91. A級冒険者
ザクッザクッと音を立て、5人は土の剥き出した道を歩いている。暫くすると歩きながら、アドニスがシド達に話し掛けた。
「2人は、何処の街の所属なんだ?」
アドニスの問いかけに、他の2人もシド達へ顔を向ける。
「俺達は、固定の街には所属していない」
シドはありのまま、そう話す。
「へえ。じゃあ色々な街に行って、ダンジョンに潜っているのか?」
と、今度はボーナムが聞いてきた。
先程シド達がダンジョンへ潜っていた為、いつもダンジョンを渡り歩いている者だと、勘違いをしたのだろう。
「別にいつも潜っている訳ではない。今日は、偶々…だな」
シドは慎重にそう返した。
「そうだったか。俺達も、いつも潜っている訳ではないんだよな。俺達も今日は、偶々なんだ」
そう言ってブライアンは笑う。
「こんな日に、“偶々”な奴が多いな」
ブライアンに続けて、ボーナムが突っ込む。
「では3人は、いつも外なのか?」
シドの言う“外”とは、ダンジョンではない依頼の事である。
「ああ。俺達はいつも、外の依頼を受ける事が多いな。こうやって偶に潜る位だ」
「そうか」
「ああ。今日はその依頼で、偶々潜っていた、と言う訳だな」
と、ブライアンは続けた。
他の2人も頷いて、今度はボーナムが訳を話す。
「今日は、ダンジョン内の調査依頼だったんだ」
そう言って3人は、苦笑を浮かべた。
「調査?」
「ああ。ここ数日、<フェイゲン>の様子が変わってきていると、報告が上がっていたらしい。俺達は、“ちょっと様子を見てきてくれ”と頼まれた、と言う話さ」
そうボーナムが言えば、他の2人は又苦笑している。
「それで?」
シドはその先を促す。
「まぁこれは様子見ってところだろう。暫くは潜らない方が良いと、俺達は進言するつもりだ」
ボーナムの言葉に、シドは真っ直ぐに目を向け、真剣に耳を傾ける。
「今回のものは“消滅の予兆”ではないと、俺達は考えている。通常、ダンジョンが消滅するならば、魔物が全く出なくなった後だろうし、今回の崩落は、それには該当しない。それに、最近は復調するダンジョンもあると聞く。様子を見てから、ギルドに判断してもらった方が良いだろうな」
ボーナムがそう言えば、シドは頷いて返す。リュウも隣で少しホッとした顔をしている。
シドとリュウは、先程まで話していた<フェイゲン>が、このまま封鎖されてしまうのかと、実は気をもんでいたのである。
彼らの報告によっては、ダンジョンの入洞は今後一切できなくなるだろう。
暫く様子を見てもらって、<フェイゲン>が安定した後に又確認してもらえば、<フェイゲン>は迷宮で或り続ける事ができるだろう。
だがその前に、大森林の問題が残っているのであるが…。
そこでシドは、3人へ尋ねる。
「魔物の事で教えてもらいたい事があるが、聴いても良いか?」
「ん?俺達で分かる事なら、知識の共有はするぞ」
ボーナムは当然だ、という様に話す。
「では“ウロボロス”という名の魔物を、知っているか?」
シドは3人へそう聞いた。
すると3人の顔色が、変わったように見えた。それを見たシドは、その続きを待って黙っている。
「シド…と言ったか。それは何処で聴いたんだ?」
ボーナムが慎重に返してきた。これは何かあるのかと、シドも言葉を選ぶ。
「誰かに直接、聴いた訳では無い。以前読んだ書物にその名を見たから、少し気になっていたんだ」
まさか<フェイゲン>から聴いたとも言えず、当たり障りなく話す。
リュウは沈黙を守っているが、リュウもその答えを知りたい様で、真剣な眼差しを3人へと向けている。
「これは…随分と勉強熱心な者も、いたもんだ…」
そう言って、3人が顔を見合わせ頷く。そして声を落として、ボーナムは続けた。
「その魔物の名は、A級昇級時に聴く事が出来るものだ。だからA級以外の者は、知らないと思っていた」
そう言ってからボーナムは、2人を見据える。
「君達はCとD、だよな?」
「ああ、そうだ」
「だから本来ならば知らない魔物のはずだ。それを聴いてどうするつもりだ?興味本位で聴く者に、気軽に教える事は出来ない」
シドとリュウは、その答えに顔を見合わせる。
この言葉を聞いただけで<フェイゲン>の言った言葉が、繋がったように感じたのである。
シドとリュウは互いに頷くと、3人の冒険者へ視線を転じた。
「それが、動き出すかも知れない…」
シドは、この3人に賭けてみる事にした。
知り合って直ぐとは言え、曲がりなりにもA級パーティである。冒険者ギルド組合から、人格や能力等に問題はないと、信頼を得ている者達なのだ。
「おいっ何を言っている」
ブライアンが、焦ったように返す。
「その書物にはこうも書いてあった。“大森林の眠れる魔物ウロボロスが目覚める時、大地の魔素を吸い取り生気を満たす”と。だから大森林に近いここのダンジョンは、その魔素の影響を受けたのではないかと、そう思ったんだが」
ダンジョンが大地の魔素を使い活きている事は、当然この者達は知らない。だが、その話の大筋は、ズレてはいないはずである。
シドの言葉を聞いた3人は、酷い顔色となる。少なからず、その可能性に気付いたのであろうと、推測できた。
「復活が近いと…ウロボロスが復活するならば、それはこの街どころのレベルではないぞ…」
驚愕とも取れる声で、ボーナムは呟いた。これで多分彼らにも、事の重大さは伝わっただろう。
「なぁ、それが出てくるとは、契約の破棄を意味するという事か?」
そのブライアンの声に、答える者は誰もいなかった。
確かに、そのウロボロスが出たからと言って、それが契約の破棄となるのかは解らない。
もしもその契約に猶予と言うものがあるとすれば、契約を破れば大災害をもたらすぞという、最終の警告とも取れるのである。
此ればかりは契約当事者ではない為、誰一人として理解している者はいないであろう。
「おい、ボーナム。それならば全ての辻褄が合うな」
アドニスはそう言って、真摯な眼差しをボーナムへ向けた。
「ああ…。崩れるダンジョン。そしてウロボロスの気配を感じ始めた大森林の魔物達が、森の外へ移動をする事で、魔物の出現が多くなっている…という事だな」
3人は互いに頷き合うと、シド達へと視線を向けた。
「シドとリュウは、街の宿を決めているのか?」
いきなり話が変わった事に、言われた2人は顔を見合わせる。
「いや、まだ何も決まってはいないが…」
そうシドが話すと、ボーナムが続けた。
「では、俺達と同じ宿にすると良い。何かあれば、話もできるしな」
「そうか。そうだな」
シドは、その提案に乗る返事をする。
「では“虹色の雨”という宿にしてくれ。街の中心近くへ行けば、わかるはずだ。俺達は、冒険者ギルドへダンジョンの報告と、この件を伝えて来る。事は急いだ方が良さそうだからな」
「そうだな。了解した」
それから “デュラハンの兜”とは街の入口で別れると、シドとリュウは、ダイモスの街の中心へと向かって行ったのだった。
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大きな窓に背を向けて、重厚な机の上に目を落としている国王は、持っていたペンの動きを止めると、一つ息を吐いた。
王太子との会話の後も不安は絶えず、彼を飲み込もうとしていた。
コン コン
そこへ扉をノックする音が聞こえ、荘厳な扉が近衛によって開かれる。
入ってきた者はこの国の宰相で、国王の親友であり永い付き合いの、“スコルド・ファイゼル侯爵”であった。
「失礼いたします。陛下、ご報告とご相談が…」
鬱金色の髪に切れ長の翠眼を真っすぐに向け、言葉を切ったスコルドに、国王は一つ頷くと、片手を上げて掌を上下に振った。
それを見た部屋の者全員が、静かに部屋を出て行く。その扉が閉まった音と共に、スコルドが机の前まで出て一礼する。
「貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます」
「よい、スコルド。楽にしろ」
国王メルクリウスはそう言うと、深いため息を吐いた。
それを聞いたスコルドは、真面目な顔が消え、苦笑する。
「人払いしてくれて助かる。余り他の奴らには聞かせられん」
その言葉に、国王はスコルドを注視して、次の言葉を待つ。
「例の事業計画を再開した途端、魔物が街々に溢れ出したようだ。今までの比ではないらしい。これでもう契約とは無関係と、言い張る事は出来ないぞ」
「それ程酷いのか?」
「ああ。北部はまだ然程影響を受けていない様だが、大森林に面している領地では、洒落にならない様だ。毎日大量の、被害報告が上がっている。もはや国の存続に係わるレベルと言って良い」
「そんなに、か…」
「お前がそうやって、息子の様子を見守っている間に、国が亡ぶぞ?」
スコルドの発言はいくら親友と言えど、一国の主に対する言葉ではない。だが国王は、それを咎める事無く、諫言として聴いているのであった。
「国が亡べば“国王”も“王太子”も必要ないな。だったら今からでも、辞めてもらって構わないぞ」
スコルドは、本気とも冗談とも取れる事を言った。
「そうだな」
国王はそれにも怒る事はしない。
ある意味でこのスコルドは、国王の頼みの綱であり、こうして自分の弱い所を度々指摘しては協力して、今まで乗り越えてきた謂わば“戦友”なのである。
「ではいい加減に、勅命で計画を中止しろ。そうでなくば、アレが出て来るぞ」
「まさか…今ならばまだ、そこまでは行くまい…」
「何を言っている。今まで3ヶ月も、お前は何もしなかった。その3ヶ月は誰にとっても同じ時間。その意味する処を考えれば、既にアレが出て来ていても、私は驚かないぞ」
スコルドの言葉に、国王は二の句が継げず視線を落とす。
仮令議会で承認されていたとしても、国王が中止と宣言を出していれば、それは、ここまで大きくなっていなかった事である。
それを思って国王は、自分の愚かさを呪った。そして俯いていた顔を上げれば、それは毅然とした、国王としての顔に戻っていたのだった。
「宰相よ。もう手遅れかも知れぬが、我は勅命で命ずる。直ちに王都拡張計画を中止し、今後一切、大森林に手を出す事を禁ずる。その旨、早急に手配せよ」
スコルドは、国王に戻った親友に敬意をこめて拝礼をする。
「畏まりました。勅書を速やかに発行し、計画の中止を発表致します」
そう言ってファイゼル宰相は、踵を返すと自ら扉を開き、王の執務室を後にする。
そして残された国王は、まだ誰も戻らぬ部屋で独り目を瞑ると、大きく息を吐いたのであった。




