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お元気で。

作者: 八百坂藍

よう。

その様子だと、まだショックから立ち直れてなさそうだな。

誰だって?

忘れたのかよ。まぁ、いいんじゃないか?

時間は有り余ってるだろう。なに、余興だよ。

男は自分の持ってきた鞄を漁る。

出てきたのはアップルパイとチョココロネ。

心あたりはあるか?

ない?でも名前はわかる?

…俺の名前忘れてんのになぁ。珍しい。

なら、クイズだ。

片方はお前の好きだったものだ。

片方はお前の嫌いだったものだ。

さて、どっちが好きなパンだろうな?

おいおい、面倒そうな顔するなよ、付き合い悪いな。

これだけは言っておこう。

お前が忘れてるだけでこっちはお前の知り合いなんだぜ?

励ましにきたんだ。ちょっとは付き合えよ。

ま、わかるわけねえよな。両方甘ったるい系の菓子パンだ。

お、こっちか?チョココロネ。

理由は?なんとなく、か。

うん、良い良い。思考は多少できるみたいでなによりだ。

理由がつまらない?何言ってるんだ、好みだぜ?

美人だったら誰でも好きなんてことがないように、好みなんて、自分がなんとなく好きなだけでいいだろう。

ほら、やるよ。

でも、こっちも美味しいから置いとくぜ。

食べて不味いと感じたら、こっちを食べることだな。

またはこれを機会に好き嫌い治せよ。

ん?

男はポケットから携帯を取り出し、すぐにしまう。

そして立ち上がる。

すまない、俺のほうはまだ色々に追われてるからな。今日はこれで帰らせてもらうよ。

またくる。お元気で、だ。








よう。

ふむ。いい傾向だ。

精神的にはもう大丈夫っぽいな。

なによりだ。

すまないが、名前はまだ?

あぁ、良いとも。前回来たのを覚えてるだけいい。

それにこっちからは教えないからな。時間があるんだ、何かしら関心事があるほうが時間が潰せるだろう。

この前のパンはおいしかったか?

それとも、何か違う気がしたからそこにそんなにパンが置いてあるのか?

差し入れられた?全部?

お前どんだけパン好きだったんだ…。

流石にそこまで傾倒してたとは知らなかったぜ。

ちなみに今のところどれが一番美味しかった?

…ドーナツ?

面白すぎるな、尖りすぎだろ。

ドーナツで角を立たせるってどういうユーモアなんだよ。

そんだけ頭が回るなら思い出せそうなもんだけどな。

あぁ、責めた訳じゃない。気にするな。

今日は、だ。

今日は何を持ってきたと思う?

菓子パンとか惣菜パンを今の流れで出せる訳ねえだろ。ドーナツだろ?今度買ってきてやるよ。

今日は、質問、だ。

思考実験みたいなもんだ。暇つぶしにはもってこいだろう?

問題。お前こっから出たら何したい?

………。

なんでそんな事を聞くかって?そりゃ聞くまでもないだろ。このまま記憶失ったままだったらそのままお前には人生が待っているからな。

前の仕事はなんだったか?…誰も言わなかったのか?不親切すぎるだろ、お前の前の会社はもう潰れちまったよ。ニュースに流れてただろ、つっても2週間くらい前だが。そこらへんの書類とか、よくわかんねえけど、家に届いてはいるんじゃないか?知らないが。

そうか、誰も…すぐ答えられないのにも納得だ。

不親切な奴らだ。

いや、とりあえず治療して記憶が戻り次第ってので余計な不安を無くそうとしたのか?

まぁこのままお前は何も思い出さないかもしれないからな。

考えておくと良い。

何したら良いと思うだって?

どのみちまだまだ入院中なんだから自分でなんかやりたい事見つけてみろよ。

ま、どっちにしろ好きに生きればいいと思うぜ。

人生、我慢ばっかしてても勿体無いしな。

…時間だ。全く、もうちょい話していたいがな。

またくるよ。お元気でな。





よう。

そろそろ退院らしいな。

ほれ、ドーナツだ。どれがいい?色々あるが。

でもなんかそこにある本とかパンじゃねえ?

何、結局パンが好きなのか?

…思い出してなさそうだな。

やりたいことは見つかったみたいだが。

パン屋になるのか。

…いや、いい。良い選択だ。

お前はどうあってもそうらしい。

前のお前に何があったかは他のから聞け。

ただお前がパンよりドーナツを選んだ理由はわかるぞ。

お前は前からパンにこだわりすぎるやつだった。

最初に俺が持ってきたパンはな。

俺のパンだ。

結局お前が唸るほどのは作れなかったよ。

俺は手を引くが、お前はその道を進め。

俺はもうこれで最後だ、お元気で。



男はそれ以降会うことはなかった。

そして退院してほどなく男は記憶を取り戻した。

俺は元からパン屋の店員だった。

車が突っ込んだ事件で潰れることになったらしい。

そのせいで俺は重症を負っていたし、店長は亡くなっていた。

だがおそらく…記憶が本当に曖昧だが、入院中に訪れてきたあの男、店長だったと思うのだが…幻覚だったのか?

俺の思い込みだったのか、はたまた。

どちらでも変わらない、か。

満足するパン作ったらそっち行くのでどうか、安らかに。

お元気で。




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― 新着の感想 ―
[一言] 一つの詩を読んでいる気分でした。 どんな人が語りかけているのかが最後の最後まで分からないけど、それが逆にこんな人物が喋ってたらおもしろいなあ、と色々想像できて楽しかったです。
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