97. 王都エウロパ
本日は、王都のお話です。
大きな窓に向かい、メルクリウスは城下を見ている。
ここからでは、一人一人の様子は窺い知る事は出来ないが、今王都エウロパでは、混乱が生じているのであろうという事は、感じ取る事が出来る。それは知っているから故の、事ではあるのだが。
スコルドと話した後直ぐに工事の中止を命じたが、上がってきている報告は、既に大森林の怒りを買ったとも取れる予兆が出ており、エウロパの冒険者ギルドからは、上級冒険者を招集したとも聴いた。
これは全て己のせいだ。
王家に生まれてしまったが為、これまでも色々な判断を迫られた事も多い。だが今回は、“大丈夫かも知れない”という判断での気の緩みが今の事態を招いてしまっていると、思い知らされる事となった。
この国の伝承は、子どもの頃、毎日のように聞かされて育つ。
そしてなぜ、王都の隣にある森に手を出してはならないのか、手を出せばどうなるのかという事を、子供にも解るように、話してくれるのだ。
学問などは、それこそ家庭教師が付き教えられていたが、この伝承の話だけは、必ず王家の者が話してくれていたなと、今更ながらにそれを思い出していた。
そこで国王の後ろで扉が開き、靴音が近くなる。
この音は息子であるクリストファの物だなと、メルクリウスはゆっくりと振り返る。
「陛下、工事の中止を発表したと伺いました。どういう事でしょうか」
このクリストファは、慌てる事はしない。今も淡々と、事実確認をしているという口調である。
「うむ。クリスは最近、王都の街には降りておるか?」
メルクリウスは、会話の接点を確認するように話す。だがクリストファからすれば、違う話にも聞こえる為に、困惑するかも知れないが。
案の定、クリストファは少し目を大きくすると、直ぐに表情を戻してそれに返す。
「工事の準備に忙しく、近頃は街への視察には出ておりません」
「そうか…。クリスの周りで、街の話をしてくれる者はおらんのか?」
話の流れが見えない展開で、クリストファは困惑する。
「…はい。私も、聞いている余裕はありませんでしたので」
直立不動とも言える姿勢で、クリストファは、執務机の前に立って話していた。
いつもであれば、クリストファが入ってくれば、国王はソファーへと座り話をしていたが、今日は何故か2人共、立って話をしていたのである。
国王は掌を振って、室内の者を下がらせると、そのままクリストファの目を見て話す。
「今この王都周辺では、大森林の異変を感じ緊急事態宣言を出して、大森林近くから避難を始めている。ここ王都エウロパの冒険者ギルドも、その対策の為、アルフォルト公を呼び寄せているそうだ」
その話を聞いたクリストファが瞠目する。
クリストファにもアルフォルト公が出てくる事は、国の緊急事態であるという認識を持っているのであった。
「叔父上まで、お出ましになるのですか?そんなに酷い事が起こると…」
「ウロボロスが出てしまえば、それは最終通告。これを乗り切らねば、真に大森林との契約は破棄され、大森林すら消滅するであろう」
「それは…ただのお伽噺ではないのですか?」
「我々王家の伝承は、ただのお伽噺ではない。国中にある話はお伽噺の様な物だが、我々が子供に伝え継ぐ事は、王家の始祖の話。クリスにも子供が出来れば、しっかりと語り聴かせると良い」
メルクリウスの顔には、一切の甘さも見られない。今は親としてではなく、国王として王太子と話をしているのだ。
国王もこれ以上間違いを犯さぬ様、自分を律して話をしていた。
そして国王はクリストファの目を、真っすぐに見つめて告げる。
「工事中止の理由を知りたくば、近衛と共に城下に下り、人々の様子を見てくると良い。そしてそれらの不安を少しでも取り除く様、暫くは騎士団と共に街の安定に努めよ」
そう言って国王は、目の力を強める。
「この事態は、私とお前のした事だ。私も騎士団と共に、大森林側に出る」
クリストファは、その言葉の意味にやっと気付いた。アルフォルト公が出る、そして国王も出る。
自分がやろうとしていた事が、この様な混乱を招くとは、クリストファは考えもしていなかった。
勿論伝承は知っているが、それは子供に“悪い事をしない様に”という譬話だと、捉えていたのであった。
自分は、“してはいけない事をしてしまったのだ”との思考に、やっと辿り着いたクリストファは、表情を引き締めると、深く頭を下げた。
「畏まりました。街へ下りて、騎士団と共に街の安定に努めます」
そう言ってから頭を戻すと、クリストファは直ぐに踵を返し、王の執務室から下がって行った。
それを見届けたメルクリウスは、また大きな窓に向き直ると顔を引き締め、国を守る為に覚悟を決めたのだった。
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「やあ、久しぶりだな」
そう声を掛けたディーコンは、王都の冒険者ギルドの応接室で、笑顔を見せた。
「ディーコンか、随分と早い到着だな。ファイゼルの俺より、早い到着とは」
そう話すのは 槍使い“ケディッシュ・マクリーズ”で、どちらも有名なA級冒険者であり、貴族の籍に名を置く者である。
「俺達は、大森林に隣接する“リュバルド領”に、応援を頼まれていたんだ。だからそこから来た、という事だ」
「そうか…リュバルド領も、酷いのか?」
「そうだな。魔物の数が増えていて、街の傍まで毎日何かしらが出てくるな」
「そこまでか…」
ディーコンと話している者は、ファイゼル領に属するA級パーティ“一角獣の角”のリーダーで、長い銀髪と翠眼に、引き締まった体は均整が取れ、全身が魅力に溢れるイケメンである。
A級冒険者ともなれば、年に一度そのランクの者達が王城に呼ばれ、慰労会が催される。
そして国の安定のために努めてくれと、国王から直々に御言葉を賜るのである。
そこに出席する者達は、そういう意味でも顔見知りであり、気安く話せる仲間でもあったのだ。
しかしそれには、アルフォルト公は含まれてはいないと言うのは、余談である。
「ボーナム達は?」
ケディッシュがディーコンに聞く。
「俺はまだ見ていないが、あそこが今回の話の元だろう?色々とゴタゴタしているのじゃないか?」
ディーコンがそう話した処へ、丁度噂の“デュラハンの兜”が到着する。
「来たな…」
「その様だな」
ディーコンとケディッシュがそちらを見れば、ボーナム達3人が手を上げて挨拶をした。
その2人の下へ、3人が近付いて来た。
「久しぶりだな、2人共」
ボーナムの挨拶に、ディーコンとケディッシュが手を上げて返す。
「ボーナム達は、遅かったな」
ケディッシュの言葉に、ボーナム達3人が苦笑を浮かべた。
「これでも早目に出てきたつもりだったんだが、ディーコンより遅くなるとは、すっかり出遅れたな」
ブライアンが話す内容は、メンバーに向けてのものである。
それを受けてボーナムが、ケディッシュとディーコンへ向けて返事をする。
「うちの街のダンジョンが、崩落を起こしたんだ。大した事にはならなかったが、事後処理もあったし、それに、その事をアレの出現に結び付けた奴がいてな。随分と博識な印象で、能力も持ち合わせている者だったから、そちらへも接触してから出てきたんだ」
「そいつは、A級ではないのか?」
「ああ。C級だと言っていたな」
ボーナムがケディッシュにそう答えると、ケディッシュが眉を顰める。
「C級なのに、ダンジョンとアレを結び付けたのか?」
「ああ。知識は色々と、持ち合わせている様だったな。何故C級なのかは、分からないが」
今度はディーコンの問いに、ボーナムは返事をした。
「まぁ、俺達は招集されたから王都に来る事にはなったが、南に行くと言っていたから、そっちは彼らに任せてきたんだ」
ボーナムが、そう付け加えた。
「彼ら?…パーティなのか?」
「ああ、2人だな」
ケディッシュの疑問にはそう返答する。
「そうか…」
「こっちもこれから、どう動くのか…」
「そうだな…」
こうしてA級冒険者達は、続々と王都エウロパへと集まり、別の部屋にもB級冒険者が集められていて、王都の冒険者ギルドは、着々とその時を迎える為の準備を、進めていたのであった。




