第9話 蠢動
匿名情報提供者からのメールに記された、衝撃的な事実――「黒影の住人組織的関与内部監視対象」。この言葉は、俺の中で、確かな「重み」を持って響いていた。
これまでの調査で得られた、断片的な情報、住民たちの証言、そして、古文書の記述。それらは、全てが「虚構」ではなく、現実にこの町で、何かが起きていることを示している。
そして、その「何か」に、警察が、組織的に関与している……?
俺は、やるべきことを再確認した。まず、匿名情報提供者とのコンタクトを維持すること。そして、彼、もしくは彼女が示唆する「黒影の住人」と警察の関連性について、さらなる証拠を掴むことだ。
決意を新たに、俺は、再び、あの不気味な静寂に包まれた町へと、足を向けた。
夕暮れ時の町は、以前訪れた時とは、明らかに異なる雰囲気を帯びていた。住民たちは、皆、一様に表情が暗く、何かに怯え、視線を落としている。
「昨日の夜、この辺りで、いつもと違う様子だったと聞いたのですが……」
俺は、道端に佇む、中年の男性に、声をかけた。男性は、俺の顔をじろりと見ると、低い声で、こう言った。
「……妙な音が、聞こえたんだ。金属が擦れるような、耳障りな音が……。その後、町全体が、静まり返ってしまった」
「音……ですか」
俺は、男性の証言を、手帳に書き留めた。金属が擦れる音……。それが何を意味するのか、今のところ、皆目見当がつかない。
さらに、情報を集めるべく、俺は、町の中を歩き回った。そして、ある路地裏で、古びた壁画が、目に留まった。
それは、古文書に記されていた、「黒影の住人」を鎮めるための儀式、その様子を描いたものだろうか。しかし、その壁画は、何者かによって、無残にも、傷つけられ、所々、剥落していた。
あたかも、その「真実」を、隠蔽しようとする意志を感じる。
「……何かが、おかしい」
俺は、そう呟いた。この町で起きていることは、単なる怪奇現象などではない。もっと、深い、根深い、「闇」が潜んでいる……。
ふと、背後に、人の気配を感じた。振り返ると、そこには、若い女性が立っていた。不安げな表情で、俺のことを、じっと見つめている。
「あなた、何をしているんですか?」
女性は、震える声で、そう言った。
「この町で起きている、不可解な出来事について、調べているんです。あなたも、何か、知っていることがあれば、教えてくれませんか?」
俺は、女性に、これまでの経緯を、かいつまんで説明した。
女性は、俺の話を、黙って聞いていたが、やがて、重い口を開いた。
「……あの夜、私も、遠くの方から、おかしな音が聞こえました。それ以来、この町は、何かが変わってしまった……。誰も、そのことについて、話したがらないんです」
「話したがらない……?」
「ええ。皆、何かを恐れているんです……」
女性の言葉は、この町の、異様な雰囲気を、如実に物語っていた。
俺は、女性の証言を、手帳に書き留め、さらに詳しく話を聞こうとした、その時――。
突然、どこからか、金属が擦れるような、不快な音が、響いてきた。
それは、先ほど、中年男性が語っていた、あの「音」と、同じものだった。
音は、徐々に大きくなり、何かが、こちらに近づいてくる。
「……! これは……!」
俺は、音のする方へ、駆け出した。
真実への渇望が、俺を突き動かしていた。
たとえ、その先に、どんな「闇」が待ち受けていようとも、俺は、もう、止まることはできない……。