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はじめに/一章-故国の滅亡と旅の始まり

 はじめに


 おそらく私の寿命はもう長くは無いだろう。幸運の巡り合わせの末に歴史家として名を馳せることとなった私が、あの旅の中で目にした、31世紀という時代の情熱を、後世に伝えたい。そう思って、私は再び筆を取った。

 

 第一章 故国の滅亡と旅の始まり


 この星で最大の大陸の東にある島、そこが私の出身地だ。かつてその島が一つの国だった頃首府が置かれていた地。その狭い地域にも幾つもの国々があった。27世紀に建国された『海野帝国』で私は生まれ育った。建国時は200万の人口があったその国は私が生まれた頃、即ち時代が3000年期へと足を踏み入れる年には人口僅か5万名の小国となっていた。人口の約8割は太古の国家が戦意高揚の為に建設したと伝わるスタジアムを改装した城塞に居住し、その他の国民は鉄とコンクリートの荒原に点在する集落に居住していた。とはいえあの国の端から端までの距離はせいぜい歩いて3時間程度だったし、周辺の国々もそうだったと記憶している。

 私はあの国で最も標準的な育ち方をした。生まれてすぐに養護園に入り、15の年まで学校に通った後どうにか兵役を逃れる言い訳を捻り出し、そうは言っても碌な職がなくベーシックインカムの恩恵を受けながら狭い部屋に暮らしていた。あの国ではいい悪いということではなくそういう人生が標準だったし、自分はこの後きっと日雇いの仕事にたまに行ったりしながら人生を終えるのだろうと思っていた。

 17の年で恋人に出会った。彼は職業軍人であり、たまの休暇の他はいつも国境の砦にいた。私はあいも変わらず首都の城砦の隅に住んでいたので、彼とは月に一度会うだけだった。

 それは、18の年の夏のことだった。

 カンカンと非常警報が鳴り響く中私は目を覚ました。何事かと部屋の外に出ると、隣人たちが慌てふためいて右往左往していた。

「て、敵襲だ!」

何が起きているのだろうか、少しもわからず私は城壁の展望台から地面を見下ろした。普段見える灰色の荒野は、鮮やかな色の着物を着た隣国の兵たちに埋め尽くされていた。

 彼らが高々と掲げるその旗は、東の新興国リェーガル王国のものともう一つ、我らが海野帝国のものだった。

 一度たりとも真面目に受けたことのない訓練で言われたことをどうにか思い出し、私は支給品の安物の銃剣を手に城門の内側にある広場へと向かった。

 広場にはすでに大勢が集まっており、私は少し離れた通路で大勢の軽武装の同国民と共に将軍の演説を耳を覚ませて聞いた。 

「我らが親愛なる友、東砦を守りし兵士たちは勇戦の末玉砕した。彼らの死を無駄にするな!この偉大なる帝国を我らが手で守ろうぞ!」

 私にはその時の言葉が信じられなかった。今でも、朝起きたら全部嘘だとわかって笑えるんじゃないだろうか、と思う日もある。私の恋人は、あの侵攻の1週間前に東砦へと赴任したばかりだった。

 私は燃えるような怒りに囚われていた。

 ドン、ドンと城門をリェーガル軍が破壊する音があまりにもはっきりと聞こえた。悲鳴、叫び声、銃声。音の嵐の後、後方にいた私たちが目にすることができたのはリェーガルの精鋭騎馬隊“赤備え”だけだった。いいや、彼らは当時軍衣の色を統一してはいなかった。その赤は、血の色だった。

 声ともいえないような叫びを上げて私はその騎馬隊に銃を打った。あの騎馬隊、リェーガル第一王子クァッツ・カーセシア直属の最精鋭部隊ーその鬼神の如き強さで知られ、私があの頃唯一知っていた他国の人間ーに、素人が敵うはずもなく、私は相手にもされず縛り上げられた。

「こ、この人でなし!俺の恋人を返せ!」

「すまない。私もなるべく命は奪わぬようにしたが、それでも大勢を殺してしまった。心配するな、この戦いはすぐに終わる」

 私の叫びに、馬から降りたカーセシアはそう返した。

 その時、銅鑼を打ち鳴らす音が城内に響いた。

「我々の工兵が君たちの皇帝を捕らえたようだ。一度城外に出なさい、新たな我がリェーガルの民よ。…おっと、少し口が滑ったかな?」

 城門の外には何もない広場がある。そこに海野帝国国民の生き残り4万7000人が集められた。そして、城外の広場を見下ろせるバルコニーに、幾人かが現れた。

「皇帝陛下が…」

 私の幼少期からの友人である橋手羅金はしでらごんがそう呟いた。私は恋人の同僚に彼の死をはっきりと告げられて、何故か少し落ち着いていた。皇帝はその時罪人の如く縛り上げられ、その首に刀を突きつけられていた。皇帝に刀を向けていたのは、小柄で知られるリェーガル人にしてはずいぶん背の高い17程の青年で、その周りにはリェーガルの"サムライ"達がいた。

「あれがあの有名なリェーガルのサムライか?ライブラリで見た1000年前の侍とは似ても似つかないな」

私がそう言うと、羅金の弟、銀雷が返事をした。

「ハハ、それも含めて有名なんじゃないかな?でも、多分あそこにリェーガルの首脳部の殆どがいるように見えますよ。国王セゴ・ターカム、王弟セゴ・タカーム、第一王子兼騎士団長クァッツ・カーセシア、第三王子兼海兵隊長マセ・ペーレリ、第四王子兼諜報部長サック・リャオーム、軍総司令官クドゥ・イィーサヌがパッと見たところいますね」

「どうしてそんなに他国の情報を持っているんだ?」

「コイツは諜報員志望だったんだ」

そんな羅金の言葉に、私は少し違和感を覚えた。

「だった…」

「…こんなことになっちまったからな…リェーガルの軍隊は、平和ボケした俺達には到底かなわない強さだった。俺は城門が破られた時、そのすぐそばにいたんだ。あのセゴ・ターカムが振るう巨大ハンマーの音は、本当に、恐ろしかった。あの鬼気迫る音を聞いただけで、俺の昂っていた心は冷めてしまったんだ。ああ、俺は弟を残して、此処で死ぬんだ、そう魂の底から思った。今でも信じられない。一番初めに尻尾を巻いて逃げ出した俺が、此処でこうして立って、故国の滅亡をこの目で見ていると思うと」

今思えば、あの言葉は私達のような弱い人間の心理を捉えるものだと分かる。だが、あの時私は、その心理を認めることが、必死で戦って死んだ私の恋人を否定するかのように感じられた。私は羅金から目を背けると、皇帝の方を見上げた。その時だった。カーセシアが声を張り上げ、言葉を発した。

「私はリェーガル王国第一王子クァッツ・カーセシアである。これより、我が国の最高元首たるアーバ・ドゥァーバル大統領の書状を読み上ぐる。一つ、海野帝国はその自治が可能と認めらるるまでリェーガルの保護領とする。二つ、現在の皇帝は不当にその地位にあることからして、その正当な地位を持たれるイィーケ海野殿下を皇帝とすることが適当である。三つ、海野帝国国民についてはリェーガルへの納税の義務を課すが、これに従う限りは従前の生業を続ける事を認める。四つ、海野帝国には如何なる軍備その他反抗の可能性を持つ事柄も認められない。五つ、海野帝国は食料製造機、海水濾過機、古記録をリェーガル王国に提供する義務を負う。以上である。では、イィーケ海野殿下、御挨拶をお願いいたします」

「みなさん初めまして、皆さんの皇帝のイィーケ海野です。皆さん戸惑っていられることと存じます。皆さんがこれまで皇帝と呼んできたこの女、ファーヌァル海野は簒奪者です。私は19年前、この国で当時の皇帝の子として生まれました。しかし今から17年前、先帝ナイツァカリ殿下は「叛逆者に息子共々暗殺され」亡くなりました。そして「叛逆者」とされた私の母は一族諸共処刑されました。その混乱の中玉座に着いたのが、この簒奪者です。本来なら玉座に触れることすらあるはずのなかったこの女が。覚えていますよね?ファーヌァル?」

「ハ、人は権力を求めるものだ。反省はせんぞ、余は確かにこの手を汚し皇帝へと登り詰めた。だが、そこには一片の悔いもない。この世に正統な世襲権力などというものはない。あるのは、祖先の脛を齧る馬鹿か、自らを縛る権力を血を流してまで手にする余のような阿呆だけだ。お前は馬鹿のようだな。ク、クワハハハ」

先程まで傷だらけで力無く縛り上げられていたのと同一の人物とはまるで思えない様子だった。イィーケは血統の正当性についてひとしきり喚いた後ファーヌァルの首を刎ねた。それは覇王というよりは赤ん坊の癇癪に見えた。その怒りをイィーケが納めた頃には日が傾き始めていた。

「民よ、正統な皇帝の元で暮らせることを喜ぶがいい。さあ、城に戻れ」

はじめは戸惑っていた人々も少しずつ城へと戻っていった。

「羅金、お前はどうするんだ?」

「戻るよ。正直暮らしはキツくなるだろうし、あの皇帝の下で生きるのには不安がある。けれど、この国の外で流浪の民になる勇気がある奴はいない。籠の鳥は、飛び立てない」

「そうか…俺は、恋人を殺した奴らの下で生きたくはない。何処か遠くに行く」

「本気か?一度も国の外に出たことないだろ?」

「本気だ」

私がそういうと、彼は微笑み、黙って去っていった。一人残された私は狭い自室から恋人の肖像やら思い出の品やらを持ち出してカバンに詰めて、城から出た。

 どこへ行こうか、そう思い、地図を取り出す。せいぜい近隣の数カ国を含む平原ぐらいしか記されていない、しかも不正確なものだ。海野帝国は3つの国と1つの無人地帯に接していた。東のリェーガルは論外。南のワダツミは伝統的に海野帝国の同盟国だったが、先程のイィーケの演説によると(彼はファーヌァルの首を刎ねる前も刎ねた後も随分と長ったらしい演説をしていた)リェーガルの傀儡となったイィーケと同盟を結び直したそうだ。イィーケの言葉を借りれば、「彼らは勝者を正しく見極めた」ということだろう。西にあるのは『死の地』と呼ばれる不毛の地だ。気候は常時危険であり稀に何世紀も前の殺戮兵器が現れる、と聞いていた。最後に残ったのが、北方だった。アナイマライア国。そこから死の地への街道が西へと延びている。私はそこを仮の目的地に定めると、海野帝国を南北に横切る道(街道と呼ぶにはお粗末なものである)を北へと歩き始めた。国を揺るがす事件が起きた後だし、この国には行商人が来ることも少ないので人通りはほとんどなかった。

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