87. 心積り
「では、暫くは王都周辺にいて下さると、助かるのですが…」
「それは、どういう意味だ?」
職員からの言葉に、シドは疑問を持つ。
「掲示板には貼り出してはいませんが、王都周辺では、魔物の出現が増えてきている様です。もしそれらの討伐依頼が出れば、C級以上の人が対象となるでしょう。ですので、C級以上の方々が近くにいて下さると、ギルドとしても安心できるのです」
「王都周辺という事は、大森林がらみか?」
「そこまでは判りません。ただ、以前南部で覚醒種のサーペントが出た事があったのですが、それ以降、魔物の動きが活発化している傾向にあります。ですので、大森林近くの領地では、警戒レベルが1段階上がっています」
ギルド職員が、ただの冒険者にここまで話してくれるという事は、この話は王都周辺の冒険者ギルドでは、皆知っている事なのだろう。C級以上に滞在してもらいたいのも、その警戒レベルの引き上げによるものだろうと、推測できる。
「そうか…」
そう言ってシドは、黙り込む。
「あの…別にこの街に滞在して欲しいとの、お願いではないですよね?」
リュウはそう言って、職員へ話しかけた。
「はい。王都周辺に居て欲しいという希望であって、この街に、と言う訳ではありません。先日まで北のダンジョンへ、C級冒険者達が大勢向かってしまっていたので、その予防…と言いましょうか、お声がけをさせて頂いているのです」
今職員が言ったダンジョンとは、多分<ボズ>の事であろう。
確かにドロップラッシュがあった頃は、冒険者達は皆、北へ向かってしまったのである。
「そうか…」
と、シドは同じ言葉を繰り返す。
どちらの事も、自分の眼で確認してきた事なので、話の流れが見え過ぎて逆に言葉に詰まる。
「わかりました。特に予定が入らなければ、王都周辺にいる様にします」
リュウは話せないシドの代わりに、返事をする。
「そうして頂けると助かります。緊急の招集があれば、ご対応下さるとギルドとしても感謝いたします」
そう言って職員は、泣きそうな顔で笑った。
シドとリュウは、冒険者ギルドを出ると、そのまま宿へと戻った。そして再び部屋へ入ると、テーブル席へと座る。
リュウは、考え込んでいるシドの前に、お茶を出す。
それに気付いたシドは、カップを手に取ると、感謝の言葉を伝えた。
「ねぇ。サーペントって、あのサーペントの事かな?」
リュウは先程の話を、シドに尋ねる。
「そうかも知れないな」
「だとすると…“覚醒種”と聞こえたんだけど…」
「そうだったみたいだな」
シドは、眉間にシワを寄せて返事をする。
だが、シドにとって“覚醒種”は、どうでも良い事であった。
「あれは確か…もう3ヶ月位前の事だったか?」
「そうだね。3ヶ月ちょっと前の事になるね」
リュウは思い出しているのか、遠い目をして話している。
「とすると…」
シドはそこで言葉を切って、リュウを見る。
「王都の人員募集を始めたのが、3カ月程前、だったよな?」
「そう言っていたと思うよ」
「嫌な符合だな…」
「そうだね…。サーペントの時は、魔物とダンジョンとの関係を疑っていたけど、今はソレが別物だと知っているし…」
「魔物の出現も、増えていると聞いたな…」
「そうだったね」
「やはり大森林との関係が、魔物に影響を与えている気がするな」
「とすると、やっぱりそれって…」
「王都の拡張計画…契約に関する事だと捉えるのが筋だろう」
「王家の人は、魔物の出現が増えている事を、知らないのかな?」
「それはわからないが、些細な事として、報告が上がっていない事も考えられるが…」
2人はそこで黙り込む。
王太子の病の件が、ここまで奥深い話になっていようとは、薬屋で聞いた時は、考えもしなかった事である。
魔物の対処は冒険者ギルドとなっているが、そのギルドは少なからず貴族とも繋がりがあるはずで、その貴族から上に報告が行っていないのか、はたまた、自領内の事として各々が騎士団等を出して対応しているが為に、それを俯瞰して見ている者がいないのか…。
こればかりは、シド達には解らない事なのであった。
シドは思考を止めて、リュウを見る。
「近々何かありそうだ。俺達もなるべく直ぐに動けるように、大森林の傍にいた方が良いだろうな」
「何かあれば、行くんだね?」
「ああ。魔物が溢れでもしたら、町や村の人達まで巻き込まれるぞ。人々を避難させたりする者も必要だ」
そこでシドは息を吐く。
「俺達が出来る事は些細な事だが、一人でも多くの人を助ける事は、冒険者の基本だろう?」
そう言ってシドはリュウに微笑みかける。
リュウは人助けをしたくて、冒険者を続けたいと言っていた。今では偶に魔物すら助ける事になってはいるが、それは人と同じレベルとして、捉える事の出来る魔物であったからである。
「そうだよね。何かあれば僕達が出る事は、当たり前だよね」
「ああ。だから心の準備だけはしておこう。直ぐにどうこうなる訳でもないだろうし、この話は、俺達の推測の域を出ていないのだからな」
「わかった。心積りだけは、しておくよ」
シドとリュウはそう言って、頷き合ったのだった。
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「世話になった」
シドは宿の受付に立つ店主へ向け、そう話した。
「いやいや。2人共もうすっかり良い様だね。外は寒いから気を付けて」
店主は、何という事はないようにシドにそう返す。
「ありがとうございます」
リュウもここで、ペコリとお辞儀をした。それにニッコリと頷いて返す店主は、手を振って見送ってくれたのだった。
シドとリュウは、ウドの宿屋を2泊してから、本日はウドの南にある<フェイゲン>ダンジョンを目指す予定である。
ここウドの街へは、東門から入ってきていたが、出る時は南門から出る事にして、今日も食料を買い込み、街を出発した。
2人はまず街道を歩き、途中街道から逸れて、手入れのされていない道に入る。ここは街道とは違い、ダンジョンへ向かう為の者が、毎日踏みしめた事によって出来た道であるようだ。
サクッサクッと草を踏みながら、2人はその道を進む。前後にも、冒険者らしい姿が見えていた。
そして3時間程歩けば<フェイゲン>ダンジョンの入口に着く。
このダンジョンはウドの街からも近いが、スチュワート領の都“ダイモス”からの方が近く、管理管轄は、そのダイモスが行っている様である。
その<フェイゲン>周辺には、ダイモスからも冒険者が次々とやって来ている。当然、シド達が来た道の先の、ウドからもである。
今は午前の、昼前の時間だ。気軽に入れる<フェイゲン>は人気スポットの様であった。
だが、群がる人々は、何となく渋い顔をしている様だ。何かあったのかと気配を探れば、それらの会話が耳に入る。
「今日もパッとしないな」
「今日もか?人が入り過ぎなんじゃないか?」
「いいや、少し前までは同じ位の奴らが潜ってても、違ってたんだ」
「え?パッとしないって何だ?」
違うグループの冒険者が、その会話に加わる。
「いや、今日も渋いって話さ」
「あーそうなんだよな。ここんとこ、出が悪いよな」
その声を拾ったシドとリュウは、顔を見合わせた。
“渋い”・“出が悪い”と聴こえたが、多分<フェイゲン>の事であろうから、ドロップが渋いと言っているのかも知れない。
「何だろうな?」
シドはリュウへ、そう声を掛ける。
「わからないね。ここにいる人達は、いつも潜っている人達みたいだけど、何か感じてるって事かもね」
ダンジョン入口付近の様子を見てみれば、出てきて入口に集まり話している者もいて、落ち着かない様に見える。
普通ダンジョンへ潜ると、一日中とは言わないまでも、潜りっぱなしでいる事が多いはずだが、この入口の様子からすると、まだ午前中であるのにも関わらず、出てくる者も多い。
このままでは何も判らないシドとリュウは、入口近くに集まっている冒険者達へ、声を掛ける事にした。
「少し良いか?ダンジョンで何かあったのか?」
シドは手前に居た人物の背に向けて、そう話し掛けた。シドの声にその冒険者が振り返り、その周りの者達もシド達へ、一斉に視線をよこす。
「ん?ああ、お前達も潜りに来たのか?」
その問いに、シドは頷き返す。
「余りお勧めは出来ない状態だな。最近<フェイゲン>のドロップが少し渋い気がするんだ」
「全く出ないのか?」
「いいや、少しは魔石を落とすが、確率が低くなっている。アイテムや宝箱は、ここ数日出たという話を聞いていない」
「そうだったのか…」
「ああ。だから潜っても、期待しない方が良いぞ」
「そうか、わかった。情報に感謝する」
「いいや。ま、頑張れよ」
そう言って、シドとリュウはその者達から離れ、ダンジョンの入口へ立つ。
その入口には、<フェイゲン>という名が光っていたのだった。




