵐が過ぎ去った後のような静けさだった。
息ができる。それだけのことが、どうしようもなく哀しかった。
荒い呼吸をゆっくり整える。
力が抜けた指先が震え、汗が床にポタリと落ちる。
手のひらを見ると、爪が食い込む程強く拳を握りしめていた事に気づく。
「……終わった」
けれどそれは始まりであった。
私の体と時間は振り出しに戻る。
深く吐いた息と共に、また小さく戻った身体へと視線を落とす。
部屋の隅にあるホコリを被った古い鏡の中に写る私は、勝手に引っ張り出して、似合わないブカブカの服を着た、悪戯好きの子どものようだ。
いや、今の私の姿は″子ども″なのだから皮肉にも似合っているかもしれない。
「うん、またこの身体ね……」
わざとらしく、感情をなぞるよう口にしてみる。
前にも同じ言葉を言った記憶がある。
変わらない台詞。変わらない身体。変わらない痛み。
変わらない、私。
毎回新鮮な苦しみをありがとう。
″呪い″というのは、サービス精神旺盛らしい。
本当に、律儀で熱心で、大したもんだ。
これが寿命を伸ばすご利益なら、宗教にでもしたくなる。
だが笑えない。
何もかもが元通りになる度、私の中の何かが壊れていく。
100年の歩みが、たった一瞬の痛みで無に帰る。
育った体も、積み重ねた時間も、ようやく得た絆すらも、私のこの見た目とともに消えていく。
人は言う。
「歳をとることが怖い」と。
私に言わせれば、″歳をとれないこと″こそが、何よりも恐ろしい。
あと何度繰り返すのか。
分からない。知りたくもない。
これが永遠ならば、私はいつまで同じ地獄を見せられるのだろう。
次の100年、何を失い、何に縋って、何をまた……忘れるのか。
考えるだけで、もう疲れた。
「せめてこの服、子供用を用意しておけば良かったな」