第1話 闇への誘い
俺は、薄汚れた手帳を強く握りしめ、錆びついたレールの上に降り立った。目的の駅舎は、まるで廃墟のように朽ち果て、この先に広がる町の入口を不気味な影で覆っている。「黒影の住人」――この町に古くから伝わる不吉な伝説。その真実を暴くために、俺はここへ来た。
幼い頃の記憶が、脳裏をよぎる。親戚一同が集まったあの夜、突然の停電、そして暗闇に響いた叫び声……。あれは、本当に「事故」だったのか? 大人たちはそう言っていたが、俺は信じられない。あの時、確かに「何か」がいたのだ。闇に蠢く、得体の知れない「何か」が……。
「……俺は、真実を知らなければならない」
決意を新たに、俺は町の中心部へと続く、薄暗い道を歩き出す。古びた商店が立ち並ぶ通りは、一見すると、どこにでもある、のどかな田舎町の風景だ。しかし、すれ違う住民たちの顔に浮かぶ、かすかな陰り、時折聞こえる、ひそひそ話、それらがこの町に潜む「何か」の存在を、確かに感じさせた。
ふと、路上で一人の老婆が、俺を待っていたかのように立ち止まり、真っ直ぐにこちらを見つめていた。老婆の顔は、深い皺に覆われ、長い年月を生きてきた厳しさと優しさを、同時に湛えている。
「この町に来るとは、珍しいこともあるもんじゃのう」
老婆の声は、見た目とは裏腹に力強く、俺の心に小さな波紋を広げた。
「あんた、何を求めておる?」
老婆は、全てを見透かしているかのような、鋭い眼差しで問いかける。
「この町に巣食う、闇の正体を暴きに来た」
俺は、ぶっきらぼうに答えた。老婆は、しばし考え込むような表情を浮かべた後、薄く微笑んだ。
「そうかい……。わしは、この町でこんな噂を、ずーっと聞いとる」
老婆の言葉が、俺の中に、忘れかけていた記憶の断片を呼び覚ます。手帳に、老婆の言葉、そしてこの町の異様な空気感を、書き留める。震える文字は、これから始まる、長く、そして恐ろしい調査を予感させていた。
*
さらに歩を進めると、町並みは、徐々にその不気味さを増していく。住民たちのざわめきは、先ほどよりも、どこか強張った響きを帯び、老人の口々や、子供たちの無邪気な笑い声の裏に、何かとてつもない秘密が隠されているような、そんな気配が濃厚に漂い始めた。
「これは、単なる噂話なんかじゃない……」
俺は、静まり返った路地裏に立ち尽くし、そう呟いた。もう、後戻りはできない。
夕暮れの、赤黒い光が、町全体を包み込み、過去の伝承と現実とが交錯する、まさにその瞬間。取材という名の、危険な旅路へと足を踏み入れた俺は、自らの影と向き合う覚悟を、新たにしたのだった。