94. 迷宮<ウラノス>
シドとリュウは、<ウラノス>の入口へと到着した。
するとその入口には紙が貼ってあり、“入洞禁止”と書いてある。2人は互いに顔を見合わせると、数歩中へと進んだ。
そしてその先の様子を伺えば、何の気配も感じない。
シドはリュウの手を取ると、洞内に向かって声を掛けた。
「<ウラノス>、シドだ」
そう言った途端、シドとリュウの姿は一瞬にして、そこから消えたのだった。
シド達は、薄闇の中に出た。そしてシドの前に、白いモヤが現れる。
シドは繋いでいたリュウの手に軽く力をこめ、<ウラノス>が来た事を伝える。
≪シドか。先日振りよ≫
シドにはもう数カ月前の事になるのだが、<ウラノス>にはつい先日の事となるらしい。
それに一つ苦笑すると、シドは“ああ”と返事をした。
≪おぬしも隅に置けん。今回は番を伴っておるとは。ククク≫
それは冗談なのか本気なのか、シドには今一つ解らない会話であったが、取り敢えずは返事をする。
「…ああ…」
≪その者が“リュシアン”か≫
「そうだ。よろしく頼む」
≪うむ。それで今回は、ダンジョンマスターへの用事か?≫
また何とも、返事をし辛い話に持って行く<ウラノス>であった。
シドが苦笑していると、<ウラノス>が続ける。
≪すまぬが、今それは諦めてくれ≫
と、シドへそう告げた。シドはその声に笑いを収めると<ウラノス>へ問う。
「現状の不具合は?」
≪ほう、その件で来たのか。ワタシ自身はまだ、危惧する程ではない≫
シドは<ウラノス>の言葉に頷きを返す。
≪魔素を通じて知ってはいるが、今はその魔素が薄い故、迷宮の疎通が難しくはなっている。それ故ワタシは、無駄な魔素を消費せぬよう、今は活動を休止している≫
「……」
≪幸いと言えるのか、この近くまで魔物が多く出る様になった為に、人間がここに来ぬ様、手を打ってくれたようだ。その為ワタシは、休止する事が出来る≫
シドはその話を聴いて、こんな所にまで頻繁に魔物が出ているのかと驚く。
ここは、キリルの街から10分程しか離れていない。今の<ウラノス>の言葉は、魔物が街の直ぐ傍まで来ている事を、意味している。
≪どうやらそろそろ、眠りから覚めそうだな≫
シドが街の事を考えていれば、<ウラノス>がとんでもない事を言った。
「眠りから覚めそう…だと?」
リュシアンはシドの声に、繋いでいる手に力をこめた。彼女もシドの声に、動揺している様だ。
≪そう…少々森の気配が変わってきている。近日中には、アレが出てくるだろう≫
「近日中…?」
リュシアンはシドの声に、その手に自分の両手を重ね、もはや縋り付いていると言っても良い程、シドへ身を寄せた。
そしてリュシアンは、断片的なシドの言葉を拾って、シドと同じ事を考えたらしく声を出す。
「近日中って、どれ位なの…?」
リュシアンは、シドに向かって問い掛けた。
≪今は“近日中”…とまで。当日になれば、大地の魔素の流出が止まるであろう故、判るであろう≫
応えたのは<ウラノス>で、その言葉をリュシアンへ伝える。
「今はまだ、分からないらしい。当日にならなければ…と言っている」
それを聴いたリュシアンは、黙り込む。それを見てから、シドは<ウラノス>へ視線を転じる。
「<ウラノス>は本当に、大丈夫なのか?」
シドはそこを心配している。
≪ククク…シドは己の事より、迷宮の心配をするのか。稀有な者よ≫
<ウラノス>は、白いモヤを揺らした。
≪ワタシの心配は無用。大地の魔素が枯れれば危ういが、アレが外へ出れば大地から魔素の流出は止まるであろう。そうなれば、又こちらにも巡って来る故に≫
「そうか…」
≪だがその前に、ここの大地が消失すれば、話は別ぞ?ククク≫
そんな重たい事を言いながら、<ウラノス>は笑っているらしい。
「どうしてそんなに、余裕がある?」
シドの問いかけに、<ウラノス>からは愚問だとの答えが返る。
≪おぬしは、おかしな事を聴く。先に聴いておろう?迷宮はおぬしと共にある。おぬしらが動いて駄目であるならば、迷宮はそれを、ありのままに受け止める準備がある。ただそれだけの事。簡単であろう?≫
そう言って白いモヤは揺れた。
「そうか…迷宮の方は、もうすっかり覚悟を決めている、と言う事なんだな…」
シドはそう言って一つ頷いた。
「そうだな。俺達もやれる事はやってみるつもりだ。それの結果は分からないが、又皆に逢いに来るから、待っていてくれ」
≪うむ。ではワタシも次こそは、ダンジョンマスターを用意しておく。腕を磨いておくと良い≫
そう<ウラノス>は気軽な口調で話すと、再び声を発した。
≪迷宮はおぬしと共に或る。おぬしの声は、迷宮に如何なる時も届くだろう≫
<ウラノス>の言葉に、シドは深く頷いた。
≪では上まで送ろう。外は魔物が多い故、気を付けるが良い≫
「ああ。わかった」
≪ではシドよ。幸運を祈っておる≫
「ああ。またな」
シドの返事が終ると、2人は<ウラノス>の入口に戻っていた。今回<ウラノス>に来たのは、迷宮の無事を確認したかったからで、それは現時点では、問題ないとの事であった。
それにホッとするも、ウロボロスは近日中に眠りから覚めるだろうと<ウラノス>から聴かされた。
2人はその話を伝えるべく、キリルの街へと向かったのであった。
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一方キリルの街でも、王都の冒険者ギルドからの通達が届いていた為に、今日、B級以上の冒険者が街を出る事になってしまったのだ。
王都に、上位冒険者を取られた大森林周辺のギルドマスター達は、頭を抱え、C級以下で対応せざるを得なくなった事に、戸惑っていた。
そこへシドとリュウは、キリルの街にある冒険者ギルドへと、到着する。
混み合う冒険者ギルドの中に入れば、皆不安気に話し込んでいる。2人はそれらを横目に、受付けへと辿り着いた。
「すまないが、ギルマスはいるか?」
シドの問いかけに、受付けは困惑する。
「すみません。中には居りますが、少々取り込んでおりまして、直ぐにはお会いできないと思います」
と、もっともな返事が返ってくる。
知らない冒険者が突然来て、ギルマスに会わせろと言っても、まずはこんなものだろうとシドは思う。
「すまないが、少々急いでいる。“例の件で”と、ギルマスに取り次いで貰えないか?俺はC級の、シドと言う者だ」
シドは何となく何かを匂わせて、受付けにそう伝える。
すると受付は、“確認して参ります”と奥の扉へ消えて行った。
隣にいたリュウが、呆れた顔でシドを見上げる。それにシドは口角を上げると、小声で話す。
「ものは言い様…だろう?」
その答えに“プッ”と、リュウが噴き出した。
「もう…兄さんはコレだから…」
とブツブツ言っている。
そこへ奥から戻った受付が、“ご案内します”と、シドとリュウをギルマスの執務室へと案内した。
2人が通された執務室は、大量の書類があちらこちらに積み上げられ、雑然とした印象を受ける部屋であった。
ギルマスと思しき男性は、茶色の髪に琥珀色の眼をした大柄な人物で、シドとリュウはその者に促され、ソファーへと腰を下ろした。
「俺はキリルのギルマスで、“ニックス”と言う。お前さんがC級の、シドか?」
そう言ってギルマスは、シドへと視線を向けた。
「ああ。俺はC級でシド。隣が弟のリュウで、D級だ」
そうシドが言えば、ギルマスは一つ頷いた。
「確かお前さんの名前は、エポのギルマス“ダリル”から、聞いた気がするな…」
「ああ。以前エポのギルマスには、世話になった事がある」
「そうか。やはりお前さんの事だったか…」
そう言うとギルマスは、面差しを引き締めた。
「それで、“例の件”とは何の事だか、聴いても良いかな?」
ニックスは琥珀色の眼を細め、じっとシドを見据えた。
「ああ。…例の物が、近日中に眠りから覚める。この街の住人を他へ、避難させた方が良いだろう」
シドは具体的な事は何も言わず、そう告げた。
しかし、何かに思い当ったであろう、ギルマスの顔色が変わった。
「おい…それは…」
「“デュラハンの兜”から、南部にこの事を伝えてくれと言われて来た。避難させた方が良いという言葉は、俺の意見だが」
シドは話の信ぴょう性を持たせるため、A級パーティの名を出す。
彼らに南部を頼むと言われたのだから、事後報告でも多分大丈夫だろうと、シドが勝手に思っての事である。
「そうなのか…もうそこまできていたとは…」
ギルマスはそう言うと、考え込んでしまった。2人はそのままじっと、ギルマスの次の動きを待つ。
そして、程なくして視線を2人へ戻したギルマスは、大きく頷いた。
「わかった。冒険者ギルドとして、街へ避難指示を出そう。C級冒険者達には、この街に残ってもらう事にはなるが…。お前さん達は、他の街へも行くんだろう?」
ギルマスはそう方針を固めた上で、シド達に問いかけた。
シド達は今の処、他の街へ行く予定にはしていないが、ここに留まる訳にも行かない為、一つ頷いて返した。
「そうか…わかった。情報に感謝する」
そう言ったギルマスとはそこで別れ、シドとリュウは受付まで戻ると、そのまま冒険者ギルドを出て行った。
それから少しの時間が経ってから、再び冒険者ギルドの扉が開き、4人の冒険者達が入って来る。
その4人は真っ直ぐ受付へ行くと、声を掛けた。
「では俺達は、これから王都へ向かう。ギルマスに、よろしく伝えておいてくれないか」
「はい、畏まりました。竜の翼の皆様には、キリルの冒険者ギルドとしてお礼申し上げます。今日までお世話になり、ありがとうございました…ご武運を」
「ああ、ありがとう。では行ってきます」
そうペリンが返すと、B級パーティ竜の翼は、今入ってきたばかりの扉を抜けて、王都へと向かったのであった。




