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バタン、という音と共に助手席のドアが閉まる。
関東の某県某所の駅近く、俺は借りたセダンのレンタカーで隣に妹を乗せて目的地へと走りだした。
一通りの荷物はバッグに入れて後ろの席に積んでいる。
「どの辺まで行くの?」
「ナビに入ってる通りに行くからわからん、電波も入るかどうかの山奥みたいだぞ」
「まあ、たまには俗世から離れるのもいいよね」
なんとわかったような口を聞く、4つ下の妹だこと。
行先が不明でも、助手席の妹は運転手の俺と違って気楽なものだ。
一応ネット上でも場所は確認済みなのだが、周りには目立つものが何もなかった。
「兄ちゃんと会うの久しぶりだねぇ」
「そうだな」
「彼女とかできた?」
「できてたらお前と行かねーよ」
「だぁよねぇ」
もうすぐ冬も迫った秋のはじめの10月。母親が懸賞で当てた旅行券、3万円分の期限が今月に迫っていた。
しかし、期限に気が付いたはいいが両親は仕事で忙しい。
と、いうことで妹が勝手に使うことになったようで、俺は足扱いのついでで呼び出された。
どこでも使えるらしいので、少し遠いが安い宿をとったらしい。
下道から高速へ入り、快調に進む。
今は午前8時過ぎ、カーナビの目標への到着は11時頃となっている。
「そういえば、お前は大学行くのか?」
「うーん、まだ考え中。高校はもうちょっとあるし」
そう答える妹はスマホをポチポチしている。
「後悔のないように好きにしたらいいさ。俺は就職して後悔してる」
「いいじゃん一人暮らし」
「思ったより暇な時間がねーんだよ、もうちょい遊んどけばよかった」
「そう言いつつ車出してくれるの好き」
「はいはい、いつでも足になりますよっと」
そんな軽口を交わしながら車は進む。
明るく振舞っているが、まだ本調子ではないだろう。
高校生の妹は、部活が引退前の大きな大会の直前で他部員が飲酒、および暴力行為の不祥事をして棄権、停部となっていた。
さぞ無念だったろう。自分は何も悪くないのに、チャレンジすることすらできなかったのだから。
俺も妹が2年以上部活に打ち込んでいたのは知っているから、この旅行で切り替えをしてほしいと思っていた。
「3泊なんだっけ?」
「そうだよ。土日月火の連休、なんかあってもいいように1日おまけのとき」
「1泊で豪華にすればよかったのに」
「2人で3食付き、29800円だったからちょうどいかな~って」
「ほぼピッタリ使いきれるならいいか・・・・・・」
それにしても、連休でちょうどよかった。日程に余裕があるのは楽だ。
とりあえず道中のSAで休憩を入れる。
「なんか買ってく?」
「別にいらないんじゃないか? いくら山奥でも現地で暮らしてる人はいるんだし」
「それもそっか。お金もそんなに持ってきてないしね」
一応自販機で道中用の飲み物は買った。
宿の徒歩圏内にコンビニすらなかったのは気がかりだが、まあ平気だろう。
さらに1時間ほど高速を走らせて、下道に降りる。
「あれ? 電波無くなっちゃった」
助手席でスマホをいじっていた妹は言う。
俺はどんな田舎だよ、とは思いつつ、道なり10分くらい走った山中、ダッシュボードから紙の地図を出して妹へ渡す。
「地図くらい読めるよな? 現役高校生」
「当たり前じゃん」
更にしばらく走ると、山の中で完全に電波が無くなったらしく、カーナビの現在地が宇宙へと飛び立っていた。
若干の不安はあるがナビは隣に任せるとしよう。
「・・・・・・たぶん登っていけば着くんじゃない?」
「ほんとかよ」
「うん。分かれ道は全部北側行けばいいと思う」
遭難しなきゃなんでもいいか。
2車線しかない山道を登る、適当っぽいナビされて。
「この先がわかりにくいとこっぽい。・・・・・・これ!」
助手席の妹が未舗装の道を指さす。
「もう一回、右に曲がってあとは道なりみたい」
「森じゃん」
色とりどりの紅葉がきれいな道を走らせる。
すると急に視界に家らしきものが見えてくる。
妹がとった宿は民宿だった。
「ここか?」
「そうみたい」
宿、田造、という看板が出ている。
地面に黄色いロープが張ってある。車はここに停めればよいのだろう。
バックで駐車し、後ろの席から荷物を下ろす。
目の前にはこれから泊まるであろう、合掌造りの古そうな家屋だ。