89. その地に眠る物
本日は88話と併せ、2話を更新しております。
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シドは立ち上がってから漸く、<フェイゲン>を見た。
先程まで儚く揺れていた白いモヤは、気のせいか、少し明るくなった様だ。
そこでシドは<フェイゲン>に問うた。
「どうだ?」
≪ああ…。魔素の流れを、感じる事が出来る様になった。これは以前の感覚に近いものだ。礼を言おうぞ、再生者よ≫
「そうか。成功したならば良かった」
シドはそう言うと、更に言葉を紡ぐ。
「先程、大地の魔素が薄いと言っていたが、それは時々ある事なのか?」
≪否。我は初めての事。400年程ここにおるが、今までには一度たりとも経験した事はないの≫
それを聴き、シドは眉間のシワを作る。
では魔素が薄くなっているというのは、ダンジョンのせいでは無いのだろう…とすると。
シドはそこで思考を切って、<フェイゲン>に確認をする。
「魔素が薄くなったのは、いつからだ?」
≪ふむ…人で言う処の3ヶ月程前からじゃの。我には昨日の事の様に感じるが、言葉で表すならばそれ位じゃな。その頃から、大地の魔素が、何処かに吸い取られているかの如く、入って来る魔素が薄くなっていった≫
「3カ月前…」
シドがポツリと零せば、リュシアンもその言葉に反応した様で、シドの隣へ来て並んだ。
「3カ月前?」
リュシアンがシドに問う。
「ああ。<フェイゲン>の周りの魔素が、3ヶ月前から薄くなっていったと言っている。先程まではそのせいで、迷宮の維持が難しくなっていた様だった」
シドのそれに、リュシアンは目を見張る。
「それって…」
「ああ。また一つ、符合する物が出たな」
その言葉に、リュシアンは泣きそうな顔を見せて黙り込んだ。
リュシアンの頭にシドが手を乗せると、<フェイゲン>が話す。
≪何か思い当たる節でもありそうじゃの≫
シドは<フェイゲン>を見て頷いた。
「ああ。大森林で何かあるのかも知れない…」
≪ふむ。それならば魔素を取られる事もありうるじゃろう。そう言われれば、確かにあちら側が騒がしいかの…≫
<フェイゲン>の言う“あちら側”とは、大森林の方角だろう。ここにきて迷宮にまで被害が出ている事を、シドは知ったのである。
「では、他のダンジョンも困っていると?」
シドは大森林の近くに、<ウラノス>がある事を思い出す。
≪否。他も又、薄いと感じておる迷宮もいる様ではあるが…。我は魔素の供給が元々薄かった故、ここまでの影響となったが、今おぬしが広げてくれた供給口以上を持つ迷宮であれば、耐えられるであろう。今の処は…だがの≫
「そうか…」
結局今のままでは、この国からダンジョンすら、消滅する事になるのかも知れないと、シドは背筋が寒くなる思いがした。
≪ではシドよ。礼をせねばならぬ故スキルを渡すが、今は魔素を維持へ回しておる故、大したものは出せぬ事を先に伝える≫
そう言って<フェイゲン>は言葉を切ると、白いモヤが揺れた。
≪反射を渡した。使うてくれ≫
「反射…」
≪うむ。然様≫
「それで、それはどんなものだ?」
≪それは反射させるスキル。炎を放ったものには炎を還し、水を放ってくるものには水を還す。それを出したものにそれを送り還してやるスキルじゃな≫
「これは、魔法で放たれた物に限る?」
≪否。力であれば、力も還す事になる≫
「では、全ての物を跳ね還す?」
≪そう言えるやも知れん≫
「これは、連続して使えるのか?」
≪可能。じゃが、魔力を使うもの故、魔力が無くなれば使えなくなると、覚えると良い≫
「魔力使用量は?」
≪多少…と言えるのか。その受けたものに比例する。相手の放つ魔力量と同量となる故、大きな魔法を受けた時にそれを使用すれば、その分おぬしの魔力もなくなるであろう。力であれば、その重さに値する魔力を使用する事となる。要は還すときに同等の、魔力を使うという事じゃな≫
「では大きな魔力を使った魔法に、俺が集中を掛けて還せば?」
≪ふむ…。結果が同等となるもの故、“集中”を使えばおぬしの魔力消費は、その半分程となろう≫
“反射”と言えばただそれだけと思いきや、こちらから打ち還す為には、同等の魔力を使う事になるらしい。
先日の“サラマンダー”位であれば、然程の消費量ではないとは思うが、回数を重ねられれば、こちらの魔力が尽きる事になるという事らしい。
それに火の魔物に火をぶつけても、ダメージは殆ど与えられないのであろう、と考えられた。
「その反射させる相手は、選べるのか?」
≪それはその時次第。受けた魔法や力は、もらったものへ還すのみ。じゃが、それ以外であれば可能であろう≫
「それ以外…?」
≪然様、例をあげるならば。…森の中でそれを使えば、一時的に周りの景色を反射させて、己を隠すという使い方もできるであろう。この時は、魔力は微量で済むはずじゃ≫
「そうなのか…解った。礼を言う」
≪ふむ、礼は要らぬの。それにしても大森林とはまた、厄介な物が動こうとしておるようじゃな≫
その言に、シドは引っ掛かりを覚えた。
「動く…とは?」
≪大森林には“ウロボロス”が眠っておろう。それが動きだす為、魔素に影響を及ぼしておるとしか思えぬが、おぬしは知らぬのか?≫
「ウロボロス?いいや、大森林にウロボロスが眠っているとは、聴いた事がない。そのウロボロスとは、何だ?」
≪うむ。我も見た事がある訳でも、ましてや迷宮の内で出現させる事は出来ぬ物じゃが…一言でいえば、“ドラゴン”かの≫
「ウロボロスは、ドラゴン?」
シドはリュシアンにも話が解るように、復唱する。
「は?」
隣でリュシアンが声を出した。
「では、そのウロボロスが魔素を吸収して、動き出すと?」
≪その可能性もある、という事じゃ。それは“確実”ではなく、可能性の一つとして告げておる。我も詳細に、大地を覗ける訳ではないからの≫
<フェイゲン>はそう言って、モヤを揺らした。
その可能性があるだけでも、とんでもない事が起こりそうであることは解る。
「そのウロボロスとは、飛翔する物か?」
≪否。翼は持たぬ故、常には大森林を守護する物として、そこに或る。故に、何かしらの危険が大森林に及べば、それは眠りから覚める事となろう≫
「大森林に手を出せば、出現するドラゴン…」
「大きいのかしら?」
リュシアンがポツリと零す。
≪うむ。小さくはなかろうな。我には入りきらぬ大きさ故、随分と大きかろうて≫
「このダンジョンには入りきらない大きさ、らしいぞ」
「それは最下層の部屋に、と言う事?」
≪是≫
シドはその答えに、リュシアンを見て頷いた。
シドとリュシアンは、先日の<ボズ>の最下層の部屋を思い出し、50mはあったよなと遠い目をする。
そのシドの思考に気付いた<フェイゲン>は、それに答える。
≪我はそれよりも小さいで、もう少し小振りであると思うぞ?≫
と、慰めにはならないフォローをしてくれた。
それに苦笑したシドは、そのフォローに礼を言うと、リュシアンへ向き直り声を掛けた。
「これは思っていた以上に、拙い事になりそうだな。このままでは伝承で聴いた通り、安定が覆され国が亡ぶかも知れない」
シドの言葉にリュシアンは深く頷くと、2人は<フェイゲン>に向き直った。
「<フェイゲン>色々と助かった。貴重な情報に、感謝する」
≪ふむ。我も再生を頼んだ故、礼は不要であるの。今後、おぬしらの動きに因っては迷宮も亡ぶやも知れん。しかしそれは、その運命であったと、おぬしらを見て覚悟を決める事も出来た≫
そう言って白いモヤが揺れた。
≪迷宮は、おぬしと共に或る事を努々忘れぬよう。いつでも迷宮はおぬしの声に、応えるであろう≫
<フェイゲン>の言葉に、シドは深く頷き返すと“感謝する”と呟く。
≪では上まで送ろう。もう内部も崩壊の恐れはないはずじゃ。まだ数日は安定せぬであろうが、以前程度には我は回復するであろう≫
「ああ。上まで送ってもらえると助かる」
≪では後ほど、“リュシアン”にもよろしく伝えてくれ。ではな、シドよ。幸運を祈っておる≫
<フェイゲン>のそれで、シドとリュシアンの姿は、その空間から消えたのであった。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
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まだまだ不慣れな筆者ではございますが、最後まで、シドにお付合い下さいますと幸いです。
盛嵜 柊




