90. 大森林周辺
「あれ?ここって<ウラノス>じゃなかったっけ?」
「何言ってんだよ。ここは<ウラノス>に決まってんじゃ…。え?!」
2人の冒険者は、ノックス領のキリルの街から今日、ダンジョンに潜ろうと此処へやってきたのだ。
「入洞禁止になってんな…」
「今日は閉店?…なんてな。ははは…」
「何だか分んねぇが、入れないみてーだな」
「ああ…」
「仕方がねー。戻るかぁ」
「とんだ無駄足だったな」
そんな会話をして、ダンジョンから踵を返した2人は、キリルに向かって今来た道を戻る。
“ガサッ ガサガサ”
その2人の耳に音が届く。
冒険者達が驚いて振り向けば、視線の先には大きな体躯をしたレッドベアが立っていた。
『ガァアァァー!』
「ぁわー!!何だよっアレは!」
2人はレッドベアへ向き直ると、戦闘の構えを取る。
「レッドベアじゃん!ここ、街の近くだぜ?!」
「ああ、やばいな…」
そう言っている間にも、その魔物はこちらへ向けて迫って来る。そしてよく見ればその後方にも、もう1匹のレッドベアが見えた。
冒険者達の額から、汗が流れた。そして、1人の冒険者から魔法が飛ぶ。
「炎矢!」
もう1人の手には、剣が握られている。
「俺じゃ間合いが詰められねー。魔法をガンガン頼む!」
「わかってるって!炎矢!!」
2人は魔物と距離を取りつつ、何とか応戦する。
その時彼らの後ろ、街の方から複数の足音が聞こえてきた。
剣士は振り向くと、安堵の息を吐く。
「助かった~救援の様だ」
「うう…早くしてくれ…魔力が尽きちまう…炎矢!」
そこへ、4人の冒険者達が合流した。
「無事か?」
「「何とか…」」
そう言って2人は、泣きそうな顔でその者達を見た。
後から来た4人は、顔を見合わせて頷く。
「ルナレフ、俺と一緒に頼む」
「了解~」
「ミードとテレンスは、援護を頼む」
「「了解」」
ペリンとルナレフは、魔物に向かい突っ込んで行く。他の者達は後退して距離を取り、冒険者達を護りつつ2人を援護する。
程なくして、2匹のレッドベアは倒れた。
―― ドーンッ! ――
「ペリン、ルナレフ、お疲れさまでした。こちらの2人に怪我はありません」
「それは良かった」
そう言って話しているミードとペリンへ、2人の冒険者は頭を下げた。
「ありがとう助かったよ…。俺達はダンジョンに潜ろうと思ってここまで来た、C級の“獅子の爪”という者だ」
「間に合って良かったよ。俺達はB級の“竜の翼”という者だ。この辺りまで、魔物が来ていると聞いて出てきたんだが、このダンジョンは昨日から、立入禁止になっているはずだ」
「え?昨日から?!ギルドに寄ってなかったから、気が付かなかった…。昨日キリルに来たばかりなんだ、俺達」
そう話している後ろでは、ルナレフが魔物を燃やしていた。勿論、一部の部位は切り取り済みである。
「俺達は一旦報告に戻るから、俺達と一緒にキリルへ戻ろう」
「そうしてくれると有難い」
こうして6人は、キリルの街へと歩き出したのだった。
後から合流した彼らは、コンサルヴァ所属の“竜の翼”であるが、先日、キリルの冒険者ギルドからコンサルヴァのギルド宛てに、冒険者の派遣要請が来ていたのだ。
大森林周辺で魔物の出現が相次ぎ、キリルの街の冒険者達では、対応が追い付かなくなったのだと言う。
そしてキリルの北にある“エガニ村”には、既に避難指示が出ていて、村の者達はキリルの街に避難をしている状態であるが、このキリルの街自体も、魔物の対応に苦慮していたのである。
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一方ここ、ソルランジュ領の都“センベロ”の、冒険者ギルドの執務室では、ソルランジュ伯とセンベロのギルドマスター“オジー”がソファーに座り、テーブルを囲んでいた。
「ふむ。一向に鎮まる気配がないな」
「はい。つい先日はB級の魔物が街の近くに出現し、C級パーティが複数で対応に当たったところです」
「ここにはB級は、どれ位いる?」
「パーティは1組、ソロが1名です」
「そうか…やはりブルフォード領に、A級の応援要請をしておくか。確かタルコスには“天馬”がいたな…」
「はい。ディーコン率いる“天馬の眼”がいます。…ですが、あちらも自領内が手薄になる様では、派遣も難しいかも知れません」
「そうだな…。それで、うちの馬鹿息子はまだ戻らぬか?」
「はい。ですが、ジョージク様には数日前に手紙を送ってございますので、そろそろ戻られるかと」
「では、それに任せるか。後はこちらの騎士団も対応させる。そちらは主に、人的な対応に当たってもらう予定だ」
伯爵の言葉に、ギルマスが会釈を返す。
「大森林に、領内ではここセンベロが一番近いですし、街の者達にも不安が広がっている様です。人々を安心させて頂けると助かります」
「うむ。それにしても、王家は何を考えているのやら…」
不満げに眉を寄せて、ソルランジュ伯は続ける。
「我々が報告を上げても、何も変わらない。魔物の動きが活発なのは、我領だけではあるまいに…。他領からも話が上がっているとは思うが、それを王都の工事と結び付けられんのか…」
「契約の件ですね?」
「ああ。王太子が復帰して、王都では本格的に拡張工事を進め始めた様だ。今までは人員募集程度であったが、その際も王太子が体調を崩したと聞いた。それでアレに思い当らんとは、いったい何を考えているのやら」
「私は、王太子殿下に御目通りした事はございませんが、噂では大層真面目な方でいらっしゃるとか」
「良く言えば、謹厳実直。悪く言えば、猪突猛進。質実ではあるが、周りが見えていない所もあり、常に自分が正しいと考えている節がある様に、お見受けできるな…」
「国王は、お止めして下さらないのでしょうか」
「あの方は、息子に甘いところもあるしな…。親としての気持ちも解るが、ことが国の大事となれば、そろそろ本気で動いていただかねば、手遅れになるやも…」
「国が亡びる…」
「そう。大森林との契約は、国の安定。それを不履行とするならば…」
「崩壊…ですね」
「そういう事だな」
「何にせよ、これからが正念場となるだろう。我々は、己の出来る事をするのみだ」
「はい。冒険者ギルドは、全力で魔物の対応に当たります」
「頼んだぞ」
「畏まりました」
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シドとリュウは<フェイゲン>に転移してもらい、ダンジョンの1階層に出た。
ここは先程通った場所で、2人はそのままダンジョンの入口へと進む。
その洞内を見れば、1階層は余り崩落個所がない様で、浅い階層に居た者達には、被害が及ばなかったのだろうと思う。
シドとリュウが入口まで来れば、多数の冒険者がそこを見守っていたらしく、2人の姿を確認すると、皆ホッとした様な顔をした。
「中には誰もいなかった。あれから揺れも起きなかったし、あの一度だけで済んだようだ」
シドは皆に聞こえる様、入口から誰にともなく話す。
それに1人が頷いて、シド達に声を掛けてきた。
「さっきダイモスのギルドへは、一報を入れた」
それにシドは頷くと、状況の確認をする。
「それで、皆は無事だったのか?」
「ああ。皆軽症ですんで、既に治療済みだ」
「そうか」
「ダンジョンの事は、後はギルドの判断に任せる事になるな。まぁこれで、冒険者達は暫く潜れなくなった訳だが」
「元々渋かったから、そんな変わんねーなー」
と、別の冒険者達から突っ込みが入る。それに皆が笑い、笑うだけの余裕がある事に、シドは安心する。
その言葉を交わした後、そこに居た冒険者達は、次々にそれぞれの街へ戻って行った。どうやらシド達を心配して、皆が残ってくれていたらしいと知る。
<フェイゲン>はギルドの判断にも寄るが、当分立入禁止になるだろう。だが、ダンジョンを安定させる時間も必要な為、丁度良い事なのかもしれない。
シドがそう思いながらその場に残っていると、つい先ほどまで話していた人物が、又声を掛けてきた。
「君達は、どっちの街に行くんだ?」
その声に、シドとリュウは振り返る。
背格好を良く見れば、それは洞内で見掛けた3人組の様で、土塗れであった全身は、土埃を払ったのか、色を取り戻していた。
赤い髪と蒼い眼をした者と、碧の髪に緑の眼をした者、紫の髪に灰色の眼をした体格の良い3人が、シド達の近くまで歩いて来たのだった。
「俺達は、ダイモスへ行こうかと思っている」
シド達は今朝、ウドを出発してきたので、今日はダンジョンの後、ダイモスの街へ行こうと思っていた。
「俺達は、ダイモスの者なんだが、一緒に街まで行かないか?」
その申し出に、2人は戸惑う。
「ああ、自己紹介もしてなかったな」
そう言って碧の髪の男が話す。
「俺達はA級パーティ“デュラハンの兜”で、俺はリーダーの“ボーナム”。こっちは“ブライアン”。でこっちが“アドニス”」
そう紹介された者達を見れば、碧の髪はボーナム、ブライアンと言われた者は赤い髪で、この2人は剣士の様だ。そして、アドニスと言われた紫の髪の者は盾を持っており、皆190cm以上でがっしりとした体躯に、30代半ば位の落ち着きを見せていた。
彼らの言葉を受け、シドとリュウもそれに返す。
「俺達は、D級“グリフォンの嘴”。俺はシド、C級だ。こっちは弟のリュウ、D級だ」
シドの説明に、リュウはペコリとお辞儀をする。
それを聞いた3人は、目を見張る。
先程はC級としか言わなかったが、今度はD級パーティと言ったのだから、それも当然である。
「すまない。さっきは、ああ言わなければ、俺達を心配すると思って言った。今こうして無事であるのだから、許してもらいたい」
シドは3人を見て、そう説明をする。
その言葉に3人は苦笑を浮かべると、頷いてくれた。
「まぁさっきは仕方が無いよな。別に嘘は言っていないんだ。気にするな」
そう話したのは、リーダーのボーナムだ。他の2人も頷いている。
「で、一緒に行かないか?」
シドとリュウはその誘いに、顔を見合わせて頷くと、シド達は3人と共に、ダイモスの街へと歩き出したのであった。




