88. 崩落
本日は2話を投稿予定です。
次話は、本日の20時過ぎの更新となります。
お付き合いの程よろしくお願いいたします。
シドとリュウは<フェイゲン>へ足を踏み入れる。
“コツンッ コツンッ”と靴音が響くが、それも直ぐに他の者の靴音に消されてゆく。人の気配が多いダンジョンの中は、戻って来る者達とも結構すれ違う。
その戻って来る者達は若い年代が多く、見た感じはD級E級のパーティ辺りであろうと、推測する。
彼らは魔石を取りに来ている様であるし、殆ど取れないとなれば早々に見切りをつけて、他の依頼を受ける事になるのだろう。
2人はそのまま、ダンジョンの中へ進んで行く。
この<フェイゲン>は10階層で浅い為、地図を持たずに入ってきていたシドとリュウであった。
「地図、貰ってくれば良かったかも」
「そうだな。浅いと思って油断していたな。思ったより階層毎が、広いのかも知れないな」
ここはまだ1階層であるが、道は一つではない為、少々ウロウロと歩き回っていた。
まだ入って1時間も経っていないが、魔物とは1回しか遭遇していない。
「魔物も余り出ないね」
「そうだな。やはり聞いた通りに少ない気がするな」
シドとリュウは、主に外での依頼を受けている冒険者の為、いつもどうなのかは分らないが、この調子が常であるならば、魔石を取って生活しようとしても、食べて行く事は出来ないと思われる程の遭遇率である。
そして先程出た魔物は、ドロップが無かった。いつも100%ではないだろうが、少々不安が募る。
洞内ではパラパラと冒険者達にも会うが、皆浮かない顔をして歩いている。
シドとリュウは下階へ続く道を見付けると、階層を下った。
シド達は今、5階層まで来た。
遭遇した魔物は、全部で11体。ダンジョンの半分を降りて11体では、シド達でさえ体感として、少なく感じる数であった。
シドとリュウは明かりの灯る道内で、顔を見合わせ肩を竦めた時、ダンジョンがグラリと揺れた。
2人は一気に緊張感を漲らせると、周辺の気配を探った。
だがそれ以上の揺れは感じず、再び慎重に歩き出せば、何処からか2人の耳に、微かに声が届いた。
「ぅぅ」
シドとリュウはその声を拾うと、その発生源を探して走る。
するとシド達がいた道の、少し先にある別の道に、土砂に埋もれた人が倒れていた。
「大丈夫か?」
2人は駆け寄ってその人物を見れば、頭から血を流し土や岩に体が埋もれ、意識もない様だ。
シドは身体強化を掛けると、リュウへ指示を出す。
「リュウ、少し下がっていてくれ。この人を出すから、後で回復を頼む」
「了解」
リュウは距離を取って離れると、シドは上に乗っている岩を退けて、その人を土砂から引っ張り出すと走査で視る。
そして特に大きな損傷がないと確認すると、リュウへ場所を交代し、続けてリュウがそこに来て回復を掛けた。
これで体は大丈夫だと思うが、まだ意識は戻らない様だ。
周辺を見ても他に人はいない様で、一人で潜りに来ていた者だろうと推測する。
そうしていると、シド達に声が掛けられた。
「おい!大丈夫か?」
それにシドとリュウが振り返れば、土に塗れた者達が3人立っている。
「俺達は大丈夫だが、この冒険者の意識がない様だ」
シドは慎重に、この状況を説明する。
「一緒のパーティではないのか?」
「ああ。通りかかったら、倒れていたのを見付けた」
シドと話している者達は、がっしりとした体格をした3人で、髪の色は土色になってしまっていてわからない程、汚れてしまっていた。
「そっちは大丈夫か?」
「ああ。俺達は9階層まで降りていたが、先程の揺れで壁の一部が崩落したんだ。何とか難は逃れたが、これから戻りながら、皆を外へ出させるつもりだ」
その言葉を聞いたシドは、頷いた。
「では、この人を連れて行ってくれないか?俺達はまだ、中に人がいるかも知れないから、それを確認して戻る」
「それは構わないが、2人で大丈夫か?」
「ああ。C級だから何とかなるだろう」
シドがそう伝えると、3人は納得した様で、頷くと倒れていた者を担いだ。
「では捜索は任せるが、無理はするなよ」
「ああ。当然だ」
その会話をして、3人の冒険者は外へ向かって歩いて行った。
それを見送ってから、シドとリュウは顔を見合わせた。
「他の階層を見て回るの?」
リュウはシドに首をかしげて見せる。
「いや、多分他の者達は、さっきの揺れで自ら外へ向かっただろう。俺達はこれから<フェイゲン>の所へ行く」
そうシドが言えば、リュウは心得た様に頷いてシドの隣に立つと、シドと手を繋いだ。
「<フェイゲン>、話がある」
シドがそう声を出せば、2人の姿は5階層から消えたのであった。
シドとリュウは、転移の浮遊感を抜けると、いつもの様な薄暗い空間に立っていた。
そこへ白いモヤが現れ、ゆらゆらと揺れている。
「来た様だ」
シドはリュウへそう声を掛けると、その白いモヤへ体を向けた。
「何かあったのか?」
そうシドから先に声を掛けた。
≪再生者…そのスキルを持つ者がこようとは≫
若干弱々しくも聴こえる声に、シドは戸惑いをみせる。
「どうしたんだ?」
≪うむ…近頃魔素の供給に、不具合が出ておる。我は元々、大量に魔素を取り込めんで、小振りである訳じゃが。それが更に弱くなっておる。大地の魔素が、薄くなっておる様じゃ≫
それを聴いたシドは驚く。
取り込むことに不具合があれば、治す事も可能であるが、大地の魔素自体が薄くなっているのでは、シドにはどうする事も出来ないのだ。
「それでダンジョンが脆くなっているのか…」
≪そうかも知れぬの。維持に足る魔素が入って来なくなっておる故に…≫
シドは何とかならないかと、思案する。このままの状態であれば、近々迷宮は崩落する事になるだろう。そう考えていた時、先程の会話を思い出したシドは、<フェイゲン>に問う。
「<フェイゲン>は元々、大量に魔素を取り込めなかったと言っていたか?」
≪是。我は生まれた時から、魔素の入口が細い故、それを利用できるだけの大きさにしか、成長が出来んかったのじゃ≫
それを聴き、この迷宮の階層数を思い出す。
<フェイゲン>は小型の10階層で、それは、まだ生まれたばかりであった<ウラノス>と同じ深さだと。それを考えれば、魔素の量が少ない<フェイゲン>は、大型迄成長する事なく、今までやってきたのだろう。であれば…。
「<フェイゲン>、魔素の供給口を整えよう。もう少し広げて取り込めば、大地の魔素が少なくなっても、今まで位は取り込めるようになるかも知れない。だが、これはやってみないと判らない事なのだが…」
シドは確証を得ている訳では無い為、提案として聴いてみる。すると<フェイゲン>から、直ぐに返事が返ってくる。
≪それは良いかも知れん。妙案じゃ。再生が叶わずとも、それならば我は納得して、最期まで活きる事が出来る≫
シドはそれを聴き、深く頷いた。
そしてリュシアンを見て目配せをすると、リュシアンは笑って頷き返し、壁際まで後退する。
それを見届けたシドは<フェイゲン>に向き直ると、剣を外して片膝をつく。
そして剣を脇へ置くと掌を地に付け、そっと目を閉じた。
シドから魔力が立ち昇る。するとシドの中に<フェイゲン>の構造が浮かび上がった。
10階層の迷宮には、動く物は殆ど感じられず、人の気配はない様で安心する。
そして集中を入れて視れば、迷宮自体が弱い印象を受け、魔素の量も、思っていた以上に少なくなっている事を感じた。
シドは一つ息を吐くと、<フェイゲン>が魔素を多く取り込める様、願いを込めて詠唱する。
「聖魂快気」
シドの詠唱と共に、迷宮の下より深く掘り起こす様にして、内部をすくい上げ、攪拌させ、魔素を少しでも多く取り込んでから、間口を広げて…戻す。
纏う魔力が消え、スキルを切ったシドは、そしてゆっくりと目を開けたのだった。




