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「おい、蘭。これはどういうことだ? これはお前の父上が提案したのではないか。医学的にも良いと」
「・・・・・・」
「でも客人はおかしい、あり得ないと言っている。お前これは禁忌だと知っていたのか?」
「う。そうですね、食人は普通ではありません」
「いままで俺たちをだまして食わせてたってのか? これは罰を受けるべきだ!」
「そうだ! 村のしきたりにのっとり嘘つきは鞭打ちに棒叩きとする!」
ボーっとしている俺たちを置いてけぼりに、蘭はワラワラと来た村人に囲まれて体育館へと連れていかれる。
この村はおかしい。絶対に。
「どうぞお客人も罰を受けるところを見ていってくだされ」
俺たちは体育館へと集められ、まずは提案者の娘である蘭が罰を受けることになっていた。
「では鞭打ちに棒叩きを20回」
蘭を罰するために出てきたのは、革製であろう鞭と、大人の腕ほどもある棍棒。
あんなもので20回も打ち付けられて生きている人間はいるのだろうか?
感じたのは恐怖。狂気。
足は竦み、身動きが取れなくなっていた。
かろうじて動くのは口だけ。
「では、始め」
その声と共に一発目の鞭が振るわれて、蘭の叫びが体育場へと響く。
と、その瞬間、蘭の体から黒いもやのようなものがあふれ出し、周りを取り巻いていた村人たちに降りかかる。
するとグニャリと体制を崩し、頭でも殴られたかのように村人たちは昏倒してしまった。
「不遜な者たちよ、自分たちがどれだけ我に生かされていたか知らぬばかりに」
肩口に入った鞭のせいで服が破れてしまった蘭、その姿はどう見ても鞭を打たれる前とは別人、別人格だった。
その変化は口調だけでなく体にも表れており、髪の毛や腕から伸び始めた緑のツタが、この体育場を浸食を始めていた。
「我は不滅を司る神。同食は不滅の証。お前に我の名を当てられれば、現へ帰してやろう」
そんなものわかるはずがない。
第一、俺たちは村の人間でもない、そして何の信仰もない。
こいつが神様だとしても、俺が知っているはずがなかった。
「・・・・・・母陀土、お前はモダドだ!!」
瑠璃は力強く名前を叫んだ。
(流石に適当を言ったらマズいだろ!)
「いいだろう。正解だ。お前たちは帰るがよい」
俺は拍子抜けした。
(まさか、瑠璃は正解した? なんで?)
蘭を覆っていた異様な気配は掻き消えた。
もうそんなことはどうでもいい。
いち早くここから逃げ出して、この異常事態を警察なりに知らせないと。
そう思ったら、あとの行動は早かった。
(車を出して、山の下へ向かわないと)
そこからはあっという間に感じられた。
日が暮れる中を2人で車に乗って下山。そして一番最寄りの商店で電話を借りた。もちろん連絡先は警察だ。
気が動転しすぎていて、もうすでに携帯の電波が入ることを店の人に指摘されるまで気が付かなかった。
警察が来るまでの間、店の女性に話す。店の人は俺たちを、紅葉を見に来て遭難でもした登山客だと思っていた。
山の宿へと泊まりに来たと説明すると、
「はぁ。あの辺は誰も住んでないはずだけどもねぇ」
「そんなはずないじゃないですか。ついさっきまでその村にいて、住人の人と喋ったりしてたんですよ」
「昔、私の曾祖母くらいの代までは人がいたとは聞いてるけど、私が子供の頃はもう森だったけどねぇ」
女性は40歳くらい。つまり人が住んでいたのは100年前くらいのことだという。
(そんな訳ない。今から警察と戻れば村があって、そこでは食人しているはずだ)
「・・・・・・到着しました。何がありました?」
「山の上の村で人が人を食べていて!」
「はあ?」
警察官の人も店の人と顔を見合わせている。
「とりあえず現場まで行きましょう」
商店へと到着した警官と共に車とパトカーに乗り、山へと戻って俺は驚愕した。
村どころか、宿へと向かう道すら綺麗さっぱり森になっていた。
「だからこの山なんもないんですって。ホントどうしたんですかお兄さん?」
「アタシも見たの! なんで何もないの!?」
俺は見たものを信じられない。
横には瑠璃もいて、俺が正しかったことは明確なのに。
「登山して高山病、もしくは酸欠とかですかね? とりあえず家に帰るか、近くの宿で休んでみたらどうでしょう」
警察官の提案にしぶしぶ納得して、俺たち2人は家へ帰るために高速道路へと車を走らせた。
レンタカーも返却しなければならないし。
「・・・・・・なあ瑠璃。俺たち幻覚でも見てたのかな?」
「ううん。あれはホントにあったんだと思う。また行ってみよう? いつか謎が解けるかもしれないよ」
俺は妹とまた行く約束をする。
一生消えない奇妙な経験をしたのだった。