85. 想定外に
翌日、ベスクの町を出たシドとリュウは、今日は次の“ウドの街”まで行く予定で出発していた。
その“ウドの街”と、ウドの南に位置する“ダイモスの街”の間にダンジョンがある為、ウドの街へ行った翌日に、ダンジョンへ潜る事にしたのである。
シドはそのウドには一度、昔寄った事がある。それは冒険者になる前の事であった為、記憶として薄っすらとではあるが、その街での事は覚えている。
当時、まだシドは少年と呼べる年齢であった為、街中では一生懸命大人に見せようと、背筋を伸ばして歩いていた事を思い出して、シドは苦笑を浮かべた。
「どうかした?」
その表情に気付いたリュウが、シドを見上げる。
「いや、ウドの街の事を、思い出していただけだ」
「兄さんは、ウドを知っているという事?」
「知っているという程ではない。昔に一度寄った事がある街でな、その時の自分を思い出していた」
「いくつ位の時?」
「15に成りたてだった」
「へぇ。兄さんにも、それ位の時があったんだね」
端から聞いていたら、意味の分からない会話になっているが、今は傍には誰もいないので、問題はない。
「リュウだって、小さい頃はあったろう?」
「そっか、そうだったね」
2人は心の隅にある不安を表に出さぬ様、互いに気軽な会話を楽しんでいる。
「じゃあ、ウドの街に詳しい?」
「詳しくはないな。もう余り覚えてもいない」
「そっか。じゃあまた、宿探しだね?」
「頼んだぞ?」
シドは口角を上げ、リュウを見る。
「わかってるって。任せてよ」
リュウも口角を上げてそれに応えながら、雲の広がってきた街道を、歩いている2人であった。
そして昼頃、シドとリュウは道の分岐へと差し掛かった。
「この道は、右だね?」
「そうだな。では丁度昼でもあるし、飯でも食うか」
「やっとだー」
少々お腹を空かせていたらしいリュウは、即答する。
そこから道の脇にある拓けた場所に座ると、誰もいない事を確認し、亜空間保存から昼食を取り出した。
昼食は、今朝ベスクで買ってきた“肉巻き”だ。カルー味のついたライスを、濃い目の甘辛味で焼いたブウの薄切り肉で包んである物である。
店の前を通った時にカルーの匂いに気付いた2人が、それを笑顔で購入した事は言うまでもない。
畑仕事をする者や、冒険者にも喜ばれそうな一品である。
2人は温かいままのそれを、口に入れる。
「ん~!やっぱりカルーにハズレはないね」
「ああ。旨いな」
歩き続けている事もあり、濃い目の味が体に染みる。途中、茶を一口のんで口の中をリセットさせて、またそれを食べる。これは無限に入りそうだなと、シドは笑った。
シドとリュウは昼食と軽い休憩を終え、街道の右の道を進む。
暫くすれば次の分岐の手前で、空から雨粒が落ちてきた。
「あっ!降ってきちゃったね」
「その様だな。どうやら街までは持たなかったらしい」
2人は外套の上にもう一枚、雨用の外套を羽織ると、ウド迄の道を急いだ。
そして程なくすれば雨は本降りとなり、周りも暗くなる。シドとリュウは、黙々と街道を歩いていた。
「リュウ、大丈夫か?」
「うん。何とかね…ちょっと寒いけど」
「今日は宿で、熱い風呂にでも入ろう」
「そうしよう…クシュッ」
リュウが、答えながらクシャミをした。
シドがリュウの顔を見れば、少々顔が赤い気もする。
「リュウ、体が辛そうだな…」
「ちょっと…寒いから体が動かないよ」
目の前に迫る最後の分岐の所で、リュウの歩くペースが遅くなった。
シドはリュウを見て思案する。今ここで“回復”を掛けても良いのだが、結局その後また濡れる為に、同じことを繰り返す事となる。
「宿に付いたら回復を掛けてやる。それまで頑張ってくれ」
「自分でできるよ?」
「体調が悪いんだから、俺に任せてくれ」
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
後2時間弱で、ウドの街へは着くだろう。しかし、後2時間もあるのだ。
シドは立ち止まってしゃがみ込むと、リュウへ背中を向けた。
「乗ってくれ」
リュウは目を瞬かせてそれを見た。
「え?おんぶ?」
「ああ、自分で歩くよりは良いだろう」
濡れているシドが背負っては、更に濡れる事にはなるが、2人は既に濡れそぼっている為、今さらそれは心配していない。
「恥ずかしいよ…」
「誰も見てはいない。気にするな」
どうやら、シドに折れる気はないらしい。それに諦めを見せたリュウは、外套を開けて待っているシドの背に、潜り込む様にして乗ると、首に手を回して目を閉じる。
シドは立ち上がり、リュウを背負ってそのまま黙々と、ウドの街へ向けて歩いて行ったのだった。
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リュウはベッドの上で目を開く。
「あれ?どこだっけ、ここ」
そう呟いて体を起こすと、辺りを見回した。
近くにはもう一つベッドが見え、その先にテーブルが置いてあるだけの部屋であった。
「目が覚めたか?」
その声に視線を転じれば、テーブルとは逆側にある扉から、シドが出てきたところだった。
どうやらシドはシャワーを浴びていた様で、ズボンの上に軽くシャツを羽織り、髪を拭いている。
「ごめん。寝ちゃってた」
それを聞いたシドは、この場所の説明をする。
「気にするな。それで、ここはウドの街の宿だ。リュウの外套の中は濡れていなかったから、上の服はそのままだが、下は脱がしてあるから、そのまま出て来るなよ?」
「あー。ズボンの裾が濡れていたからね…ありがとう…」
既に回復魔法は掛けてある為、熱の為ではないらしいリュウが、顔を赤くして礼を言う。
「風呂に入ると良い。俺は先に済ませたから、しっかり温まってくれ」
「うん。そうさせてもらうね」
リュウは、掛け布を体に巻き付けてベッドから降りると、鞄を持ってシドが出てきた扉の中へ入って行った。
あれからシドは、リュウを背負ったままウドの街に到着し、うろ覚えの記憶で宿の場所へ向かうと、“青鷺の道標”という一軒の宿に入ったのである。
その宿の店主は、ずぶ濡れの2人をみて目を見開くと、受付けもせず空いていた2人部屋へと、直ぐに案内してくれたのだった。
シドはリュウが入浴している間に、宿の受付に行く。
すると先程対応してくれた店主が、シドに笑顔を向けた。
「大丈夫だったかい?」
「ああ。助かった、感謝する」
「お連れさんは、目が覚めたかな?」
「目が覚めて、今風呂を使っている」
「そうか、それは良かった」
「それで、手続きがまだだったから、これから頼めるか?」
「ああ、それはお手数を掛けたね。わざわざありがとう」
「いいや」
そう言ってシドは、宿泊の手続きをする。
「あの部屋で大丈夫だったかい?」
「ああ、十分だ」
「そうか、それならばそのまま使ってくれるかな」
「ああ。それで…2泊で頼めるか?」
「ああ、大丈夫だよ。体調が戻るまで、ゆっくりしていって良いよ」
「助かる」
店主とシドはそう会話を交わし、“後で食事を持って行くよ”という店主と別れ、シドは部屋へ戻った。
シドは部屋に入るとテーブル席へ座り、剣を出し手入れを始めた所で、リュウが浴室から出てきた。
それを見たシドは又立ち上がると、リュウの下へ行く。
「風を出す。後ろを向いてくれ」
言われたリュウはシドに背を向けると、シドは風を出してリュウの髪から水分を飛ばした。
「ありがとう」
この動作はラウカンの街を出た後から始まり、風呂上りにリュウの髪を乾かすのは、シドの習慣となっていた。
それが終ると、シドは又椅子に腰かけて剣を手に取る。
リュウもシドの向かいに座り、お茶を飲む。そしてシドの作業を見ながら、徐に話しかけた。
「明日はダンジョンでしょ?」
リュウの言葉に、シドは動かしていた手を止めてリュウを見る。
「いや、明日は出掛けないで、ウドの街にいる事にした」
「え?もしかして僕のせい?」
「そう言う訳では無い。2人共疲れが溜まっているから、明日はのんびりしようと思ってな」
シドはそう言って、リュウに微笑む。
リュウはそれに眉を下げて笑うと、“ありがとう”と一言伝えた。
「明日は天気も回復するだろうし、街の中を見て回ろう。冒険者ギルドの様子も、見ておきたいと思っている」
「そうだね。観光してくれるのは嬉しいかな」
リュウは笑みを浮かべてシドを見る。
それに一つ頷くと、シドは剣の手入れを終えて、剣を鞘に納めたのだった。
【12月2日:修正】文中に「前ノリで」という表現を記載しておりましたが、解かり辛い言葉となっておりましたので、「即答で」に修正させていただきました。
 




