96. エガニ村
アントの処理を終えた3人とシド達は、その後村の中を歩いている。
今はもう夕暮れだ。
彼らから、他に7人の冒険者がこの森にいると聞いた事もあり、戻る事も躊躇われ、今日はここで野営する事に決めて、皆で村の中を確認しているのである。
この村は、街から来るとまず一面に畑が広がっている。そしてその奥へ続く様にして、家々が点在して建っているのである。
彼らがアントに捕まっていた場所は、その入口付近の畑であった為、そこから奥へと1軒ずつの家を確認して回っていた。
幸いな事に、ここまでの家は無人となっていて、今は最後のハンスの家の前へ出た。
ここは、村を見おろせる小高い場所となっていて、家の裏にはチーピの林が広がっているはずである。
5人はそのハンスの家の前で、最後の確認をしている所だ。
アントの処理後、家々を回っている時に、彼らは自己紹介を始めた。
3人はC級パーティ“紅のワイバーン”で、剣士が一応リーダーらしく“エルス”だと名乗る、青い髪に紫の眼をもつ175cm位の青年である。
ローブの彼は“カリスト”と言う名で、薄紅色の髪に蜜柑色の眼をしていて、先程火魔法を使ってアントを燃やしてくれた176cm程の青年だ。
そして一番誠実そうな神官は、178cm位で茶色の髪に鳶色の眼を持った人物で、“ユリアン”と名乗り、3人とも同じ歳の19歳だという事である。
「誰もいませんでした」
神官のユリアンが、律儀にシドへ報告をする。シドは頷いて返すも、そう思ってはいなかったのであるが。
「皆は、少しここにいてくれ。俺達は、裏を見て来る」
シドはリュウを伴い、ハンスの家の裏まで回る。
するとそこには、冒険者の格好をした3人が、疲弊した様に固まって、座り込んでいたのだった。
「何をしている」
シドは容赦なく、その者達へ声を掛ける。
シドとリュウはここまでわざと気配を消して、その者達の傍へ出て来ていたのであった。
「ひっ!」
突然現れたシドとリュウに、その3人が更に縮こまる。
「おい」
シドが再度声を掛ければ、やっと彼らと視線が合う。
「…迎えに来てくれた…のか?」
1人が声を絞り出した。
シドとリュウはその声に、顔を見合わせた。
「お前達、3人だけか?」
「そうだ」
しっかりと顔を上げた3人が頷く。
「他の奴らは?」
「ここの奥に、逃げて行った…」
その返答に、シドとリュウは眉間にシワを寄せた。それは拙いな…。
「取り敢えず、そこは場所が悪い。こっちへ出てこい」
シドが3人へそう話すと、ゆっくりと彼らはそこを移動して、こちらへと出てきた。その者達を見れば3人共、涙の跡が残った顔で、随分と疲れてしまっている様であった。
シドは彼らが近くまで来ると、踵を返し、皆で表の3人の所まで戻っていく。
表に居た3人は、シドとリュウが戻ってきた事を見付けたが、その後ろに続く人物が見えた途端、怒りの表情や、悲し気な表情を浮かべたのだった。
裏から連れ出された3人は、“紅のワイバーン”を見た途端、安堵の表情を浮かべて、彼らに駆け寄って行った。
「「「逃げ出して、ごめん!」」」
どうやら裏から出てきた3人は、素直に人と話せる者達の様であった。
「一度走り出したらもう止まらなくなって、ここまで来てやっと、人数が足りない事に気付いたんだ」
そう言って、槍を手にしている青年が、“紅のワイバーン”へと頭を下げた。そして、その隣にいるメンバーらしき2人も、一緒に頭を下げている。
シドとリュウはそれを見て、後は彼らだけでも大丈夫そうだなと、シドが声を掛ける。
「今日はこの家の前で、野営にするぞ。全員が見える位置で枝を集めて、焚火の準備をしてくれ。もうすぐ日も暮れる、話はそれからだ」
シドの声に、6人は一斉にシドを見て頷くと、森の中までは入らず枝を拾い、そこに火を熾した。
「食料は?」
シドは神官のユリアンに問い掛ける。
「携帯食を持っています」
その声に異論がないところをみると、皆同じものを持って来ている様だ。
シドは頷いて言葉を続ける。
「食事をしたら、眠れるものから交代で寝ておけ。3人は必ず起きている様に。ここは大森林の中だという事を、忘れるな」
それを聞き、神妙に6人は頷き返す。
「それから、怒鳴り合いは止めておけ。なるべく大人しくしていろよ?」
シドは念を押す様に、付け加える。
「俺達は近くにいるから、何かあれば、声を上げてくれ」
そう伝えて、シドはリュウとその場を離れ、ハンスの家の周りを歩き出した。
「6人にしておいて、大丈夫?」
リュウが彼らから離れると、シドに問いかけた。
「ああ、多分大丈夫だろう。この家に隠れていた奴らは、どうやら、ひねくれてはいない様だったからな」
シドは、そう言って苦笑した。
「そうかもね」
リュウもそれに、苦笑を零す。
シドはそうしてリュウと歩きながら、集中を入れて周辺の気配を探る。今は近くに魔物もいない様だが、人の気配も感じられない。
魔物の方は先程アントを燃やした匂いで、一時的にでも、ここを警戒しているのかも知れない。
そして残る4人の冒険者達は、奥まで行ってしまったのか、もしくは既にもう居ないものなのかは、判断は出来ない事であるが。
シドは集中を切って、リュウに伝える。
「周辺には今の処、何の気配もないな。残りの4人が何処にいるのか、全くわからないという事だが…」
「そう…」
リュウはシドからの話にそれだけ返すと、眉間にシワを寄せる。
シドはそれを見ながら、徐に亜空間保存を開くと、今朝ダイモスの街で買ってきた、食料を取り出した。
「今は歩きながら、それを食べておいてくれ」
リュウへ手渡したのは、パンに肉と野菜が山盛りに挟んである物だ。ピリ辛に味付けした肉とサッパリした野菜の相性が、絶妙な逸品である。
「僕達だけ?」
リュウは困惑気味な笑顔をシドへ帰すと、それを受け取った。
「ああ。あいつらを甘やかす訳には行かないからな。自分達の取った行動は、最後まで自分達で責任を取ってもらうつもりだ」
そう言ってシドは、ニヤリと笑う。
リュウはそれに一つ笑うと、手に持ったパンの肉へ美味しそうに齧りついた。
「美味しい。気が付いてなかったけど、お腹が空いてたみたい」
「バタバタしていて、腹が減っている事も気が付いてなかったな。今夜は多分魔物は出ないと思うが、俺達は寝ずの番だから、コレはその駄賃だな」
シドはそう話して、自分もそれにかぶり付く。
歩きながらで行儀は悪いが、今はそんな事を言ってはいられないのである。
こうして、野営場所周辺の見回りを終えたシドとリュウが焚火の傍まで来れば、6人は焚火の傍で静かに話していた。
その6人が顔を上げ、シド達が戻った事にホッとした顔を浮かべ、パラパラと会釈をしてくる。
そこへ近付いたシドは、皆に声を掛けた。
「話は済んだみたいだな。では眠れる奴から眠っておくと良い。明日は朝、陽が出たら直ぐに移動するから、そのつもりでいてくれ」
その言葉に、火の傍の6人は頷き返す。
「俺達は、少し離れて向こうに居るから、何かあれば、声を出してくれ」
シドはそう伝えるとリュウと2人で、彼らから少し距離を取った、少し陰になる所で腰を下ろした。
「あっちで、一緒にいなくても良いの?」
リュウがシドの隣に腰を下ろして、そう尋ねる。
「俺が傍にいない方が良いだろう。さっきは彼らに、色々と言ったからな」
シドは苦笑と共にそう言うと、リュウの頭を撫でた。
「兄さんは間違った事は、一つも言ってない。気にする事ないのに…」
そう言ってリュウは、シドの肩にもたれた。
「明日は彼らだけで、街へ帰そうと思っている」
「送って行かなくて、大丈夫?」
「ああ。さっきは3人だったから同行して街まで送ろうと思ったが、6人であれば、彼らだけで街へ戻れるだろう。雰囲気も、大丈夫そうだしな」
「そうだね。開口一番で謝ってたもんね。あれでずっと文句を言っている様では、友達も出来ないと思うよ?」
リュウは“フフフ”と笑って、そう言った。
そこでシドはリュウの手に、そっと小さな物を乗せた。
“?”とリュウがそれを見れば、小さな“クッキイ”が2つ手に乗っていた。
「さっき出しておいた。リュウは、別腹を持っているらしいからな」
シドがクスリと笑って言えば、リュウの顔には笑みが広がる。
「そうそう。別腹はまだ余裕があるよ」
そう言って嬉しそうに、それを一口齧る。
「甘くておいしい…兄さんは食べないの?」
リュウの手にあるもう一つを、シドの前に出す。
「俺は大丈夫だ。全部食べていいぞ」
そう言ってリュウの手を、優しく押し返してやる。
「えへへ。では遠慮なく」
リュウは小さなそれを、嬉しそうに食べる。シドはそのリュウに目を細め、眺めていたのだった。
いつもシドにお付合い下さり、有難うございます。
最終話まであと数話となりました。
最後までお付合い下さいます様、何卒よろしくお願いいたします。
盛嵜 柊




